鉄と鋼
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
論文
超高強度TRIP型マルテンサイト鋼板のスポット溶接引張せん断強度に及ぼす水素の影響
北條 智彦長坂 明彦 若林 龍生田畑 千早近藤 陽太小笠原 一真柴山 由樹秋山 英二
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2024 年 110 巻 3 号 p. 171-183

詳細
Abstract

In this study, the effect of hydrogen on the tensile shear strength of spot-welded transformation-induced plasticity (TRIP)-aided martensitic (TM) steel sheet was investigated. The tensile shear tests were carried out on a tensile testing machine using the spot-welded specimen which was spot-welded at the lapped portion of 30 mm×30 mm using specimen with dimensions of width of 30 mm and length of 170 mm at crosshead speeds of v=0.5 to 100 mm/min with and without hydrogen. The results were summarized as follows.

(1) The ultrahigh-strength TM steel without and with hydrogen charging possessed an excellent shear stress (τf) in comparison with the hot-stamped (HS1) steel. This might be attributed to the TRIP effect of the TM steel which exhibits the volume fraction of retained austenite (γR) of 1.52 vol% and low absorbed hydrogen concentration compared with that of the HS1 steel.

(2) The shear stress (τf) decreased with decreasing the deformation speed in the TM and HS1 steels with hydrogen whereas the shear stress (τf) was hardly changed by the crosshead speed in the HS1 steel without hydrogen. The decrease in the shear stress (τf) at slow strain rate might be caused by the occurrence of hydrogen diffusion to the crack initiation site and crack tip to accelerate the hydrogen embrittlement crack propagation.

(3) The hydrogen embrittlement crack was initiated at the heat affected zone (HAZ) due to the hydrogen diffusion and the hydrogen concentration at HAZ which is softer than its surroundings, so deformation is concentrated and HAZ becomes the origin of fracture, resulting in the stress concentration.

1. 緒言

近年,衝突安全性の向上ならびに車体軽量化を目指して自動車用鋼板の超高強度化が進められている。とくに,センターピラー(Bピラー),およびバンパービーム等の自動車骨格部材で1470 MPa以上の強度を実現するために,ホットスタンプ用鋼(hot-stamped steel:HS鋼)板が使われている1)。それに対して,優れた強度・延性バランスTS×TElを有するTRIP(transformation-induced plasticity)2)型マルテンサイト鋼(TRIP-aided martensitic steel:TM鋼)板3,4)は,1470 MPa以上の冷間プレス成形用超高強度鋼板のニーズの高まりに対応する超高強度鋼板として期待されており,様々な研究報告が行われている5)

これらの超高強度鋼板は,鋼中に侵入した水素によって延性が低下する水素脆化が問題となる。超高強度鋼板の水素脆化に関する研究事例として,たとえば,Senumaらは超高強度ホットスタンプ鋼板の遅れ破壊感受性に及ぼすMn,Nb,Ti,Mo等の合金元素の影響を検討した6,7,8,9)。これらの報告では,板厚1 mmのノッチ付き引張試験片のノッチ部に最大応力1.3 GPaの応力負荷した状態でチオシアン酸アンモニウム水溶液に浸漬し,浸漬開始から破断までの時間を測定した。一般的に,抵抗スポット溶接の継手強度は,引張せん断試験(引張せん断強さ:Tensile Shear Strength:TSS),十字引張試験(十字引張強さ:Cross Tension Strength:CTS)により評価されることが多い。TSSは,ナゲット径,板厚,母材の引張強さとともに増加するものの,CTSはある値でピークを示すことが報告されている10)。Okadaらは異強度板組の抵抗スポット溶接継手の引張せん断強さと破断位置に及ぼす材料強度の影響について検討し,これらの継手引張試験における破断形態は,溶接金属(ナゲット)内で破断する界面(面状)破断,ナゲット外で破断するプラグ破断に大別され,鋼板が高強度化するほどナゲット内で破断しやすい傾向を示す11)。また,Kitaharaらは水素チャージ下低速度引張せん断試験による高張力鋼板のスポット溶接部の迅速水素脆化評価法について検討している12)。しかしながら,これらの検討は1470 MPa級までの鋼板を対象に実施されているが,超高強度TM鋼板の水素チャージ下引張せん断試験に対しては十分に行われていない。

そこで,本研究ではTM鋼板のスポット溶接継手の引張せん断強度に及ぼす水素の影響を明らかにすることを目的として,TM鋼板の水素チャージ下引張せん断試験の調査を行った。

2. 実験方法

Table 1に供試鋼の化学組成を示す。供試鋼には,Si添加量の大きく異なる化学組成を有する2種類の冷延鋼板(板厚t=1.4 mm)を用いた(Table 1)。TM鋼は粗圧延(t=60 mm→t=30 mm),仕上げ圧延(t=30 mm→t=4 mm),酸洗後冷間圧延(t=4→t=1.4 mm)をして作製した。HS鋼は一般に用いられるホットスタンプ材と同様の化学組成を有する。TM鋼は,900°C,1200 sのオーステナイト化後,250°C,200 sの等温変態処理を施した。また,比較として,HS鋼を用いて900°C,240 s加熱,金型保持15 sのダイクエンチをした鋼とその後,700°C,1 h空冷の焼戻しを施した2種類の鋼板を作製した。以後,ダイクエンチままのホットスタンプ材をHS1鋼,HS1鋼に焼戻しを施した材料をHS7鋼と呼ぶこととする。

Table 1. Chemical composition of steels used (mass%).

steelCSiMnTiCrB
TM0.221.511.510.0200.210.003
HS0.221.210.0380.250.004

引張試験には,母材引張試験片(板幅:20 mm,平行部の長さ:60 mm,標点間距離:50 mm)を用い,インストロン型引張試験機によりクロスヘッド速度v=1 mm/min(初期ひずみ速度ε˙=2.8×10-4/s)で行った13)Fig.1)。

Fig. 1.

Geometry of tensile test specimen13).

引張せん断試験には,ワイヤ放電加工した短冊状試験片(100 mm×30 mm,圧延方向は長手方向に平行)を30 mm重ねて,スポット溶接し作製した引張せん断試験片(Fig.2)を用い,インストロン型引張試験機によりv=0.5 mm/min,1 mm/min,および100 mm/minで行った。Table 2にスポット溶接条件を示す13)。電極にはDR型,元径16 mm,先端径6 mm,先端R40 mmのCu-Cr合金を用い,加圧力3.0 kN,通電時間333 ms,溶接電流は6.5 kAで行った13)。以後,スポット溶接し作製した引張せん断試験片を溶接試験片と呼ぶこととする。

Fig. 2.

Geometry of spot-welded joint specimen12).

Table 2. Conditions of spot welding13).

Electrode capElectrode forceWelding timeWelding current
Cu-Cr3.0 kN333 ms6.5 kA
DR16×60, 40 R(0.25 MPa)(20 cycles/60 Hz)

微細組織観察には,走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて行った。残留オーステナイトγRの体積率fγ(vol%)はCuKα線によって測定されたα-Fe 200,α-Fe 211,γ-Fe 200,γ-Fe 220,γ-Fe 311回折ピークの積分強度により測定した14)。また,残留オーステナイトγR中の炭素濃度Cγ(mass%)はCuKα線によって測定したγ-Fe 200,γ-Fe 220,およびγ-Fe 311回折ピーク角度から求めた格子定数の平均値aγ(×10-10 m)を次式(1)15)に代入して求めた。

  
aγ=3.5780+0.0330Cγ+0.00095Mnγ+0.0056Alγ+0.0220Nγ+0.0006Crγ+0.0039Tiγ(1)

ここで,MnγAlγNγCrγ,およびTiγはオーステナイトγ中の元素濃度(mass%)を表す。本研究では便宜上,それぞれの合金元素の添加量を用いた。

ビッカース硬さ試験には,ダイナミック微小硬度計(荷重98.1 mN,保持時間5 s)により,鋼板の重ね面からt/4=0.35 mm 鋼板内側の位置にて,x=0.1 mm間隔に板幅に平行方向の硬さ分布を測定した。

Fig.3に水素チャージ装置を示す。水素チャージは,陰極チャージ法13)により行った。定電流装置により試験片をカソード分極し,対極にはPt線を用いた。水素チャージ水溶液には,3 wt%のNaCl水溶液に,5 g/Lのチオシアン酸アンモニウムNH4SCNを添加した水溶液 600 mLを用いた。水素チャージの条件は,電流密度10 A/m2,水素チャージ時間は48 hとした。引張せん断試験片の水素チャージ領域は,水素チャージ液が重ね合わせ部に侵入することで水素チャージ領域が変動するため,マスキング処理後の試験片重ね合わせ溶接部の両面(30 mm×30 mm×2=1800 mm2)とした。なお,母材試験片の水素チャージ領域はマスキング処理後の表裏面,および両側面(20 mm×20 mm×2+20 mm×1.4 mm×2=1856 mm2)とした。

Fig. 3.

Experimental apparatus for hydrogen charging. (Online version in color.)

水素チャージにより鋼中に侵入した水素量の測定には,昇温脱離分析を用いた16)。引張せん断試験片の水素チャージと同様の水素チャージ液,電流密度で48 h,水素チャージした水素分析用試験片を昇温速度100°C/hにて室温から800°Cまで加熱した。標準リークガスを用いて単位時間当たりの水素mol濃度と水素分圧の関係を校正し,放出水素分圧を水素放出速度に換算した。水素放出速度を時間積分し,試験片重量で除すことで累積水素量として求めた。水素脆性に寄与する水素は拡散性水素である。約300°Cまでに放出された水素を拡散性水素量とした17)

3. 実験結果および考察

3・1 微細組織と機械的特性

Fig.4に供試鋼のミクロ組織SEM写真を示す。Table 3に供試鋼の母材試験片の残留オーステナイトγR特性,機械的特性,および炭素当量Ceqを示す18)Fig.4(a)はTM鋼,Fig.4(b)はHS1鋼,およびFig.4(c)はHS7鋼のミクロ組織である。3%硝酸エタノール溶液腐食により,TM鋼はマルテンサイトと残留オーステナイトγRγRの体積率fγ=1.52 vol%,γR中の炭素濃度Cγ=0.79 mass%),HS1鋼はマルテンサイト,HS7鋼は焼戻しマルテンサイトの組織からそれぞれなる(Table 3Fig.4)。TM鋼とHS1鋼はマルテンサイト母相を有するが,HS1鋼の比較的粗大なマルテンサイトにはTM鋼よりも多くのセメンタイトが析出したことが確認された(Fig.4)。

Fig. 4.

Scanning electron micrographs for (a) TM, (b) HS1 and (c) HS7 steels13).

Table 3. Retained austenite characteristics and mechanical properties of steel sheets used13).

steelfγ
(vol%)
Cγ
(mass%)
YS
(MPa)
TS
(MPa)
UEl
(%)
TEl
(%)
TS×TEl
(GPa%)
Ceq
(mass%)
TM1.520.79118015325.69.414.40.58
HS1109514696.57.711.30.47
HS752155913.722.412.50.47

fγ: initial volume fraction of retained austenite, Cγ: initial carbon concentration in retained austenite, YS: yield stress or 0.2% offset proof stress, TS: tensile strength, UEl: uniform elongation, TEl: total elongation, TS×TEl: strength-ductility balance and Ceq: carbon equivalent.

炭素当量Ceqは溶接性を示すパラメータであり,次式(2)より求め,0.47~0.58 mass%の範囲である。ここで,[C],[Si],[Mn],および[Cr]は含有量(mass%)を示す。

  
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Cr]/5(2)

TM鋼は優れた強度・延性バランスTS×TEl=14.4 GPa%(引張強さTS=1532 MPa,全伸びTEl=9.4%)を有する。一方,残留オーステナイトγRを含まないHS1鋼は,強度・延性バランスTS×TEl=11.3 GPa%(引張強さTS=1469 MPa,全伸びTEl=7.7%)を有する。また,HS7鋼は強度・延性バランスTS×TEl=12.5 GPa%(引張強さTS=559 MPa,全伸びTEl=22.4%)を有し,TM鋼と比較して,強度・延性バランスTS×TElが低かった。

3・2 母材試験片の引張強度特性に及ぼす水素の影響

Table 4に各鋼の水素チャージ有無の単軸引張試験により求めた引張強さTSを示す13)。また,Fig.5に各鋼の水素チャージ有無の引張強さTSの比較を示す13)。水素チャージ無しの母材試験片の引張強さをTS(without H),水素チャージ有りの母材試験片の引張強さTSTS(with H)と呼ぶこととする。TM鋼,およびHS1鋼は水素チャージ無しのときの引張強さTSがそれぞれTS(without H)=1532 MPa,TS(without H)=1469 MPaで1470 MPa級の強度を有した。水素チャージ有りのTM鋼の母材試験片の引張強さTSTS(with H)=1126 MPaで,水素チャージ有りのHS1母材試験片の引張強さTS(with H)=725 MPaと比較して,水素の影響が小さかった(Fig.5)。水素チャージ有りのHS1鋼の母材試験片の引張強さTSTS(with H)=725 MPaで,水素チャージ無しのHS1鋼の母材試験片のTS(without H)=1438 MPaと比較して引張強さTSは半減し,水素チャージ部で脆化した(Table 4)。

Table 4. Tensile strength (TS) of TM, HS1 and HS7 steels without and with hydrogen13).

specimenTS (without H)
(MPa)
TS (with H)
(MPa)
TM15321126
HS11469725
HS7559507
Fig. 5.

Tensile strength (TS) and maximum stress for TM steel, HS1 steel, and HS7 steels.

Fig.6にTM鋼とHS1鋼の破断後の母材試験片を示す13)。水素チャージ無しの母材試験片では,引張方向と約45°方向に破断し,延性破壊を生じる(Fig.6(a)Fig.6(c))。水素チャージ有りの母材試験片では,引張方向に垂直に破断し,脆性破壊が支配的であると考えられた(Fig.6(b)),Fig.6(d))。

Fig. 6.

Specimens after tensile test ((a) TM without H, (b) TM with H, (c) HS1 without H, (d) HS1 with H)13). (Online version in color.)

Fig.7にHS7鋼の破断後の水素チャージ有りの母材試験片を示す13)。HS7鋼では,引張方向と約45°方向に破断しているため,延性破壊を生じたと考えられる(Fig.7)。

Fig. 7.

Specimen after tensile test (HS7 with H)13). (Online version in color.)

Fig.8にTM鋼,HS1鋼,およびHS7鋼に水素チャージを実施し(試料寸法20×20×1.4 mm3),それらを100°C/hで昇温脱離分析した水素放出曲線を示す13)。TM鋼の拡散性水素量は2.0 wt. ppmで,HS1鋼の2.9 wt. ppmと比較して少なかった。マルテンサイト鋼のような母相の転位密度の高い鋼では水素はおもに転位にトラップされ,鋼の強度が上がるほど転位密度が高くなることから,母材強度レベルが高く,マルテンサイトよりも水素固溶量の多い残留オーステナイトγRを1.52 vol%有するTM鋼のほうが,拡散性水素量が多くなることが考えられた。しかし,TM鋼の拡散性水素量は HS1鋼より少なかった。TM鋼では,水素は主に旧オーステナイト粒界やラス境界19),転位上20),残留オーステナイトγR中,または残留オーステナイトγR/マルテンサイト境界21)に,HS1鋼ではTM鋼と同様に旧オーステナイト粒界やラス境界,転位上のほかに,マルテンサイト/セメンタイト境界22)にトラップしたと考えられる。TM鋼の強度は,塑性変形中の残留オーステナイトγRのマルテンサイト変態によって確保される。一方,HS1鋼の強度は母相の転位密度の上昇,およびマルテンサイト母相内の多量のセメンタイト析出によって確保されたと考えられる。したがって,HS1鋼は転位上,およびTM鋼よりも多量に存在するマルテンサイト母相/セメンタイト境界に多くの水素がトラップしたために水素量が多かったと考えられる。また,HS7鋼の拡散性水素量は0.4 wt. ppmで,TM鋼とHS1鋼と比較して極端に少ないことが分かる。これは,HS7鋼の強度レベルがTM鋼,HS1鋼と比較して低く,転位密度が低かったことに起因したと考えられる。

Fig. 8.

Typical hydrogen desorption curves for TM, HS1 and HS7 steels13).

さきに述べたとおり,TM鋼では水素は主に旧オーステナイト粒界やラス境界19),転位上20),残留オーステナイトγR中,または残留オーステナイトγR/マルテンサイト境界21)に,HS1鋼では,TM鋼と同様に旧オーステナイト粒界やラス境界,転位上のほかに,マルテンサイト/セメンタイト境界22)にトラップしたと考えられる。オーステナイト(fcc)とマルテンサイト(bcc)の水素固溶量の差23)から,TM鋼は引張試験中の残留オーステナイトγRのマルテンサイト変態によって相変態したマルテンサイト近傍の水素濃度が上昇し,き裂が発生し,延性が低下することが報告されている5)。しかし,TM鋼は残留オーステナイトγRが非常に微細に存在したため,マルテンサイト変態時に過飽和水素が存在する変態マルテンサイトは小さく,発生したき裂は小さかったと考えられる。母相のマルテンサイトは変態したマルテンサイトと比較して,硬さは低く水素濃度も低いため,き裂進展は抑制され,HS1鋼と比較して伸びの低下が抑制されて強度低下が小さかったと考えられる。一方,水素チャージ有りのHS7鋼母材試験片はTS(with H)=507 MPaで,HS7鋼母材試験片のTS(without H)=559 MPaと比較して,同等の強度が得られ,母材部で破断した。これは,HS7鋼の引張強さTSが1200 MPa以下のため水素脆化感受性が低かったことに起因したと考えられる(Fig.7)。

3・3 引張せん断強度特性に及ぼす水素の影響

Fig.9v=0.5 mm/minの引張せん断試験後の破断溶接試験片を示す。Table 5にナゲットの破壊形態を示す。Table 5より,TM鋼(without H)はいずれもナゲットが母材から剥離せず界面破断し,HS1鋼(without H)はv=0.5 mm/minを除き,いずれのクロスヘッド速度vでもナゲットが母材から剥離しプラグ破断した。また,水素チャージ有り(with H)のTM鋼はv=1 mm/minと100 mm/minにおいてナゲットがプラグ破断した。HS1鋼(with H)はクロスヘッド速度vによらずプラグ破断した。各種鋼板の引張せん断試験の場合,TS(without H)が1200 MPaを閾値に,プラグ破断から界面破断に破断形態が変化する24)。水素チャージ無しの場合,TM鋼の引張強さは1532 MPaで1200 MPaを大きく超えていたが,水素チャージによりTM鋼のTS(with H)が1126 MPaとなったため,破断形態が変化したと考えられる(Table 5)。

Fig. 9.

Appearance of tensile shear specimens after tensile shear test with hydrogen for (a) TM and (b) HS1 steels (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

Table 5.

Fracture modes in tensile shear test.

Fig.10に各クロスヘッド速度vにおける引張せん断試験のせん断荷重P-変位S線図を示す。Fig.11に供試鋼の水素チャージ有無における引張せん断強さTSSの比較を示す。Fig.12に供試鋼の水素チャージ有無におけるせん断応力τf(最大せん断荷重/せん断面の断面積)の比較を示す。せん断面の断面積は,単純化のために直径6 mmとした。 Fig.12より,TM鋼(without H)はいずれのクロスヘッド速度vでも,クロスヘッド速度vが低下するほど水素によるせん断応力τf,および引張せん断強さTSSの低下は大きくなる(Fig.10, Fig.11)。これは,変形速度が小さくなることにより鋼中の水素が破壊の起点に拡散する時間が十分にあったためと考えられる。なお, HS7鋼の水素の影響は小さいことがわかる(Fig.11(b))。TM鋼は,HS1鋼と比較してクロスヘッド速度v,および水素チャージの有無によらずせん断応力τf が高いことがわかる。これは,TM鋼が残留オーステナイトγRを含む(γR体積率1.52 vol%)ことで,TRIP効果が発現したことに起因したと考えられる。また,TM鋼(without H)はクロスヘッド速度vが高速度になるにしたがい,せん断応力τfが高くなる傾向がみられたが,HS1鋼(without H)はクロスヘッド速度vによらずほぼ一定のせん断応力τfとなった。これは,TM鋼(without H)が界面破断した一方,HS1鋼(without H)がプラグ破断と破壊形態が異なることが一因と考えられる(Table 5)。このことから,TM鋼の引張せん断試験時のき裂は溶融部を進展し,HS1鋼ではHAZ部を進展したと考えられる。これは,TM鋼がHAZ軟化した部分を補強したためと考えられる。残留オーステナイトγRの安定性は温度に大きく影響されることが知られており,100~200°C程度の温間で単軸引張試験をすることで,残留オーステナイトγRは高ひずみまでマルテンサイト変態が継続して伸びが大きくなることが報告されている25)。本研究の引張せん断試験では,変形速度が大きくなると引張せん断変形中の加工発熱によって試験片の温度が上昇し,その熱が試験片外に放出されることなく変形が進むため,残留オーステナイトγRが安定化して効果的なTRIP効果が得られたため,クロスヘッド速度vが大きくなるにしたがい,せん断応力τfが高くなったと考えられる。

Fig. 10.

Tensile shear load (P) and displacement (S) curves for TM and HS1 steels tested at (a) v=0.5 mm/min, (b) v=1 mm/min and (c) v=100 mm/min. (Online version in color.)

Fig. 11.

Tensile shear strength (TSS) for TM, HS1 and HS7 steels at (a) v=0.5 mm/min, (b) v=1 mm/min, (c) v=100 mm/min.

Fig. 12.

Shear stress (τf) for TM, HS1 and HS7 steels at (a) v=0.5 mm/min, (b) v=1 mm/min and (c) v=100 mm/min.

TM鋼とHS1鋼のいずれもクロスヘッド速度vが低下するほど水素によるせん断応力τfの低下は大きくなった(Fig.10, Fig.11, Fig.12)。TM鋼とHS1鋼の低クロスヘッド速度vにおいて,v=0.5 mm/minでは水素チャージによりせん断応力τfは300 MPa程度の低下,v=1 mm/minでは200 MPa程度の低下となり,TM鋼とHS1鋼で同程度の低下であった(Fig.12(a)Fig.12(b))。一方,母材試験片において,TM鋼では水素チャージ有無による引張強さTSの低下は,HS1鋼よりも小さかった(Fig.7)。溶接試験片において,TM鋼とHS1鋼の水素チャージによるせん断応力τfの低下が同程度となったのは,TM鋼とHS1鋼の破断形態が界面破断からプラグ破断に変わったことから,溶接部HAZ軟化の応力集中により,HAZ部に水素が拡散したことに起因したと考えられる。

一方,HS7鋼は単軸引張試験による引張強さTSと引張せん断試験によるせん断応力τf が水素チャージ有無で変化せず,せん断応力τfの低下に及ぼす水素の影響はほとんどみられず,母材試験片と同様となった(Fig.12(b))。単軸引張試験でも,HS7鋼は水素チャージによっても引張強さTSの低下はみられず,これは引張強さTSが590 MPa級であるため,水素脆化感受性が低かったためと考えられる。引張せん断試験においても,HS7鋼は水素脆化感受性が低いため,水素によるせん断応力τfの低下はみられなかったと考えられる。

Fig.13v=0.5 mm/minで引張せん断試験を行ったTM鋼(with H)の実体顕微鏡写真,およびSEM写真を示す。Fig.13よりTM鋼(with H)はHAZ部で大きなき裂が観察された。Fig.14v=0.5 mm/minで引張せん断試験を行ったTM鋼(without H)のスポット溶接部の破面のパノラマ写真,および拡大写真を示す。Fig.15v=0.5 mm/minで引張せん断試験を行ったTM鋼(with H)のスポット溶接部の破面のパノラマ写真,および拡大写真を示す。Fig.14(b),およびFig.15(b)より,TM鋼(with H)のほうが,中央付近に広範囲にき裂が観察された。また,Fig.14(d),およびFig.15(d)より,水素チャージの有無に関わらずスポット溶接部のC付近ではディンプルが存在したが,TM鋼(with H)には擬へき開破面も観察され,脆性破壊の領域が増加した。また,TM鋼は水素チャージの有無に関わらず破面にディンプルが存在したが,水素チャージ下引張せん断試験したTM鋼のほうが径が大きなディンプルとなった(Fig.14(c),(d),およびFig.15(c),(d))。マルテンサイト鋼において,単軸引張試験でも,水素チャージするとディンプル径が大きくなることが報告された13)。水素が存在しない場合,マルテンサイト鋼は塑性不安定条件を満たして試験片内部が高い応力三軸度となり,母相/析出物界面やパケット,ブロック,旧オーステナイト粒界などの界面でのボイドの発生,成長によって,最終破断後にディンプルとなるのに対して,水素チャージ下引張試験では,母相/析出物界面やパケット,ブロック,旧オーステナイト粒界などの界面でのき裂の発生が早期に生じ,き裂の停止,進展を繰り返して破壊に至るため,水素チャージしたマルテンサイト鋼のほうが,スポット溶接部の中央付近に広範囲に大きな径のディンプルとなったと考えられる26)。TM鋼でも同様のメカニズムにより,水素チャージして引張せん断変形するとボイド,き裂の発生が促進され,引張せん断試験中にそのボイドとき裂の進展と停止が繰り返されて破断に至ったため直径の大きなディンプルになったと考えられる。

Fig. 13.

(a) Optical and (b) SEM micrographs of cross-sectional region at HAZ after tensile shear test for TM steel with hydrogen (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

Fig. 14.

(a) Appearance of tensile shear specimen after tensile shear test and (b), (c) and (d) scanning electron micrographs of fracture surface for TM steel without hydrogen (v=0.5 mm/min). (b) panorama view and (c) and (d) magnified view of the yellow boxes in (b). (Online version in color.)

Fig. 15.

(a) Appearance of tensile shear specimen after tensile shear test and (b), (c) and (d) scanning electron micrographs of fracture surface for TM steel with hydrogen (v=0.5 mm/min). (b) panorama view and (c) and (d) magnified view of the yellow boxes in (b). (Online version in color.)

3・4 引張せん断強度特性に及ぼすスポット溶接部の硬さ分布の影響

Fig.16にTM鋼のスポット溶接部断面を示す。また,Fig.17(a)にTM鋼,Fig.17(b)にHS1鋼,およびFig.17(c)にHS7鋼の溶接部断面のビッカース硬さHV分布をそれぞれ示す。Fig.17の各鋼のスポット溶接部の硬さ分布より,TM鋼の母材部は,500 HV~600 HV,HS1鋼の母材部は400 HV~500 HVを有し,溶融部の硬さも母材部の硬さとほとんど変わらなかった。また,TM鋼,HS1鋼ともHAZ部の硬さは母材部よりも低下したが,TM鋼のHAZ部の硬さ低下量は,HS1鋼のHAZ部の硬さの低下量ほど大きくなかった。一方,HS7鋼では,母材部の硬さは200 HV程度であったが,スポット溶接の溶融部,およびHAZ部の硬さは約500 HVまで上昇し,母材部と比較してかなり高くなった。TM鋼,およびHS1鋼は,HAZ部の硬さが母材部,および溶融部と比較して低下したことにより,HAZ部が周囲より軟質のため,変形が集中して破壊起点として作用し,HAZ部でき裂が発生したと考えられる。一方,HS7鋼の母材部硬さは200 HV,溶融部の硬さが500 HVであることから,HAZ部はTM鋼,およびHS1鋼と異なり破壊起点として作用せず,ナゲット周りから剥離しスポット溶接部で破断したと考えられる。TM鋼において,スポット溶接のHAZ軟化は抑制されないが,母材の引張試験での破壊メカニズム13)と同様に作用し,引張せん断試験中の残留オーステナイトγRのTRIP効果によってHAZ軟化した部分を補強してHAZ部でのき裂発生の遅延に繋がったと考えられる(Fig.5Fig.12)。

Fig. 16.

Cross-sectional image of spot-welded TM steel13). (Online version in color.)

Fig. 17.

Vickers hardness (HV) distribution for (a) TM, (b) HS1 and (c) HS7 steels13).

Fig.18v=0.5 mm/minで引張せん断試験を行ったTM鋼(with H)の母材部,Fig.19にHAZ部,Fig.20に溶融部,およびFig.21にクラック部分のEBSD解析結果((a)IPFマップ,および(b)KAMマップ)をそれぞれ示す。HAZ部では塑性変形によりマルテンサイトのパケットやブロック単位が未変形組織と比較してさらに微細になり,KAM値の高い領域が増加した(Fig.18(b)Fig.19(b))。溶融部は引き続きパケット,ブロックを有するマルテンサイト組織を有した(Fig.20(a))。溶融部のKAMマップは未変形組織(Fig.18(b))と比較してKAM値の高い緑色の範囲が増加した。き裂はパケット,ブロック境界,または旧オーステナイト粒界を進展したが(Fig.21(a)),き裂周辺のKAM値の上昇はHAZ部,溶融部ほど高くなく,塑性変形量は多くなかったようにみえる。

Fig. 18.

(a) Inverse pole figure (IPF) and (b) Kernel average misorientation (KAM) maps in undeformed region (ur) for TM steel with hydrogen (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

Fig. 19.

(a) Inverse pole figure (IPF) and (b) Kernel average misorientation (KAM) maps in HAZ for TM steel with hydrogen (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

Fig. 20.

(a) Inverse pole figure (IPF) and (b) Kernel average misorientation (KAM) maps in fusion zone for TM steel with hydrogen (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

Fig. 21.

(a) Inverse pole figure (IPF) and (b) Kernel average misorientation (KAM) maps around cracks for TM steel with hydrogen (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

Fig.22にKAM値のひずみ頻度分布を示す。Fig.22(b)より,HAZ部,溶融部,クラック部のKAM値分布は高KAM値の頻度のピークの幅が広く,高KAM値側まで高い頻度を有する。とくに,溶融部の頻度分布の高KAM値側のピークの裾が高く,KAM値が他の測定位置と比較して高い傾向があった。溶融部はスポット溶接時に溶融し,その後,急冷されて焼入れ状態のマルテンサイトとなったため,KAM値が他の測定位置と比較して高くなったと考えられる。一方,HAZ部やき裂周辺はスポット溶接の熱によって焼鈍されてKAM値は低下するにもかかわらず,引張せん断試験によってKAM値が無変形部よりも高くなったことから,これらの位置では引張せん断試験による塑性ひずみの導入によってKAM値が高くなったと考えられる。TM鋼はHAZ部の硬さが低下して(Fig.17),水素チャージの有無にかかわらず引張せん断試験時に硬さ(強度)の低いHAZ部が,塑性変形することによってHAZ部と溶融部の境界でき裂が発生し,水素チャージ無しの場合,HAZ部と溶融部の境界で発生したき裂は,溶融部を進展して破断に至ったと考えられる。これは,溶融部の高い硬さ,および強度のためじん性がHAZ部よりも低く,き裂の鈍化が生じず,き裂進展したためと考えられる。水素チャージ有りの場合も水素チャージ無しの場合と同様に,き裂はHAZ部と溶融部の境界で発生したが,HAZ部のき裂先端での水素によってき裂進展抵抗性が低下し,溶融部ではなくHAZ部をき裂は進展し,せん断応力τfが水素チャージ無しの場合よりも低くなったと考えられる。

Fig. 22.

Variations in frequency as a function of kernel average misorientation (KAM) values for TM steel with hydrogen, in which “fz”, “ur” and “HAZ” represent fusion zone, undeformed region and heat affected zone (v=0.5 mm/min). (Online version in color.)

4. 結言

超高強度TRIP型マルテンサイト鋼板のスポット溶接引張せん断強度に及ぼす水素の影響を調査した。主な結果は以下の通りである。

(1)引張せん断試験において,TM鋼の溶接試験片は,水素チャージ無し(without H)と水素チャージ有り(with H)ともにHS1鋼と比較して,クロスヘッド速度vによらず高いせん断応力τfを示した。これは,TM鋼が残留オーステナイトγRを含む(γR体積率1.52 vol%)ことで,TRIP効果が発現したことに起因したと考えられた。

(2)水素チャージ有り(with H)の溶接試験片のせん断応力τfの低下は,低い引張速度の場合,母材試験片と異なりTM鋼とHS1鋼で同程度であった。これは,HAZ部が軟化したことによる応力集中により,HAZ部に水素が拡散したことに起因したと考えられた。

(3)TM鋼のHAZ部は周囲より軟質のため,変形が集中して破壊起点として作用し,引張速度が低下するにしたがい,水素チャージ有り(with H)の溶接試験片のせん断応力τfの低下は大きくなった。これは,変形速度が小さくなることにより鋼中の水素が破壊の起点に拡散する時間が十分にあったためと考えられた。

謝辞

本研究の一部は,東北大学金属材料研究所における2020~2022年度研究部共同利用研究,東北大学金属材料研究所・一般研究,公益財団法人TAKEUCHI育英奨学会助成金,公益財団法人天田財団,および大阪大学接合科学研究所「接合科学共同利用・共同研究拠点」共同研究員制度の下で実施されたものである。ここに,深謝いたします。

そして,本研究にご協力していただきました(株)神戸製鋼所・自動車ソリューションセンターの内藤純也氏,長野工業高等専門学校専攻科生産環境システム専攻の髙橋一輝氏,青木克弥氏,機械工学科の荒井琢巳氏,細萱幸暉氏,忠地勇汰氏,技術教育センターの三尾敦氏,大久保雄也氏,北條晴義氏に,心より尊敬と感謝を申し上げます。

文献
 
© 2024 一般社団法人 日本鉄鋼協会

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top