鉄と鋼
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論文
9 mass%Ni鋼の低温変形挙動
古賀 紀光 公文 晟士渡邊 千尋
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2024 年 110 巻 3 号 p. 150-159

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Abstract

The strain distribution in the 9 mass%Ni steel introduced by tensile deformation at cryogenic temperature was visualized using a digital image correlation method, and the relationship between the strain distribution and the microstructure of the steel was systematically investigated. Based on the obtained results, the factors that influence the strain distribution were discussed. In the present 9mass%Ni steel, regions consisting of tempered- and fresh-martensite and austenite (TFMA) were embedded in the tempered martensite matrix. The volume fraction of the retained austenite varied along the normal direction of the hot-rolled plates, indicating that Ni segregation occurred during the manufacturing process. As the tensile stress increased, the total elongation remained constant with decreasing temperature. Strain was introduced inhomogeneously via tensile deformation at 77 K. The high- and low-strain regions tended to be distributed in a unit of the block, indicating that the deformability differed among the blocks. The average strain in the block (εblock) was strongly correlated with the Schmid factor of the slip system on the habit plane (SFhabit) and area fraction of TFMA in a block (AMA). The least absolute shrinkage and selection operator regression revealed that the contributions of SFhabit and AMA to εblock were nearly equal. Therefore, the deformability of the block in the 9 mass%Ni steel is dominated by SFhabit and ATFMA.

1. 緒言

一般に,体心立方(bcc)構造を有する炭素鋼は,機械的特性の温度依存性が大きい1)。温度低下に伴い強度は増加するが,特定の温度で急激に伸びが低くなる。この温度は,延性脆性遷移温度(DBTT)と呼ばれる。DBTTは,鋼の低温靱性を表す代表的なパラメーターであり,船舶や橋,タンクなどに用いられる構造用鋼にとって重要である。炭素鋼は,比較的高いDBTTを有している。その為,DBTTを下げるために,結晶粒の微細化2)やPやSなどの不純物元素の低減3)などがなされてきた。一方で,1950年代に開発された9 mass%Ni(9Ni)鋼は,bcc構造を有しているにも関わらず液体窒素温度(77 K)においても高い延性を示すため,低温用構造用鋼として用いられてきた。これまでに9Ni鋼の低温靱性の改善について様々な研究がなされており,Quench-Lamellarize-Temper(QLT)プロセスが最も重要な技術となっている4,5,6,7,8,9)Fig.1は,QLTプロセス後の組織の模式図を示す9)。母相は,Qプロセス時に形成した焼戻しマルテンサイトである。焼戻しマルテンサイトは,典型的なマルテンサイト組織と同様に旧オーステナイト粒,パケット,ブロック,ラスから成る階層組織を有している10)。加えて,Lプロセス時に形成したオーステナイト相が母相中に分散している。このうち,一部のオーステナイトは,Lプロセス後の水冷中にマルテンサイトとなり,その後Tプロセス時に焼戻される。その他の一部のオーステナイトは,Tプロセス後の水冷中にマルテンサイトへと変態し,フレッシュマルテンサイトと呼ばれる。Tプロセス後にも残ったオーステナイトは,残留オーステナイトと呼ばれる。最終的に,Lプロセス中に形成したオーステナイト相領域は,焼戻しおよびフレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトから成る複雑な組織に変態する。本研究では,Fig.1に示すように,この領域をTFMAと呼称する。9Ni鋼の機械的特性と組織については多くの研究がなされているが,その変形や破壊についての研究は少ない。

Fig. 1.

Schematic illustration of microstructure after Quench-Lamerallize-Temper process in 9mass% Ni steel9). (Online version in color.)

近年,高分解能の走査型電子顕微鏡(SEM)像へデジタル画像相関(DIC)法を適用することで,変形挙動と金属組織の関係が明らかにされている11,12,13,14,15,16)。DIC解析は,ひずみの定量評価とその可視化に利点がある。加えて,DIC解析は,低温変形にも適用可能であることが確認されている17,18)。マルテンサイト鋼では,引張変形によってブロックを単位として不均一にひずみが導入されることがわかっている19,20)。フェライト母相と残留オーステナイトから成る変態誘起塑性(TRIP)鋼においても,引張変形によりひずみは不均一に導入される21)。残留オーステナイトの強度がフェライト母相よりも高いため,TRIP鋼では,残留オーステナイトの面積率が高い領域で低ひずみを示す傾向にある。よって,不均一な残留オーステナイトの分布が,TRIP鋼の不均一なひずみ分布の一因である。マルテンサイト単相鋼やTRIP鋼と比較して,上述のように9Ni鋼はより複雑な組織を有しているため,変形挙動も複雑なはずである。

本研究では,QLT処理9Ni鋼の低温下での引張試験により導入されるひずみ分布をDIC法によって可視化し,ひずみ分布と組織の関係について系統的に調査した。得られた結果より,不均一ひずみ分布に影響を与える因子を考察した。

2. 実験方法

2・1 供試材

熱間圧延9Ni鋼を本研究では用いた。Table 1に,9Ni鋼の化学組成を示す。本試料をFig.2に示すQLT処理に供した。まず初めに,1073 Kで3.6 ksの溶体化処理後に急冷し(Qプロセス),次いで,923 Kで3.6 ks保持した後に水冷した(Lプロセス)。Lプロセス後に,再度838 Kで3.6 ks保持し,水冷した(Tプロセス)。

Table 1. Chemical composition of 9mass%Ni steel (in mass%).

C Si Mn P S Al Ni N Fe
0.060 0.21 0.59 0.010 0.004 0.012 9.20 0.040 bal.
Fig. 2.

Heat diagram of Quench-Lamellarize-Temper (QLT) process.

2・2 組織観察

試料の組織観察は,加速電圧20 kVで電解放出走査型電子顕微鏡を用いて行った。試料は,SiC紙を用いて研磨後に,コロイダルシリカにより仕上げた。一部の試料については,過塩素酸とメタノールの混合液にて電解研磨を行った。結晶方位は,電子線後方散乱回折(EBSD)法に解析した。データは,0.1または0.02 µm間隔で取得し,専用のソフトウェア(Aztec Crystal, OXFORD INSTRUMENTS)を用いて解析した。

2・3 引張試験

引張試験は,平行部長さ8 mm,幅2 mm,厚さ 0.7 mmの板状引張試験片を用いて実施した。初期ひずみ速度は,1.0×10-3 s-1である。引張変形中の雰囲気は,293 K程度の大気(RT)と液体窒素(77 K)である。

2・4 ひずみ分布解析

ひずみ分布は,DICソフトウェア(VIC-2D)を用いて解析した。中断試験を実施し,変形前後でSEM像を取得した。DIC解析は,SEM像についてサブセットサイズ71 pixels,ステップ3 pixelsで実施した。加えて,高分解能ひずみ分布解析には,サブセット21 pixels,ステップ 2 pixelsの条件で実施した。

3. 実験結果

3・1 初期組織

Fig.3は,(a)SEM像および(b)bcc相と(c)fcc相の結晶方位マップを示している。Fig.3(b),(c)において,熱間圧延方向(RD)と平行方向の結晶方位を示している。SEM像(Fig.3(a))において,明部は,母相中に分散するTFMAである。bcc相の結晶方位マップ(Fig.3(b))から典型的なラスマルテンサイトの形状である針状の結晶粒が観察できる。Fig.3(c)において,残留オーステナイトの分布が,Fig.3(a)中に観察されるTFMA領域と対応している。マルテンサイトから逆変態で析出したオーステナイトが旧オーステナイト領域内で同一の結晶方位を有する,所謂”オーステナイトメモリー効果”が報告されている22)Fig.3(c)白破線で示すように,残留オーステナイトの結晶方位は,旧オーステナイト粒内でほぼ同一であった。よって,オーステナイトメモリー効果がQLT処理9Ni鋼においても生じていることがわかる。Fig.3(c)における残留オーステナイトの面積率は,約4.5%であり,SEM像から測定されるTFMA領域の面積率(約25%)と比較して著しく小さかった。これは,TFMA領域が主として焼戻しマルテンサイトあるいはフレッシュマルテンサイトから成ることを示唆している。Fig.3(d)は,Fig.3(c)中に矢印で示した法線方向(ND)に沿った 残留オーステナイト面積率の変化を示している。面積率は,NDに沿って揺らいでおり,領域によっては,その面積率は平均よりも1.5倍大きい。このようなNDに沿った残留オーステナイトの不均一分布は,Niのミクロ偏析23)に起因すると考えられる。凝固中に形成する高Ni,低Niの領域は,圧延によってRD方向に引き延ばされる。その結果として,Ni濃度がNDに沿って不均一に分布する。

Fig. 3.

(a) SEM image, orientation map of (b) bcc and (c) fcc phases. Orientations parallel to the hot rolling direction (RD) are shown in (b) and (c). White dotted line in (c) is one of the prior austenite grains. (d) change in the area fraction of retained austenite along normal direction (ND) indicated by the arrow in Fig. 3 (c). (Online version in color.)

Fig.4は,(a)高倍率のSEM像と同領域の(b)バンドコントラストマップ,(c)相マップ,(d)結晶方位マップをそれぞれ示す。TFMA領域は,Fig.4(a)に黒破線で示すようにSEM像の明部から区別できた。Fig.4(b)では,TFMA領域は,低バンドコントラスト,つまりは暗いコントラストとして観察される。低バンドコントラストは,結晶粒界や転位といった格子欠陥が高密度に存在することを示唆する。よって,バンドコントラストマップ(Fig.4(b))において母相よりも高転位密度のTFMA領域が,暗いコントラストして現れた。Fig.4(c)で黒破線により示されるTFMA領域では,bcc相とfcc相が混在しており,本9Ni鋼のTFMAも前報(9)と同様に焼戻しマルテンサイト,フレッシュマルテンサイト,残留オーステナイトで構成されていることが確認される。Fig.4(d)中に矢印で示すようにTFMA領域内のマルテンサイトの結晶方位は,母相と同じであった。Fig.3(c)に示すようにオーステナイトメモリー効果が本9Ni鋼でも生じていることから,LおよびTプロセス中に形成するオーステナイトは,旧オーステナイトと同様の結晶方位を有していたはずである。これらのオーステナイトは,水冷中にマルテンサイト変態し,最終的にTFMA領域を形成する。マルテンサイト変態では,24通りのバリアントが,等価に一つの旧オーステナイト粒から形成する24)。しかし,母相とマルテンサイトの間に界面を形成することを避けるように,つまりは,界面エネルギーを発生させないように,LおよびTプロセスの冷却中のマルテンサイト変態においてバリアント選択が起こっているといえる。よって,TFMA領域内のマルテンサイトは,母相と同様の方位を有していた。同様のバリアント選択は,TRIP鋼においても観察されている25)

Fig. 4.

(a) High-magnification SEM image. Corresponding (b) band contrast, (c) phase and (d) orientation maps. (Online version in color.)

組織観察の結果から,本9Ni鋼は,焼戻しマルテンサイト母相とTFMA領域から成る典型的な9Ni鋼の組織を有していることが確認された。しかしながら,TFMA領域内の焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトをSEM像やEBSDマップから区別することはできなかった。化学組成がTFMA領域の焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトでは異なっていると考えられる。さらに,Fig.3(d)で示したようにNi偏析が生じていた。よって,今後,9Ni鋼の更なる金属組織の観察をエネルギー分散型X線分析装置により実施予定である。

3・2 室温および低温における引張特性

Fig.5は,RTおよび77 Kにおける(a)公称応力-伸び曲線と(b)加工硬化率曲線を示す。Fig.5(b)に,比較のために真応力の値も併せて示す。各条件で3度引張試験を行い,代表的なデータをFigs.5(a),(b)に示す。Fig.5(a)中に示す引張特性のデータは,平均値である。強度は温度低下によって増加し(Fig.5(a)),全伸びεtotalも僅かだが増加した。結果として,強度-伸びバランス(σTS×εtotal)は,77 Kにおいて著しく増加し,その値はRTの1.5倍である。ここで,σTSは引張強度である。さらに,77 Kでは,降伏点降下後に,RTと比較して著しく高い加工硬化率を示し,その結果として高い均一伸びと真応力を示した。

Fig. 5.

(a) Nominal stress – elongation curves and (b) work hardening curves with true stress at room temperature (RT) and 77 K. (Online version in color.)

Fig.6に示すように,RTと77 Kで破壊後には,ディプル破面が観察された。よって,本9Ni鋼は,主としてbcc相から成るにも関わらず,77 Kにおいても延性破壊が生じていた。破断時の断面積から計算された減面率は,RTよりも77 Kが僅かに大きかった。

Fig. 6.

Fracture surfaces of the specimens fractured at (a) room temperature and (b) 77 K.

引張試験の結果は,前報4,5)と同様に本9Ni鋼が低温下で優れた低温引張特性を有することを示した。つまり,強度は,bcc相のように温度低下に伴い増加し,全伸びはfcc相のように一定であった。

3・3 低温下での変形挙動

Fig.7(a)は,DIC解析のための77 Kでの中断引張試験における公称応力-伸び応答を示す。77Kでの引張試験から得られた公称応力-伸び曲線Fig.3(a)も示す。降伏応力は,各中断によって僅かに増加した。SEM像を各中断時に取得しており,その観察時間は約3.6 ksであった。よって,降伏応力の増加は,ひずみ時効によるといえる。各中断でひずみ分布がほとんど変化しなかったことから,ひずみ時効が変形挙動に及ぼす影響は無視できるほど小さい。Fig.7(b)は,EBSDの相マップから得られた負荷伸びに対する残留オーステナイトの面積率を示す。伸びが0.1までに,ほぼすべての残留オーステナイトが加工誘起マルテンサイト変態した。TRIP鋼において,加工誘起マルテンサイト変態がひずみ分布に影響を与えることが報告されている21)。しかし,本9Ni鋼における残留オーステナイト量は,TRIP鋼よりも著しく少なく,ひずみ分布は残留オーステナイトの面積率が一定になった後もほとんど変化しなかった。したがって,加工誘起マルテンサイトのひずみ分布への影響も本研究では無視できる。

Fig. 7.

Nominal stress – elongation responses during interrupted tensile tests at 77 K for the digital image correlation analysis. The nominal stress – elongation curve obtained from the conventional tensile test at 77 K (Fig. 3 (a)) is also shown. (b) The variation of the area fraction of retained austenite measured from the phase maps against the applied elongation. (Online version in color.)

εxxεyyのひずみをDIC法により取得した。ここで,εxxεyyは,それぞれ引張軸に対して平行方向と垂直方向のひずみである。Fig.8は,(a)RTと(b)77 Kにおけるεxxひずみ分布を示す。引張方向は,図の水平方向である。Fig.8(a),(b)から求められた平均εxxひずみ(εavg)は,それぞれ0.05および0.04であった。色がひずみを示しており,最大と最小歪みはそれぞれεavgの2倍と0とした。ひずみはいずれの温度においても不均一に分布した。高ひずみ領域と低ひずみ領域のひずみは,それぞれεavgの2倍以上とほぼ0であった。高ひずみ域は,最大せん断応力方向である引張軸から45°に分布する傾向にあった。同様のひずみ分布については,様々な金属材料で確認されており11,12,13,14),一般的な傾向である。さらに,前報21)と同様に引張変形が進行してもひずみ分布はほとんど変化しなかった。したがって,更なる引張変形の付与によってより多くのひずみが高ひずみ域に蓄積する。Fig.9は,εxxひずみのヒストグラムの標準偏差(SD)とεavgの関係を示している。本研究で解析された全てのεxxひずみ分布は,ガウス分布を有しており,SDは,ひずみ分布の不均一性に対応する。Fig.9に示すように,SDは,εavgに比例しており,引張変形の進行に伴って高ひずみ域と低ひずみ域のひずみ差が大きくなっていることを意味する。同様の線形関係は,フェライト鋼やTRIP鋼において報告されている21)Fig.9に示すように,同じεavgで比較すると,SDは77 KとRTでほぼ同じであった。よって,低温においてすべり系が{110}<1-11>に制限される26)にも関わらず,温度低下によってひずみの不均一性はほぼ変化しなかった。考察にて説明するように,RTでも生じるマルテンサイト組織に起因するすべり系の制限によると考えられる。

Fig. 8.

εxx strain distribution in the specimens deformed (a) until average εxx strain of 0.05 at room temperature and (b) until average εxx strain of 0.04 at 77 K. (Online version in color.)

Fig. 9.

Relationship between the standard deviation (SD) of the εxx strain histogram and the average strain (εavg).

Fig.10は,変形前の結晶方位マップを示す。bcc相とfcc相は,引張方向の結晶方位をもとに色付けしている。マップは,Fig.8(b)と同様の領域から得ている。白と黒の線は,Fig.8(b)においてそれぞれεxxが0.08以上と0.01以下の高ひずみ域と低ひずみ域を示している。高ひずみ領域と低ひずみ領域は,ブロックを単位として分布する傾向にあった。マルテンサイト鋼においてもひずみはブロックを単位として分布したことを考慮すると19),本9Ni鋼においてもブロック毎に異なる変形能を有していると仮定することができる。よって,考察では,不均一ひずみ分布の起源,つまりは,ブロック毎の不均一な変形能について検討した。

Fig. 10.

Orientation map of the bcc and fcc phases in the specimen before deformation. The map was obtained from the same area as in Fig. 8 (b). The color decoding was based on the crystal orientation along the tensile direction. (Online version in color.)

4. 考察

本9Ni鋼では,引張変形によってブロックを単位としてひずみが不均一に分布した(Fig.8)。同様のブロックを単位としたひずみ分布は,マルテンサイト鋼において報告されている。Ishimotoらは,すべり方向が晶癖面と平行なin-lath planeすべり系のシュミット因子がブロックの変形能と関連することを明らかにしている19)。さらに,高炭素マルテンサイト鋼においては,すべり面とすべり方向がともに晶癖面に平行なhabit planeすべり系の シュミット因子がブロックの変形能を支配する20)Fig.11(a)は,Fig.8(b)中の高ひずみ域である白四角領域を拡大したSEM像を示す。Fig.11(b),(c)は,εxxひずみ分布とFig.11(a)に対応する極点図を示す。9Ni鋼では,TFMA領域は,Fig.1に示すようにラス境界に沿って形成する。そのため,Fig.11(a)の破線で示すように晶癖面は,単純な二次元トレースから決定できた。Fig.11(c)の矢印で示すように高ひずみブロックの晶癖面は,(110)であった。Fig.11(d)は,Fig.11(c)の結晶方位から計算したFig.11(a)の高ひずみブロックのシュミット因子を示している。in-lath planeすべり系とhabit planeすべり系は,それぞれ青と赤で示している。in-lath planeすべり系とhabit planeすべり系のシュミット因子は,ともに高い値を示した。ブロック内の平均のεxxεblock)とhabit planeすべり系のシュミット因子(SFhabit)の関係について,高ひずみブロック(εblock>0.08), 中ひずみブロック(0.06>εblock>0.04),低ひずみブロック(εblock<0.02)で整理した結果をFig.12に箱ひげ図で示す。ここで,各ひずみレベルにおけるデータ数は10である,εavgは0.04 である(Fig.8(b))。εblockSFhabitの中央値は,おおよそ直線関係にあった。より定量的に検討するため,決定係数(R2)を最小二乗法により求めた。得られた値をFig.12に示している。相関係数(R)は,R2から0.66と計算される。一般に,R>0.4でパラメータ間に正の相関があることから,SFhabitεblockの間に正の相関あると結論付けられる。よって,SFhabitは,本9Ni鋼のブロックの変形能への影響因子といえる。habit planeすべり系の転位の移動可能距離は,すべり系の中でも最も長く,habit planeすべり系の転位は,高SFhabitのブロックで容易に活性化される。その結果,これらのブロックでは高εavgとなる。同様の結果については,セメンタイト板によってフェライト中のすべり変形が制限されるパーライト鋼においても報告されている14)。つまり,セメンタイト板に平行なすべり系のSFが変形能に強く影響を与えた。RTにおけるブロックの変形能もまたSFhabitによって変化した。よって,本9Ni鋼では,{110}<1-11>すべり系がRTにおいても低温変形のように優先的に活動した26)。温度によって活動するすべり系が変化しないため,ひずみ分布の不均一性は温度に依存しなかった(Fig.9)。いくつかの低ひずみブロックは高いSFhabitを示し(Fig.12),ブロックの変形能に影響を与える他の因子が存在することを示唆する。

Fig. 11.

(a) SEM image showing a high-strain block. Corresponding (b) εxx strain distribution and (c) pole figure. (d) Schmid factor in the high-strain block in (b). (Online version in color.)

Fig. 12.

Relationship between average of εxx strain in the blocks (εblock) and Schmid factor of habit plane slip system (SFhabit) in high-, intermediate- and low-strain blocks. (Online version in color.)

Fig.13は,Fig.8(b)中の黒四角領域で示した高ひずみブロックと低ひずみブロックが隣接する領域の(a)拡大SEM像と(b)εxxひずみ分布を示す。ひずみはブロック境界で著しく変化した。低ひずみブロックのTFMAの面積率は,比較的高く,一方で,高ひずみブロックでは,著しく低い。よって,SFhabitに加え,ブロック内でのTFMAの量も変形能に影響を与える。Fig.14は,εblockとブロック内のTFMAの面積率(ATFMA)の箱ひげ図を示している。ここで,解析したブロックはFig.12と同様である。低ひずみブロックは,高いATFMAを有する傾向にある一方で,高ひずみブロックのATFMAは,平均以下である。Fig.14R2は,0.47である,Rは,-0.69と計算される。よって,負の相関がATFMAεblockには認められる。TFMA中のマルテンサイトは,母相よりも転位密度や炭素濃度が高いため,それらのマルテンサイトは,焼戻しマルテンサイト母相よりも硬いといえる。Fig.15は,Fig.8(b)中の黒破線四角領域の(a)拡大SEM像と(b)εxxひずみ分布を示す。高分解能εxxひずみ分布からひずみは,母相領域に優先的に蓄積することがわかる。これらの結果は,9Ni鋼では不均一なTFMAの分布が,不均一なひずみ分布を生み出すことを示唆する。Fig.3(c),(d)に示したように,9Ni鋼は,不均一なNi分布に起因すると思われる不均一な残留オーステナイト(TFMA)分布を有していた。よって,Ni偏析を制御することがTFMA分布とひずみ分布の制御に繋がるはずである。

Fig. 13.

(a) High-magnification SEM image showing the region where the high- and low-strain blocks are neighboring in Fig. 8 (b). (b) Corresponding εxx strain distribution. (Online version in color.)

Fig. 14.

Relationship between average of the εxx strain in the blocks (εblock) and the area fraction of tempered- and fresh-martensite and retained austenite (TFMA) in the block (ATFMA). (Online version in color.)

Fig. 15.

(a) SEM image showing the region indicated by black dotted line in Fig. 8 (b). (b) Corresponding εxx strain distribution. (Online version in color.)

Fig.16は,高ひずみブロック,中ひずみブロック,低ひずみブロックにおけるATFMASFhabitの関係を示す。Fig.16から得られたR2より算出されるRは,0.39であった。よって,ATFMASFhabitの間に相関はなく,二つの因子は独立している。しかしながら,高ひずみブロックは,0.35以上の高SFhabitと平均以下の低ATFMAを有する傾向にある。SFhabitATFMAεblockへの寄与度をPythonの機械学習ライブラリーであるscikit-learnのleast absolute shrinkage and selection operator(LASSO)回帰を用いて評価した。次式の関係式をLASSO回帰では仮定した。

  
ε b l o c k = w S F S F h a b i t + w T F M A A T F M A + λ ( | w S F | + | w T F M A | ) , (1)
Fig. 16.

Relationship between the area fraction of tempered-and fresh-martensite and retained austenite (TFMA) of the block (ATFMA) and Schmid factor of habit plane slip system (SFhabit) in high-, intermediate- and low-strain blocks. (Online version in color.)

wSFwTFMAは,それぞれSFhabitATFMAの重み係数を示している。λは,過学習を避けるための罰則項(|wSF|+|wTFMA|)のチューニングパラメータであり,本解析では1を採用した。標準化データを学習に用い,学習データセットとテストデータセットにデータを分けた。テストデータが5だけとなってしまうため,解析は学習データセットとテストデータセットをランダムに変化させながら繰り返し実施した。繰り返し数は5000回である。Table 2は,テストデータと予測データの平均二乗誤差(MSE)と,R2R, wSFwTFMAの5000回の平均値を示す。MSEが低く,R2が高いことから,データ量は少なかったが比較的学習の制度は高かったといえる。さらに,Rは,0.7以上であり,SFhabitATFMAεblockと強い相関があることがわかる。wSFwTFMAの絶対値は,同程度である。よって,SFhabitATFMAεblockへの寄与度は,同程度であり,両因子がブロックの変形能を支配する。

Table 2. Average mean square error between the test data and predicted value, coefficient of determination, correlation coefficient, wSF, and wTFMA for 5000 cycles.

Mean square error Coefficient of determination Correlation coefficient w SF w MA
0.18 ± 0.09 0.77 ± 0.09 0.88 ± 0.05 0.46 ± 0.03 −0.48 ± 0.04

一般に,変形中に導入される不均一なひずみ分布は,ボイドやクラックの形成を促進し,靭性を低下させると考えられている27)。よって,不均一変形を軽減することができれば,9Ni鋼の靭性を向上できる可能性がある。もしも強い集合組織を9Ni鋼に発達させることができれば,同程度のSFhabitを母相が有するようになるために,SFhabitに起因する不均一な変形を低減させられるはずである。さらに,Section 3.1で議論したように,Ni偏析は,TFMAの不均一分布の要因の一つである。したがって,均質化熱処理がTFMAの不均一分布に起因する不均一ひずみ分布を緩和するのに有効と考えられる。よって,本研究成果をもとに,組織制御を通してより低温環境下で機械的特性が優れる9Ni鋼を開発できる可能性がある。

5. Conclusion

9 mass%Ni鋼の低温(77 K)引張変形により導入されるひずみ分布をデジタル画像相関法によって可視化し,ひずみ分布と組織の関係について系統的に調査した。得られた結果から,不均一ひずみ分布への影響因子について定量的に議論した。得られた結果を以下に示す。

(1)焼戻しマルテンサイト,フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイト(TFMA)領域は,走査型電子顕微鏡像において明部として現れ,残留オーステナイトは熱間圧延時の法線方向に沿って不均一に分布していた。

(2)77 KとRTのいずれにおいても引張変形によってひずみは不均一に分布した。高ひずみ域と低ひずみ域はブロックを単位として分布する傾向にあり,ブロック毎に変形能が異なることを示唆した。

(3)ブロック内の平均εxxεblock)は,habit planeすべり系のシュミット因子(SFhabit)とブロック内でのTFMAの面積率(ATFMA)と相関した。0.35を超える高SFhabitと平均よりも低いATFMAを有するブロックで高いひずみを示した。

(4)least absolute shrinkage and selection operator(LASSO)回帰によりSFhabitATFMAεblockへの寄与度は同程度であり,これらの因子が本9Ni鋼のブロックの変形能を支配することが明らかになった。

9 mass%Ni鋼の変形中の詳細なひずみ分布が初めて明らかにされ,不均一なひずみ分布に影響を与える因子について定量的に議論された。本研究で得られた結果より,組織制御を通して低温引張特性を改善できる可能性がある。

謝辞

本研究は,第31回鉄鋼研究助成,21世紀JFE財団,科研費若手研究(20K14605)の支援を受け実施しました。9 mass%Ni鋼の試料を提供頂いた横浜国立大学 梅澤修教授に感謝致します。

文献
 
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