2024 年 110 巻 3 号 p. 268-278
To clarify the characteristics of plastic deformation behavior in quenched Fe-10%Mn-0.1%C alloy (10Mn steel), the microstructure and tensile deformation behavior were investigated and the non-uniform deformation behavior was analyzed using digital image correlation (DIC) method. As a comparison material, Fe-5%Mn-0.1%C alloy with common lath martensitic structure (5Mn steel) was used. The 10Mn steel has an equiaxed ultrafine-grained (α'+ε+γ) three-phase microstructure formed through a two-step martensitic transformation of γ→ε→α' during quenching. Tensile testing of 10Mn steel results in a stress-strain curve characterized by a clear yield point and significant work hardening. The yielding of 10Mn steel can be explained by the generation of plastic strain due to the stress-induced martensitic transformations such as ε→α' and γ→α' transformations. Furthermore, the subsequent work hardening can be explained by the combined mechanism of the continuous ε→α' and γ→α' transformations responsible for plastic deformation and the hard α' martensite responsible for stress. In 5Mn steel with lath martensitic microstructure, strain is concentrated in specific blocks during tensile deformation due to the priority of habit plane slip system, and the plastic deformation proceeds non-uniformly, whereas in 10Mn steel with equiaxed ultrafine grain microstructure, although small strain bands are generated, relatively uniform deformation tends to occur. The ε martensite and retained γ dispersed in the microstructure are considered unlikely to be the cause of contributing to non-uniform deformation.
Niは鋼の焼入性を高め,さらに基地の固溶軟化や残留オーステナイト(γ)を安定化させる性質により低温靭性を大幅に改善させるため,Niを6~9%添加したNi鋼は強度と靭性の両立が求められるLNG貯蔵タンクの低温用鋼として活用されている。MnもNiと同様に鋼において,焼入性の改善や残留γの安定化などの性質を有するため靭性に優位に働くと期待されるが,実際にはMnとNiが鋼の靭性に及ぼす影響は大きく異なる。Yamanaka and Kowakaは,2%までのMn添加は靭性に優位に働くものの,3%以上添加することで顕著な脆化が生じることを報告している1)。これはMn鋼においてMnや不純物元素が鋼の粒界を脆弱化し,粒界破壊を誘発するためであると考えられている2,3,4,5)。
Mnは粒界を脆化させる作用があるものの,一方でMnの粒内に及ぼす作用は靭性に対して優位に働くとの報告がある。Tanakaらは,1~2%Mn鋼および1~2%Ni鋼の転位の易動度の活性化エネルギーを求め,Mn添加による活性化エネルギーの変化はNiを添加した場合と同程度であるので,MnはNiと同様に低温において転位の易動度を上げる性質があると報告している6)。またHwang and Morrisは,鋼に12%のMnを添加すると極めて微細なマルテンサイト組織が形成され粒内の破壊強度が上昇すること,12%Mn鋼の粒界破壊は粒界強度が粒内強度に比べ相対的に低くなったゆえに生じたこと,ゆえに12%Mn鋼の粒界強度をB添加により改善すると優れた低温靭性を示すことを報告している7)。このように,Mnは粒内においては靭性に対して優位に作用する可能性がある。著者らは,Mn添加により形成される極めて微細なマルテンサイト組織に着目し,10%Mn-0.1%C鋼を加工熱処理し粒界破壊を抑制した場合,液体窒素温度でも優れた靭性を示すことを見出した8)。この時の破壊形態は主破面に複数の副き裂が列状に進展する,いわゆるセパレーション破壊であり,それに起因した三軸応力の緩和が衝撃吸収エネルギーを著しく上昇させると考察している。しかし一方で,主破面が77 Kの低温においても微細なディンプルで覆われていることも確認されており,この主破面における延性破壊が本鋼の強靱化の一因になった可能性についても言及されている。
10%Mn-0.1%C鋼が低温で延性破壊を発現した理由として,本鋼特有の(α’+ε+γ)三相からなる超微細粒組織8)による粒界での応力集中を軽減が有効に作用した可能性が考えられるが,このような微細な複相組織に対して変形や破壊の挙動はほとんど調査されていない。とくに構成相であるα’,εおよびγの三相はそれぞれ力学特性が異なると考えられる上に,ε相とγ相は変形時に加工誘起マルテンサイト変態を生じる可能性もある。加工熱処理により強靱化された10%Mn-0.1%C鋼の特性を理解するには,上記のような粒内組織の特性を把握することが不可欠であると考えられる。
そこで本研究では,まずは10%Mn-0.1%C鋼の粒内組織における変形初期から中期における塑性変形挙動を明確にすることを目的として,走査型電子顕微鏡(SEM)内その場引張観察およびデジタル画像相関法(DIC)によるひずみ分布解析を行い,焼入れままの10%Mn-0.1%C鋼におけるミクロスケールでの変形挙動を明らかにした。その際,比較材として一般的なラスマルテンサイト組織を有する5%Mn-0.1%C鋼についても同様の解析を行い,10%Mn-0.1%C鋼における変形の差異を明確化した。
Table 1に本研究で用いた合金の化学組成を示す。本実験では0.1%C鋼をベースとして,Mnの添加量が組織と変形挙動に及ぼす影響を比較するために5%,10%のMnを添加した2種類の合金鋼を用いた。以降,各合金鋼をそれぞれ5Mn鋼,10Mn鋼と称する。50 kgインゴットを真空溶解炉にて溶解後,1473 Kにて7.2 ksの均質化処理を施し,1253 K以上の温度域にて90%の圧下率にて圧延し空冷した。その後15 mmt×100 mmw×200 mmLのサイズに切り出し,1173 Kにて1.8 ksのオーステナイト(γ)化処理を施し,水冷した。以上の熱処理により得られた焼入れマルテンサイトである5Mn鋼,10Mn鋼を実験に供した。
C | Mn | Si | P | S | Al | N | O | Fe | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
5Mn | 0.099 | 5.03 | 0.013 | <0.002 | 0.0026 | 0.022 | 0.0020 | <0.001 | Bal. |
10Mn | 0.097 | 9.95 | 0.037 | <0.002 | 0.0033 | 0.018 | 0.0013 | <0.001 | Bal. |
組織観察および組織の結晶粒径測定には,鋼板の1/4t位置から採取したミクロブロックを用いた。ミクロブロックの圧延直角方向の面(TD面)を電解研磨により仕上げ,加速電圧を15 kVに設定したSEM(Sigma500;Carl Zeiss Co., Ltd.)にて電子線後方散乱回折(EBSD)法を用い,組織の相分布および結晶粒径を測定した。なお,EBSD測定には専用のCCD検出器(Digiview5;TSL Solutions Ltd.)を用いた。本研究にて結晶粒径は,方位差15°以上の粒界で囲まれた領域の円相当直径の平均値とした。
SEM内その場引張試験には,Fig.1に示す厚さ0.4 mmの板状引張試験片を用いた。板状引張試験片を鋼板の1/4t位置から引張軸が圧延方向と平行になるように採取し,観察面側をコロイダル研磨により鏡面に仕上げたうえで実験に供した。SEM内に取付け可能なその場引張ステージ(最大荷重1500 Nタイプ, TSL Solutions Ltd.)を用い,加速電圧2 kVに設定したSEMにてその場引張試験を実施した。弾性域では荷重が50 N上昇する毎に,塑性域では伸びが0.5%増える毎にクロスヘッドを停止し,停止後1 min以上保持し応力の低下が十分緩やかになった時点でSEM写真(4096×3072 pixels)を撮影した。得られた連続SEM写真に対してDIC法を用いることにより,変形に伴う組織のひずみ分布を可視化した。ひずみ分布の可視化には専用ソフトウェア(Vic-2D;Correlated Solutions inc.)を用い,解析におけるsubsetサイズとstepサイズはそれぞれ75×75 pixels,3 pixelsに設定した。なお連続SEM観察した領域はその場引張試験前にEBSD観察しており,観察領域におけるひずみ分布と結晶方位の対応が取れるようにした。
Schematic diagram of tensile test piece used for in-situ tensile SEM observation.
本研究ではミクロスケールの変形挙動をマクロスケールの観点からも考察するために,通常の引張試験も実施した。引張試験にはA2号丸棒引張試験片を用いた。引張試験片を鋼板の1/2t位置から引張軸が圧延方向と平行になるように採取し,クロスヘッド速度0.77 mm/minの条件下で引張試験を実施した。また,引張試験途中で変形を止め,それら試料に対してX線回折測定(Aeris;Malvern Panalytical, 40 kV–15 mA, Cu管球)を行うことで,引張変形に伴う相分率の変化を見積もった。X線回折用試料に対し,電解研磨による表面仕上を行った。
Fig.2は,1173 K-1.8 ksのγ化処理後に焼入れた5Mn鋼(a)および10Mn鋼(c)の結晶方位マップである。ここで,α’マルテンサイト,εマルテンサイト,残留γの三相からなる10Mn 鋼の結晶方位マップ(c)については,全相の結晶方位が同時に示されている。また,Fig.2(a)(c)のα’マルテンサイトの結晶方位からKurdjumov-Sachsの関係(K-S関係)に基づいてα’マルテンサイト変態前の旧γ方位を再構築9)した結果をFig.2(b)(d)にそれぞれ示す。得られた再構築像より旧γ粒径を見積もると,両鋼とも約40 µmとなり,両者で大きな差異は認められなかった。変態後の焼入組織の形態に注目すると,5Mn鋼では伸長したブロック組織に特徴づけられる典型的なラスα’マルテンサイト単一組織を呈しているのに対し,10Mn鋼では非常に細かいブロック組織が観察され,後述のように微細なεマルテンサイトや残留γも混在した複雑な複相組織である。5Mn鋼と10Mn鋼のα’マルテンサイト組織の相違は,その形成過程の違いによるものと考えられる。5Mn鋼では焼鈍されたγから直接α’マルテンサイトが生成するのに対し,高濃度のMnにより積層欠陥エネルギー(SFE)が低下した10Mn鋼では,低SFE合金でしばしば観察されるεマルテンサイトが中間相として形成される10)。つまり,γから板状で微細なεマルテンサイトがまず生成し,その内部にさらに微細な粒状のα’マルテンサイトが核生成すること,すなわちγ→ε→α’という二段階のマルテンサイト変態10)によってFig.2(c)のような組織が形成される。なお,10Mn鋼におけるα’マルテンサイト,残留γ,εマルテンサイトの体積分率Vα’,Vγ,Vεはそれぞれ,Vα’=73.5%,Vγ=9.0%,Vε=17.5%であることが先行研究で実施した中性子回折により分かっている8)。
Crystallographic orientation maps (a)(c) and reconstructed austenite maps (b)(d) of as-quenched 5Mn (a)(b) and 10Mn (b)(d) steels. (Online version in color.)
10Mn鋼の微細組織を高倍率で観察した結果をFig.3に示す。Fig.3(a),(b),(c)はすべての相を示した結晶方位マップ,Phaseマップ,bcc相(α’マルテンサイト)のみを抽出した結晶方位マップである。粒径が1 µm以下から2 µm程度の超微細粒組織が得られており,bcc相のα’マルテンサイト,hcp相のεマルテンサイト,fcc相の残留γからなる三相組織を呈していることがわかる。また,α’マルテンサイトの形態は5Mn鋼(Fig.2(a))とは大きく異なり,アスペクト比が小さく比較的粒状に近い形状になっている。Fig.4(a)(b)(c)はFig.3と同視野におけるfcc相(残留γ),hcp相(εマルテンサイト),一部のbcc相(α’マルテンサイト)の結晶方位マップである。またそれらに対応した極点図をFig.4(d)(e)(f)にそれぞれ示している。まず,残留γは一種類の結晶方位のみが確認されることから,この視野はある旧γ粒内を観察したものであることがわかる。この視野では三種類のεマルテンサイトが確認され,それらすべてが残留γと庄司-西山の関係(S-N関係)((111)γ//(0001)ε,[110]γ//[1120]ε)を満たしていることから,これらのεマルテンサイトはFig.4(a)の結晶方位を有する旧γから生成したと言える。εマルテンサイトとα’マルテンサイト間にはBurgersの関係 ((0001)ε//(101)α’,[1210]ε//[111]α’) が成立し,さらには結果的にγとα’マルテンサイトにK-S関係((111)γ//(101)α’,[110]γ//[111]α’)が成立することが知られている。Fig.4(c)(f)には,Fig.4(b)(e)における一つのεマルテンサイト(ε-1)とBurgersの関係を有する6種類のα’マルテンサイトの結晶方位マップおよび111,011極点図を示している。これら6種類のα’マルテンサイトは極点図右下でε-1と最密面平行関係((0001)ε//(101)α’面)を有していることから,同一パケットグループ(パケット1)に属していることになる。同様に,ε-2およびε-3とBurgersの関係を有するα’マルテンサイトの集団をパケット2,パケット3として色分けした結果をFig.3(d)に示す。このパケットの分布が,3種類の旧εマルテンサイトの分布に対応している。パケット内のα’マルテンサイトブロックは2種類のα’マルテンサイト対が隣り合って生成する傾向にあり(Fig.4(c)におけるα’-1/2,3/4,5/6),これらのα’マルテンサイト対はお互いに双晶関係にあることから,パケット内はΣ3粒界が大半を占めている。以上の結晶学的な解析結果は,10Mn鋼におけるγ→ε→α’という二段階のマルテンサイト変態が,特定の結晶方位関係を有しながら進行することを明確に示している。
Crystallographic orientation maps ((a) all phase, (c) bcc only), phase map (b), and packet map (d) of as-quenched 10Mn steel. (Online version in color.)
Crystallographic orientation maps ((a) fcc only, (b) hcp only, (c) bcc transformed from ε-1) and corresponding pole figures ((d) 111, 011γ, (e)0001, 11-20ε, (f) 111, 011α’) in as-quenched 10Mn steel. (Online version in color.)
Fig.5は引張試験により得られた5Mn鋼,10Mn鋼それぞれの真応力-真ひずみ曲線(a)および加工硬化率曲線(b)を示す。5Mn鋼は明確な降伏点が出現しないラウンドハウス型の真応力-真ひずみ曲線を示し,変形後期では加工硬化率が低値となるという一般的な低炭素鋼の焼入れマルテンサイトと同様の傾向が認められる11)。一方,10Mn鋼では真応力が500 MPaに達するあたりで明瞭な降伏点がみられ,降伏後も高い加工硬化率を維持して破断に至っている。一般に複相鋼の場合,軟質相の優先的なすべり変形によって降伏が生じることが多く,10Mn鋼においては,まずは軟質相である残留γのすべり変形により降伏が生じた可能性が推察されよう。しかし残留γは粒径1 µm以下であり,そのような粒径の超微細粒γ鋼の降伏応力12)が10Mn鋼の降伏応力より高いことを考慮すると,残留γのすべり変形というよりもむしろ残留γやεマルテンサイトがα’マルテンサイトに応力誘起変態することで生まれる塑性ひずみが主体となって降伏を生じた可能性も考えられる。そこで,10Mn鋼の変形中の相変態挙動を調査するために,種々の真応力で変形を中断し,その試験片に対してX線回折測定を行った。結果をFig.6に示す。X線ラインプロファイル(a)より,bcc,hcp,fccの三相のピークが確認できる。先行研究13)で求めた10Mn鋼の各相の格子定数から回折角を計算した結果をFig.6(a)の下部に示している。三相が存在することで,お互いのピークの重なりが2θ=45°付近で生じており,それらを分離し,体積率を算出することは容易ではない。本研究では,各相から単独で存在する一つずつのピーク(200bcc,1011hcp,200fcc)を選択し,それらの積分強度変化から相変態の有無を検討することとした。Fig.6(b)は各ピークの積分強度(Ibcc,,Ihcp,Ifcc)を,三つのピークの積分強度の合計(Ibcc,+Ihcp+Ifcc)で割った積分強度比と真応力の関係である。降伏が始まる500 MPa付近から,積分強度比はα’マルテンサイトで増加し,εマルテンサイト,残留γで低下している。したがって,降伏とほぼ同じタイミングで相変態が開始していることになる。ε→α’変態およびγ→α’変態は,それぞれ1.6%および0.9%の体積膨張を伴うため14,15),変態ひずみが変形を担うことで降伏応力が見かけ上,低下することがある16)。本研究での10Mn鋼でも同様の現象が生じていると考えられるが,γやε自身のすべり変形による塑性ひずみを分離し,変態ひずみの寄与を定量的に理解するにはその場中性子回折により相変態と相応力を同時に測定する必要がある。
True stress-strain curve (a) and variation of work hardening rate with true strain (b) of 5Mn steel and 10Mn steel.
(a) X-ray line profiles of 10Mn steels tensile-tested at various true stress. (b) Changes in relative integrated intensity of 200bcc, 10-11hcp, and 200fcc peaks as a function of true stress in 10Mn steel.
10Mn鋼では降伏後に高い加工硬化率を示し,真ひずみ0.025付近で5Mn鋼の流動応力を上回っているが,α’マルテンサイトは変形前にすでに1015 /m2を超える高い転位密度を有しているため,数%の変形により転位密度が大幅に増加することはない17)。したがって,10Mn鋼では硬質なα’マルテンサイト母相が応力を担い,ε→α’およびγ→α’変態が塑性変形を担うことで,高い加工硬化率が発現していると考えられる。真ひずみが0.025を越えると10Mn鋼の流動応力は5Mn鋼を上回り,最終的な破断応力は真応力で1520 MPa(引張強さ: 1460 MPa)に達している。10Mn鋼が5Mn鋼よりも大きな加工硬化を示し高い引張強さを生じた理由は,生成したα’マルテンサイトの強度の差に起因すると考えられ,α’マルテンサイトが微細粒組織であることが10Mn鋼の高い強度に大きく寄与していると言える。
3・3 不均一変形挙動 3・3・1 低倍率で観察された5Mn鋼と10Mn鋼の不均一変形挙動の相違Fig.7にFig.2と同視野で観察された5Mn鋼(a)(b)および10Mn鋼(c)(d)のSEM像およびそれをDIC法で解析して得られた相当ひずみマップを示す。試験片全体のひずみ量を約0.08で揃えているが,この視野内での平均の相当ひずみεaveは5Mn鋼では0.051,10Mn鋼では0.071となり,やや異なっている。また,ひずみマップ上には再構築マップから求めた旧γ粒界を点線で示している。5Mn鋼(b)では,普通炭素鋼のラスマルテンサイトにおいて従来報告されている結果18,19)と同様に,特定のブロックにひずみが集中する傾向が見られる。ひずみ帯の幅はブロック幅に対応して数µmであるが,その長さは数十µmであり,最大で旧γ粒経に相当する50 µm以上に及んでいる。ひずみが集中しているブロックでは0.1以上の相当ひずみが導入されている。このような伸長したブロック組織を有する一般的なマルテンサイト鋼では,Schmid因子が大きいすべり系のすべり方向がラスの晶癖面と平行に近い「ラス面内すべり」である場合に,塑性変形が優先的に生じ,そのブロック内でひずみが集中すると報告されている18,19)。
SEM images (a)(c) and Mises strain distribution maps (b)(d) of 5Mn (a)(b) and 10Mn (c)(d) steels with average Mises strain of 0.051 and 0.071, respectively. Observation areas are same as Fig. 2. (Online version in color.)
10Mn鋼では5Mn鋼に比べてひずみの局在化が緩和されており,比較的均一に変形しているように見える。Fig.8に,Fig.7(b)(d)を用いて作成した相当ひずみのヒストグラムを示す。5Mn鋼はピークの裾野が広く,相当ひずみが0に近いほとんど変形していない領域から相当ひずみ0.15以上の高ひずみ領域まで存在することから,その塑性変形が極めて不均一に生じていることがわかる。それに対して10Mn鋼ではピークの裾野が比較的狭く,相対的に均一な変形であると言える。両者の標準偏差を計算したところ,5Mn鋼では0.027,10Mn鋼では0.016であった。相当ひずみのヒストグラムにより得られる標準偏差は,平均ひずみの増加に伴い単調に増加することが知られている20)。したがって,平均ひずみが小さな5Mn鋼の標準偏差が10Mn鋼より大きいことを示すFig.8の結果は,10Mn鋼と比較して5Mn鋼ではより不均一な変形が生じていることを意味する。
前項にて示された5Mn鋼における不均一な変形挙動をより明確に示すため,高倍率での観察およびDIC解析を行い,結晶学的な観点から検討を行った。Fig.9は5Mn鋼のあるパケット内での結晶方位マップ(a),DIC解析により求めた相当ひずみマップ(b)(c)である。また,Fig.9(c)に示した高ひずみ領域I,II,および低ひずみ領域IIIに対応する011および111極点図をあわせて示している。低倍率で観察されたFig.7(b)と同様に,5Mn鋼ではεave=0.017の段階(b)で特定のブロックにひずみの集中が生じる傾向が確認され,同時にほとんど変形しないブロックも共存している。さらに変形が進んだεave=0.024の段階(c)では,変形初期にみられた高ひずみ領域のみがさらに大きくひずみ集中を起こす様子がわかる。同一パケット内の三つの異なるブロックI,II,IIIにおいて,共通している{011}α’面が晶癖面に近いすべり面であり,その晶癖面と平行,すなわち,111極点図上に示した大円上にある<111>α’方向をすべり方向とする全ての{110}<111>α’,{121}<111>α’すべり系がラス面内すべり系となる18)。一方で,すべり面を晶癖面に限定した2種類の{110}<111>α’が晶癖面内すべり系となる21)。ブロックI,II,IIIにおけるラス面内すべり系,晶癖面内すべり系における最大のSchmid因子をTable 2に示す。ラス面内すべり系では高ひずみ領域I,IIおよび低ひずみ領域IIIのいずれにおいてもSchmid因子の最大値は高く,有意な差はないようにみえる。一方,晶癖面内すべり系にて最大のSchmid因子を比較すると,高ひずみ領域I,IIは最大のSchmid因子が0.5に近い値であるのに対し,低ひずみ領域IIIでは最大のSchmid因子が0.364と低い。一般的に低C鋼ラスマルテンサイト組織の変形挙動はラス面内すべり系に従う傾向にあるが18,19),本研究の5Mn鋼は晶癖面内すべり系に従うと考えるべきであろう。従来の研究においては,高C鋼のように狭いブロック幅を持つマルテンサイト組織の場合に晶癖面内すべり系が優先して活動すると報告されている21)。本研究における5Mn鋼はC量が0.1%と高くないものの,5%のMnの添加によりマルテンサイト変態温度(Ms温度)が633 Kと低い。この低いMs温度に起因して,一般的な低C鋼マルテンサイトよりも狭い幅のブロックが形成された結果,組織の変形が晶癖面内すべり系に支配されたと推察される。
Crystallographic orientation map (a), Mises strain distribution maps with average strain of 0.017 (b) and 0.024 (c), and 001 (d) and 111 (e) pole figures of α’-martensite indicated in Fig. 9(c) in as-quenched 5Mn steel. (Online version in color.)
Higher strain region | Lower strain region | |||
---|---|---|---|---|
I | II | III | ||
Schmid factor | Maximum value of in-lath plane slip system | 0.484 | 0.493 | 0.460 |
Maximum value of habit plane slip system | 0.484 | 0.493 | 0.364 |
Fig.10はFig.3と同視野でのDIC解析結果(a)-(c)である。組織サイズが5Mn鋼よりも微細であるため,Fig.9よりも高倍率での解析を行っている。図中の白線および黒線で囲った組織はそれぞれ残留γとεマルテンサイトを示す。10Mn鋼のFig.10(b)における平均ひずみ量は5Mn鋼のFig.9(c)におおよそ等しいが,10Mn鋼では5Mn鋼で発達していた局所的なひずみ集中があまり顕著ではなく,観察されるひずみ帯のサイズも幅が1 µm,長さが数µm程度と微小である。本試料においても5Mn鋼と同様の結晶学的な解析を行った。ここでは3つの異なるブロックをI(高ひずみ領域),II,III(低ひずみ領域)とし,Fig.10(d)に示されたε-2とBurgersの関係を有するα’マルテンサイトをFig.10(e)の極点図に抽出している。対象としたα’マルテンサイトは,5Mn鋼の場合と同様に共通した{011}α’面を有しており,ラス面内すべりおよび晶癖面内すべりの定義が可能である。その結果をTable 3に示す。ラス面内すべり系では高ひずみ領域,低ひずみ領域の両方が高いSchmid因子を示し,逆に晶癖面内すべり系では高ひずみ領域,低ひずみ領域の両方が低いSchmid因子を示すため,いずれのすべり系でも10Mn鋼の微細組織における変形挙動の規則性を説明することが出来ない。すなわち,εマルテンサイト変態を経て形成された微細なα’マルテンサイトは一般的なラスマルテンサイトの変形挙動とは結晶学的な傾向が合致しない。これは晶癖面に沿った板状の形態を有する一般的なラスマルテンサイトにおいては,その変形挙動に規則的な結晶学的特徴が現れやすいが,微細で等軸状の10Mn鋼におけるα’マルテンサイトでは,密に分散されたブロック境界によってひずみ集中部が分断・分散される傾向が強く現れ,結晶学的特徴の寄与が相対的に弱まったと考えられる。
Mises strain distribution maps with average strain of 0.007 (a), 0.022 (b) and 0.046 (c), crystallographic orientation maps ((d) ε-2, (e) α’-martensite transformed from ε-2), and 001 (f) and 111 (g) pole figures of α’-martensite indicated in Fig. 10(c) in as-quenched 10Mn steel. Observation areas are same as Fig. 3 and 4. (Online version in color.)
Higher strain region | Lower strain region | |||
---|---|---|---|---|
I | II | III | ||
Schmid factor | Maximum value of in-lath plane slip system | 0.486 | 0.451 | 0.495 |
Maximum value of habit plane slip system | 0.406 | 0.390 | 0.402 |
ただし,Fig.10に示した10Mn鋼のひずみ分布において,ひずみ集中部がブロック境界を越えて連なり,数µm程度のひずみ帯を形成している点には注目すべきである。例えばFig.10(c)における点IIIの左下のひずみ帯は,双晶関係にある2つの結晶方位(水色と紫)が交互に入れ替わるブロック列を貫通しているように見える。DIC像の空間分解能の問題から,本結果が双晶境界でのすべりの連続性を示す根拠になるとは思えないが,Fig.4(f)に示すように,双晶関係にある二つのブロック間には共通のすべり面とすべり方向が存在することを考慮すれば,Schmid因子の条件次第では,双晶境界を横切ってすべりが連続し,比較的粗大なひずみ帯が発生する可能性も考えられる22,23)。このような変形機構は,γ→ε→α’という二段階のマルテンサイト変態に伴うバリアント選択挙動とも関係すると考えられ,本鋼特有の不均一変形の起源となり得るが,その解明のためには高倍率観察を含む今後の系統的な調査が必要であろう。
一方,10Mn鋼に不均一変形をもたらすもう一つの要因として,組織中に多数分散している残留γやεマルテンサイトなどの異相組織の存在を考慮しなければならない。一般的に組織中に硬質な第二相が存在すると,それに起因する塑性変形の不連続によりGN転位が導入され,不均一変形が誘発されることが知られている24)。本10Mn鋼についても残留γやεマルテンサイトなどの異相組織が硬質第二相として作用すれば,上記のように結晶学的に説明できない不均一変形の規則性を説明できる可能性がある。しかしながら,Fig.10(a)(b)の変形初期段階での解析結果において,例えば白矢印1,2で示される残留γやεマルテンサイトの周囲には顕著なひずみ集中は認められず,むしろそれら自身が変形しているようにも見える。これは残留γおよびεマルテンサイトの安定度が低く,それらが応力誘起変態(または自身の塑性変形によるひずみ誘起変態)によって生じた塑性ひずみが観察されていると考えられる。さらに,不均一変形がやや顕在化してくるFig.10(c)に示した高ひずみ域での観察結果においてひずみ帯が発生している位置と異相組織の位置との関係に着目すると,必ずしもそれらが隣接しているとは言えず,残留γやεマルテンサイトが不均一変形を誘発する因子となり得るかは定かではない。これらの異相組織は,変形時に体積膨張を伴うマルテンサイト変態を生じる組織であること,また変態後はα’マルテンサイトとなって基地と同様の性質になることを考慮すれば,むしろひずみ集中を緩和する機能を有した組織であるとも考えられ,結局10Mn鋼において不均一変形を発現させる要因は明確にはできなかった。しかし以上の解析結果から,10Mn鋼は複数のパケットグループに属する多くのα’マルテンサイトブロックが微細な等軸状の形態を有する超微細粒組織を有しており,引張変形に伴う特定ブロックへのひずみ集中が抑制され,あるいはひずみ集中が微細に分断・分散され,粒内では均一な変形を生じる特徴を有した材料であると結論できよう。
焼入れしたFe-10%Mn-0.1%C合金(10Mn鋼)における塑性変形挙動の特徴を明らかにするため,一般的なラスマルテンサイト組織を有するFe-5%Mn-0.1%C合金(5Mn鋼)を比較材として,組織と引張り変形挙動の調査,ならびにDICを用いた不均一変形挙動の解析を行った。得られた結果を以下にまとめる。
(1)10Mn鋼は焼入れ時にγ→ε→α’という二段階のマルテンサイト変態を経ることにより,等軸な超微細粒(α’+ε+γ)三相組織を有している。各相間には特定の結晶方位関係(K-S関係,S-N関係,Burgersの関係)が成立しており,基地組織であるα’マルテンサイト組織においては,バリアント対が双晶関係にあるものが多く存在する。
(2)ラスマルテンサイト組織を有する5Mn鋼を引張試験すると一般的なマルテンサイト鋼で見られるラウンドハウス型の連続降伏挙動が発現するが,10Mn鋼を引張試験すると明確な降伏点および著しい加工硬化に特徴付けられる応力-ひずみ曲線が得られる。
(3)10Mn鋼の応力-ひずみ曲線を引張り変形に伴うε→α’およびγ→α’変態と関連づけると,降伏は主に応力誘起された上記の相変態による塑性ひずみの発生によって説明され,その後の加工硬化については,継続するε→α’およびγ→α’変態が塑性変形を担い,硬質なα’マルテンサイト母相が応力を担う機構により理解できる。
(4)ラスマルテンサイト組織を有する5Mn鋼では,引張り変形時に晶癖面内すべりが優先されることによって特定のブロックにひずみが集中し,不均一に塑性変形が進行する。それに対して等軸な超微細粒組織を有する10Mn鋼では,微小なひずみ帯は発生するものの,その結晶学的特徴は不規則であり,5Mn鋼に比べると相対的に均一な変形を生じる傾向にある。
(5)10Mn鋼の組織中に分散するεマルテンサイトや残留γは,不均一変形を助長する原因にはなりにくいと考えられる。
本研究において,実験にご協力いただいた河村慎哉氏に感謝申し上げます。