2024 年 110 巻 4 号 p. 364-375
Microstructures of lath martensite have been studied intensively to understand their effect on the mechanical properties of steels. It is, however, said that the relation between microstructural factors and mechanical properties has not been clarified yet. The plastic deformation behavior of fully lath martensitic steels has become important because they are applied to automobile body structures such as bumper reinforcement. It is, therefore, important to understand the microstructural factors that control the work-hardening behavior of fully martensitic steels. Although we could not clarify differences in microstructural factors when manganese (Mn) concentrations of steels are altered, the work-hardening of 8 mass%Mn martensitic steel is much higher than that of 5 mass%Mn martensitic steel. It was found using the digital image correlation (DIC) method, that the strain concentration due to the in-lath-plane slip deformation is more developed in 5 mass%Mn martensitic steel than 8 mass%Mn martensitic steel. Transmission electron microscope (TEM) observations revealed the existence of two types of fine twins inside laths. Long twins that are parallel to the longitude of the lath are observed both in 5 mass%Mn and 8 mass%Mn martensitic steels. Short twins that partially cross the laths, on the other hand, can only be found in 8 mass%Mn martensitic steel. Since twin boundaries are high angle boundaries, the short twins are supposed to prevent the development of in-lath-plane slip deformation. This seems to be the mechanism of higher work-hardening behavior observed in 8 mass%Mn martensitic steel.
マルテンサイト鋼は同一組成の鉄鋼において最も高い強度を持つと考えられている1)。マルテンサイトの中でも,極低炭素鋼や低炭素鋼のラスマルテンサイトは強度-延性バランスに優れると報告されている2)。ラスマルテンサイト鋼の高い強度は,鉄原子が作る体心正方格子あるいは体心立方格子中への炭素原子の過飽和な固溶,マルテンサイト変態時に導入される高い転位密度,旧オーステナイト粒を分割するように生じる階層組織による結晶粒微細化,炭化物の析出により発現すると考えられている1,3)。一方で,マルテンサイト鋼の延性,特に塑性変形域における加工硬化率を決めるミクロ組織因子は未だ明らかでない。
Tomotaら2)は,焼入れまま低炭素マルテンサイト鋼の実用化に関して,低炭素化により塑性加工が可能になることを示している。炭素はラスマルテンサイト鋼の強度を著しく上昇させる反面,延性や靭性,溶接性を低下させる4)ため,多量に添加することは好ましくなく,ほかの元素の添加が検討される。マンガンは置換型元素の中では,安価であり,ラスマルテンサイト鋼の強度および延性を大きく変化させることから実用的な元素である4)。これらのことから,本研究ではマンガン濃度を変えた低炭素鋼を種々の温度から焼入れした試料を用いて,ラスマルテンサイト鋼のミクロ組織と加工硬化率の関係を検討したい。
低炭素ラスマルテンサイト鋼のミクロ組織については,Makiら5)は,炭素濃度0.1–0.8 mass%(以下%と表記)のマルテンサイト鋼と炭素濃度0.2%に加え,マンガン,ニッケル,シリコン,クロム,モリブデンをそれぞれ単独に1%添加したマルテンサイト鋼のミクロ組織を光学顕微鏡により詳細に観察している。炭素濃度0.1–0.6%の鋼は,ラスマルテンサイトのみから,炭素濃度0.8%の鋼は,ラスマルテンサイトとレンズマルテンサイトから構成されることを示した。また,ラスマルテンサイトのパケットとブロックについて,炭素濃度0.1–0.2%の鋼ではどちらも明瞭に観察できるのに対し,炭素濃度の増加に伴い,ブロック,パケットの順に境界が不明瞭になることを報告している。Fujitaら6,7)は,0.063–13.7%のマンガンを含む極低炭素鋼を用いて旧オーステナイト粒径をJIS G 0551(1956)に準じて調査し,マンガンにやや,旧オーステナイト粒の微細化効果があり,マンガン濃度1.5%程度でその影響は飽和することを報告している。また,Moritoら8)は,マンガン濃度を0.02–3.14%の間で変化させた極低炭素鋼を用いて,ラスマルテンサイト鋼の各階層構造の寸法を評価し,マンガンを添加すると無添加時に比べて旧オーステナイト粒径が半分程度になること,パケット径,ブロック幅,ラス幅は10–30%程度減少することを報告している。さらにMoritoら9)は,炭素濃度0.0026–0.61%のラスマルテンサイト鋼のミクロ組織の形態と結晶方位関係について研究し,炭素濃度の増加に伴いパケットおよびブロックのサイズが減少すること,旧オーステナイト粒とラスマルテンサイトの結晶方位関係は概ねKurdjumov - Sacksの関係にあり,一部のラスにNishiyama - Wassermannの関係が見られること,ブロック内にサブブロックと呼ばれる10°程度の結晶方位差を持つ部分があることを示した。
ラスマルテンサイト鋼の強度,特に降伏強度に関して,一般にオーステナイト粒径が微細なほど高強度であることが知られている10)。しかしながら,Maki and Tamura11)は,結晶学的観点から,ブロックがHall - Petchの関係を支配する基本単位であることを主張している。また,低炭素ラスマルテンサイト鋼では,ブロックが細かく分断されるため,ブロックではなく,パケットが力学特性支配の中心になると主張している。パケットおよびブロックの寸法は,それらが属する旧オーステナイト粒の寸法に依存する。そのため,降伏強度は旧オーステナイト粒,パケット,ブロックいずれでも整理可能である1,8)。ラスマルテンサイト鋼の引張強度は一般に同組成のフェライト鋼などと比較して,1.5倍以上の値を示す反面,降伏強度は300 MPa程度と同組成のフェライト鋼などと比較しても大きな差がないことが知られている。Takakiら12)は,ニッケルを含む極低炭素鋼を用いて降伏強度と転位の関係について研究し,0.2%耐力と転位密度の関係を定式化した。また,ラスマルテンサイト鋼の低降伏強度は,マルテンサイト変態時に導入される転位が高密度であるためだと結論付けた。また,Iwamuraら13)は,炭素濃度0.006–0.26%の焼入れままラスマルテンサイト鋼の転位密度を体心正方格子のc/aを考慮して,X線回折法で評価し,見かけの転位密度と真の転位密度をそれぞれ求め,焼入れままラスマルテンサイト鋼の真の転位密度の炭素依存性は小さく,炭素濃度0.14%以上で真の転位密度は4.5×1015 m−2で一定となることを報告している。
ラスマルテンサイト鋼の塑性変形挙動に関して,電子線後方散乱回折(electron backscatter diffraction: EBSD)法とディジタル画像相関(digital image correlation: DIC)法を組み合わせることによって,ミクロ組織の影響を議論する研究が盛んに行われている。Morsdorfら14)は,ニッケルを含む低炭素ラスマルテンサイト鋼の変形前後のミクロ組織の比較とDIC法によるひずみの解析により,変形初期にはマクロな引張方向に対して45°方向に長手方向を持つブロックのブロック境界にひずみが集中し,その後,それ以外のブロックにもひずみが生じること,また,ラス間に存在する薄い残留オーステナイトは,引張試験片の平均ひずみが0.04に達する前にマルテンサイト変態し,塑性変形全体への影響は限定的であると報告している。Ishimotoら15)は,マンガン,クロム,モリブデンによって焼入れ性を高めた低炭素高合金マルテンサイト鋼をオーステナイト系ステンレス鋼で挟み込み,3層からなる複層鋼板を用いて,通常では観察が難しい平均ひずみ0.1までのミクロ組織レベルのひずみ分布を調査し,平均ひずみが0.02までの変形初期ではひずみが比較的均一に分布し,その後,平均ひずみの増加に伴って,特定のブロックにひずみが集中すると報告している。また,結晶方位解析からすべり系をラス面内すべり系とラス面外すべり系に分類し,Schmid因子が高いブロックでラス面内すべり系が活動し,ひずみが発達することを明らかにした。その後,Ryouら16)は,低炭素マルテンサイト鋼と中炭素マルテンサイト鋼それぞれで研究を行い,幅が狭いブロックにおいては,Schmid因子が高いラス面内すべりよりも晶癖面すべりが支配的であることを報告している。Ungárら17)は,マンガンを含む低炭素ラスマルテンサイト鋼の変形を高分解能中性子回折法を用いて観察し,引張方向に対するラスの成長方向が変形のしやすさを決めることを示した。同一パケット内では,ラスの晶癖面は同じであるので,パケットごとに変形しやすさが異なるとし,彼らは変形しにくいパケットをHard Orientation(HO),変形しやすいパケットをSoft Orientation(SO)と名付けている。HOでは,ラス面外すべり系が働き,変形により転位密度が大きくなるとともに,転位性格がらせん転位から刃状転位へ変化し,反対に,SOでは,ラス面内すべり系が働き,変形により転位密度が小さくなるとともに,転位性格が刃状転位かららせん転位へ変化することを示した。Sakaguchiら18)は,ニッケルを含む低炭素マルテンサイト鋼について,ミクロ組織の寸法とDIC法で得たひずみの寸法から転位の移動距離を算出し,等仕事を仮定して,Continuous Composite Approach(CCA)モデルを拡張することで,真応力-真ひずみ線図のモデルにミクロ組織の寸法を導入した。
このような研究の中でラスマルテンサイト鋼の加工硬化挙動に関して,Niinoら19)は,炭素濃度0.001–0.32 mass%のラスマルテンサイト鋼をオーステナイト系ステンレス鋼で挟み込み,3層からなる複層鋼板の引張試験を行い,炭素濃度の増加に伴い加工硬化率と転位の増殖率が増大することを確認し,加工硬化率の増加を可動転位密度の減少速度の低下で説明を試みている。また,固溶炭素が転位セルの形成を抑制することで加工硬化率の増加が促進されることも示唆した。Harjoら20,21)は,Ungárら17)の研究を基にしてラスマルテンサイト鋼の加工硬化には,HOが重要な役割を果たすと結論付けている。マンガン添加の効果について,Hanamuraら10)は5%のマンガンを含む低炭素ラスマルテンサイト鋼の延性が大きなことを報告した。その後,Maedaら22)は,放射光を用いた引張試験中のin-situ観察により,マンガン濃度を増加させると引張強度と均一伸びが同時に上昇することを明らかにし,その原因をマンガンが転位セルの形成を抑制し,高ひずみ域でも転位密度が上昇することによる加工硬化能の差と説明した。また,Arlazarovら23)は,中炭素鋼と5%マンガンを含む低炭素鋼を比較することでマンガン濃度が真応力-真ひずみ線図に与える影響を調査し,CCAモデルで真応力-真ひずみ線図をモデル化している。
以上のように,これまで低炭素ラスマルテンサイト鋼について,添加元素によるミクロ組織の変化と強度,特に降伏強度への影響が議論されている。また,マンガンが加工硬化率を上昇させ,延性と引張強度の両方を上昇させる興味深い添加元素であることが知られるようになり,転位の運動やミクロ組織の不均一性の観点からの議論がなされている。しかしながら,5%を超えるマンガン添加が加工硬化に及ぼす影響について,ラスマルテンサイト鋼の特徴であるミクロ組織の階層構造との関係が十分に理解されたとは言い難い。本論文では,マンガンを含む低炭素ラスマルテンサイト鋼について,EBSD法とDIC法を組み合わせた引張試験を行い,詳細なミクロ組織観察とミクロな不均一変形挙動の関係を調べることで,ラスマルテンサイト鋼の加工硬化挙動を支配しているミクロ組織因子を明らかにすることを目的とする。
マンガン濃度を3%,5%,8%と変えた0.1%炭素鋼板を供試材として用いた。Table 1に供試材の組成を示す。実験室溶解後,熱間圧延,冷間圧延した供試材をアルゴンガスとともに石英管に封入し,950°C,1050°C,および1100°Cで10分間加熱後,水焼入れした。以下,試料のマンガン濃度CMn%と加熱温度T°Cから,試料名をCMn Mn鋼もしくはCMn Mn-TQ鋼と表記する。水焼入れ後,Fig.1に示す引張試験片形状に機械加工した。
Specimen name | C mass% | Si mass% | Mn mass% | P mass% | S mass% | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|
3Mn steel | 0.10 | <0.01 | 3.0 | <0.003 | 0.001 | Bal. |
5Mn steel | 0.09 | <0.01 | 5.0 | <0.002 | 0.002 | Bal. |
8Mn steel | 0.07 | <0.01 | 8.1 | <0.002 | 0.003 | Bal. |
Dimensions of macroscopic and microscopic DIC tensile test specimen.
走査型電子顕微鏡(SEM,FEI製Scios),EBSD法結晶方位測定装置(Oxford Instruments製Symmetry S3),X線回折(XRD)装置(リガク製SmartLab)による観察・解析のため,引張試験片表面(圧延面)を耐水研磨紙,アルミナ砥粒,コロイダルシリカで研削・研磨した。
透過型電子顕微鏡(TEM,日本電子製JEM-ARM200F),走査歳差運動照射電子回折(scanning precession electron diffraction: SPED)法結晶方位測定装置(NanoMegas製ASTAR)による観察のため,引張試験片把持部から2つの方法でTEM観察用試料を作製した。耐水研磨紙で研削した引張試験片把持部からSEM(FEI社Varsa 3D)の集束イオンビーム(focused ion beam: FIB)で厚さ100 nm以下のTEM観察用試料を切り出した。また,引張試験片把持部を厚さ60–80 µmまで耐水研磨紙で研削した後,直径3 mmの円盤に打抜き,電解研磨装置(Struers社TenuPol-5)でエタノール-過塩素酸溶液を用いて電解研磨し,薄膜化した。
力学特性取得のため,インストロン型引張試験機(島津製作所製AG-10TA)で引張試験を行った。荷重は引張試験機付属の荷重計で計測した。ひずみは試料表面にランダムパターンとして塗布したスプレー塗料の移動をディジタルカメラ(AnMo Electronics製Dino-LitePremier500M)で取得し,DIC法解析ソフトウェア(Correlated Solutions製VIC-2D)で求めた。解析条件は,画像解像度2592 px×1944 px,subsetサイズ29 px,stepサイズ7 pxとした。1 pxは5.7 µmに相当する。以下,スプレー塗料によるDIC法をマクロスケールDICと記述する。
ミクロ組織と塑性変形の関係を調べるために,5Mn-1050Q鋼,8Mn-1050Q鋼にDIC法のランダムパターンとして銀ナノ粒子を塗布し,インストロン型引張試験機(島津製作所製AG-10TA)で引張り,引張前後をSEM(Zeiss製Ultra55)で観察した。以下,銀ナノ粒子によるDIC法をミクロスケールDICと記述する。引張試験機からSEMへの移動中および観察中は,治具により,引張試験片の両端を固定し,ひずみの大きさが変化しないようにした。したがって,応力緩和の影響を無視すれば,弾性ひずみも含めた全ひずみを観察していることになる。取得した2次電子像をDIC法解析ソフトウェア(Correlated Solutions製VIC-2D)で解析し,ひずみを求めた。解析条件は,画像解像度3072 px×2304 px,subsetサイズ41 px,stepサイズ14 pxとした。1 pxは37 nmに相当する。また,ひずみを求めた視野の結晶方位情報をEBSD法結晶方位測定装置(TSL製DVC5型検出器)で取得した。
Fig.2にオーステナイト化温度を変化させて焼入れた5Mn鋼(5Mn-950Q鋼,5Mn-1050Q鋼,5Mn-1100Q鋼)の真応力-真ひずみ線図を示す。Fig.3にオーステナイト化温度を1050°Cとした3鋼種(3Mn-1050Q鋼,5Mn-1050Q鋼,8Mn-1050Q鋼)の真応力-真ひずみ線図を示す。オーステナイト化温度が真応力-真ひずみ線図に与える影響は,組成の変化が真応力-真ひずみ線図に与える影響に比べて小さい。マンガン濃度を変化させた3Mn鋼,8Mn鋼でも同様の結果が得られた。3Mn-1050Q鋼と5Mn-1050Q鋼に比べて,8Mn-1050Q鋼の加工硬化率は大きい。Fig.4に3Mn-1050Q鋼,5Mn-1050Q鋼,8Mn-1050Q鋼の降伏強度,引張強度,加工硬化量を示す。ここで,降伏強度は真応力-真ひずみ線図がヤング率を傾きとする直線から外れる応力,引張強度は真応力σtと加工硬化率(dσt)⁄(dεt)が一致する応力とそれぞれ定義した。また,加工硬化量は引張強度と降伏強度の差と定義した。マンガン濃度の増加に対する降伏強度の変化は比較的小さい事が分かる。引張強度はマンガン濃度の増加に伴って著しく上昇することから,加工硬化量もマンガン濃度の増加に伴って上昇している。特に,マンガン濃度が5%から8%に増加する際に引張強度および加工硬化量の上昇量が大きい。
True stress-true strain curves of Fe-0.1C-5Mn steels as-quenched at 950°C, 1050°C, and 1100°C. (Online version in color.)
True stress-true strain curves of Fe-0.1C-3Mn, Fe-0.1C-5Mn, and Fe-0.1C-8Mn steels as-quenched at 1050°C. (Online version in color.)
Effect of Mn concentration on yield strength, tensile strength, and work-hardening of Fe-0.1C steels as-quenched at 1050°C. The yield strength is defined as stress being the true strain-true stress curve deviating from a straight line with slope Young’s modulus. The tensile strength is defined as the intersection of the true strain-true stress curve and the work-hardening rate. The work-hardening is defined as the difference of the tensile strength and the yield strength. (Online version in color.)
Fig.5にEBSD法で取得した5Mn-950Q鋼,5Mn-1050Q鋼,5Mn-1100Q鋼,8Mn-950Q鋼,8Mn-1050Q鋼,8Mn-1100Q鋼の結晶方位マップを示す。ミクロ組織から全ての試料が典型的なラスマルテンサイト組織であると判断した。SEM,EBSD法では,εマルテンサイト,炭化物,残留オーステナイトは観察されなかった。Fig.6(a)に引張前後の5Mn-1050Q鋼および8Mn-1050Q鋼のXRD法で取得した回折パターンを示す。(b)は引張前の8Mn-1050Q鋼の50≤2θ≤60の拡大図である。引張前の8Mn-1050Q鋼でのみ,残留オーステナイトの200ピークが確認された。しかしながら,ほかの回折面におけるピークが見られず,確認された200ピークも小さいことから,定量分析を行うことは困難である。Fig.7に切断法で求めた旧オーステナイトの平均粒径を示す。オーステナイト化温度の上昇に伴い,平均旧オーステナイト粒径は増加した。Fujitaら6,7)は,マンガンのオーステナイト粒微細化効果について,マンガン濃度が1.5%以上で飽和すると報告しており,本研究でも同様の結果が得られた。ブロックの寸法は,結晶方位と観察面での見かけの幅から実際の幅を求める方法ではなく,簡便のため,多数のブロックの見かけの幅を測定し,その平均を求める方法を用いた。Fig.8にブロックの平均幅を示す。加熱温度やマンガン濃度によるブロック幅の変化は小さいと考える。
Crystal orientation maps measured by EBSD analysis obtained for Fe-0.1C-5Mn steel as-quenched at 950°C (a), 1050°C (b), and 1100°C (c), and Fe-0.1C-8Mn steel as-quenched at 950°C (d), 1050°C (e), and 1100°C (f).
X-Ray diffraction patterns of Fe-0.1C-5Mn, and Fe-0.1C-8Mn steels as-quenched at 1050°C. (a) is the comparison between before and after deformations for each steel. (b) is the enlarged view of Fe-0.1C-8Mn steel as-quenched at 1050°C before deformation.
Average grain sizes of prior austenite as-quenched Fe-0.1C-5Mn and Fe-0.1C-8Mn steels. Error bars represent the standard deviation.
Average appearance widths of martensitic block of as-quenched Fe-0.1C-5Mn and Fe-0.1C-8Mn steels. Error bars represent the standard deviation.
Fig.9(a)(b)に5Mn-1050Q鋼,(c)(d)に8Mn-1050Q鋼の結晶方位マップとミクロスケールDICで取得した引張方向に平行な全ひずみの分布をそれぞれ示す。結晶方位マップ(a)とひずみの分布(b),結晶方位マップ(c)とひずみの分布(d)はそれぞれ同視野である。マクロな引張方向はx方向(紙面横方向)である。マクロスケールDICおよびミクロスケールDICで取得したひずみの平均値は,5Mn-1050Q鋼でマクロひずみ0.014のとき,ミクロひずみ0.017,8Mn-1050Q鋼でマクロひずみ0.015のとき,ミクロひずみ0.020である。ひずみが小さいため,公称応力-公称ひずみと真応力-真ひずみの差は小さいと考えている。Fig.3に示した真応力-真ひずみ線図から,すべての試料でマクロには均一伸び以下のひずみ状態にあると判断する。両試料で楕円Hで示すようなブロックの長手方向に平行なひずみの集中(局所ひずみ)が見られた。しかしながら,8Mn鋼では,局所ひずみの集中が5Mn鋼に比べて明瞭ではなく,比較的均一に変形しているように見える。
Crystal orientation maps measured by EBSD analysis obtained for Fe-0.1C-5Mn steel (a) and Fe-0.1C-8Mn steel (c) as-quenched at 1050°C before tensile deformation, and corresponding engineering total strain distributions parallel to tensile direction measured by DIC analysis obtained at an average microscopic engineering strain of 0.017 (b) for Fe-0.1C-5Mn steel as-quenched at 1050°C, and at an average microscopic engineering strain of 0.020 (d) for Fe-0.1C-8Mn steel as-quenched at 1050°C
ラスマルテンサイト鋼の加工硬化挙動に及ぼすマンガンの影響を考察する。本論文では,加工硬化量を引張強度と降伏強度の差と定義した。まず引張強度に対する固溶強化の影響を評価する。Takakiら12)が報告している引張強度への炭素の固溶強化の影響と,Allainら24)が報告している摩擦応力へのマンガンの固溶強化の影響をまとめると,炭素とマンガンの添加による引張強度の変化量Δσn,TS MPaは式(1)で表すことができる。実験で得られた真応力の引張強度に対応する真ひずみεt,TSを用いれば式(2)に示すように式(1)を真応力の式に変換できる。
(1) |
(2) |
ここで,CC,CMnはそれぞれ炭素とマンガンの質量パーセント濃度%である。3Mn鋼を基準とすると式(2)は次のように書き換えられる。
(3) |
Table 2に3Mn鋼,5Mn鋼,8Mn鋼のΔσt,TSの計算値と実験値を示す。実験値は3Mn-1050Q鋼,5Mn-1050Q鋼,8Mn-1050Q鋼についての値である。5Mn鋼については計算値と実験値がほぼ同じである。それに対して,8Mn鋼では,計算値と実験値が大きく異なる。したがって,5Mn鋼に対する8Mn鋼の引張強度の上昇は炭素,マンガンによる固溶強化のみで説明できない。
Specimen name | Tensile strength change (Calculation) Δσ't,TS | Specimen name | Tensile strength change (Experiment) |
---|---|---|---|
3Mn steel | Reference | 3Mn-1050Q steel | Reference |
5Mn steel | +31 | 5Mn-1050Q steel | +35 |
8Mn steel | +98 | 8Mn-1050Q steel | +390 |
一方,降伏強度を見ると,マルテンサイト鋼中の残留オーステナイトは,加工を受けるとマルテンサイトへ変態するため,一般的に,残留オーステナイトを含むマルテンサイト鋼は,フルマルテンサイト鋼に比べて,降伏強度や0.2%耐力が低く,加工硬化率と伸びが大きい。ラスマルテンサイト鋼では,ラス間に非常に硬いフィルム状の残留オーステナイトが数 vol.%存在し,マクロな力学特性,特に変形初期の力学特性に作用することが報告されている4,16,25,26,27)。Fig.6に示したように引張前の8Mn-1050Q鋼には少量の残留オーステナイトが存在する。しかしながら,Morsdorfら14)の報告およびFig.6から,残留オーステナイトは変形初期に変態してしまい,塑性変形中の加工硬化には影響しないと考えられる。
以上のことから,加工硬化挙動に及ぼすマンガンの影響を考察するためには,変形の素過程を詳細に調査する必要がある。ここではまず,ミクロ的に引張方向への単軸引張応力状態にあると仮定し,すべり系として{011}<111>および{112}<111>を選んだ場合のSchmid因子とマクロな引張方向に平行なひずみの大きさ(局所ひずみ)について,5Mn-1050Q鋼と8Mn-1050Q鋼で解析を行った。Table 3に各ブロックのSchmid因子の最大値とその性格(すべり系,ラス面内すべり系 or ラス面外すべり系),およびミクロスケールDICで得られた局所ひずみを示す。ラス面内すべり系に含まれる晶癖面すべり系についても考慮した。ここで晶癖面は{011}面を仮定した。ここで局所ひずみは全ひずみである。
Specimen name | Block | Maximum Schmid factor | Character of maximum Schmid factor | Engineering total strain parallel to the tensile direction |
---|---|---|---|---|
5Mn-1050Q steel | 1 | 0.341 | (1 2 1)[1 1 1] In-lath | 0.009 |
2 | 0.469 | (0 1 1)[1 1 1] In-lath (Habit) | 0.018 | |
3 | 0.486 | (2 1 1)[1 1 1] Out-of-lath | 0.009 | |
4 | 0.472 | (101)[111] In-lath (Habit) | 0.021 | |
5 | 0.480 | (1 1 2)[111] Out-of-lath | 0.012 | |
6 | 0.466 | (101)[111] In-lath (Habit) | 0.022 | |
7 | 0.480 | (2 1 1)[1 1 1] Out-of-lath | 0.017 | |
8 | 0.470 | (110)[111] In-lath (Habit) | 0.028 | |
9 | 0.473 | (2 1 1)[1 1 1] Out-of-lath | 0.014 | |
10 | 0.365 | (1 2 1)[1 1 1] In-lath | 0.016 | |
8Mn-1050Q steel | 1 | 0.491 | (101)[111] Out-of-lath | 0.028 |
2 | 0.491 | (101)[111] Out-of-lath | 0.020 | |
3 | 0.477 | (121)[1 1 1] In-lath | 0.027 | |
4 | 0.491 | (101)[111] Out-of-lath | 0.018 | |
5 | 0.479 | (011)[1 1 1] Out-of-lath | 0.016 | |
6 | 0.479 | (011)[1 1 1] Out-of-lath | 0.024 | |
7 | 0.491 | (101)[111] Out-of-lath | 0.030 | |
8 | 0.492 | (011)[1 1 1] Out-of-lath | 0.015 | |
9 | 0.475 | (121)[111] Out-of-lath | 0.015 | |
10 | 0.484 | (011)[1 1 1] Out-of-lath | 0.027 |
5Mn-1050Q鋼では,ラス面内すべり系かつ晶癖面すべり系に属する{011}<111>のSchmid因子が最大となるブロック4,6,8で,ミクロスケールDICで観察した視野の局所ひずみの引張方向成分の平均値(視野平均)の1.5倍程度の局所ひずみが見られた。一方,8Mn-1050Q鋼では,ラス面内すべり系に属する{112}<111>のSchmid因子が最大となるブロック3で,視野平均の1.5倍程度の局所ひずみが見られた。また,5Mn-1050Q鋼では,すべり系に関わらず,ラス面内すべり系のSchmid因子が最大となるブロック1,2,10で,局所ひずみが視野平均よりも小さかった。これらのことから,ラス面内すべり系のSchmid因子が最大となるブロックでも,必ずしもすべりが集中するわけではないことがわかる。
5Mn-1050Q鋼では,すべり系に関わらず,ラス面外すべり系のSchmid因子が最大であるブロック3,5,7,9の局所ひずみは視野平均の半分もしくは視野平均と同等である。8Mn-1050Q鋼では,すべり系に関わらず,ラス面外すべり系のSchmid因子が最大であるブロック2,4,5,8,9の局所ひずみは視野平均と同等か小さい。しかしながら,5Mn-1050Q鋼のように視野平均の半分以下であるような極端に小さなひずみを持つブロックはない。また,8Mn-1050Q鋼では,ラス面外すべり系に属する{011}<111>のSchmid因子が最大であるブロック1,6,7,10の局所ひずみは視野平均よりも大きく,最大で視野平均の2倍であった。これらのことから,8Mn-1050Q鋼では,ラス面外すべり系のSchmid因子が高いブロックでも大きなひずみが生じていることがわかる。
ブロック間の局所ひずみを比較すると,5Mn-1050Q鋼では,大きな局所ひずみを持つブロックと小さな局所ひずみを持つブロックが交互に存在し,その結果として不均一な様相を呈している。8Mn-1050Q鋼のブロック間の局所ひずみの変化は5Mn-1050Q鋼に比べて穏やかであり,比較的,均一である。
Fig.10にミクロスケールDICで取得した平均ひずみが0.017である5Mn-1050Q鋼とミクロスケールDICで取得した平均ひずみが0.020である8Mn-1050Q鋼の局所ひずみの度数分布を示す。5Mn-1050Q鋼に比べて,8Mn-1050Q鋼の方がひずみ分布の偏差が小さいことが分かる。5Mn-1050Q鋼では,ラス面内すべり系のSchmid因子が高いブロックにひずみが集中し,ラス面外すべり系のSchmid因子が高いブロックにはひずみが生じにくいことで,度数分布が広がりを持つと考えられる。それに対して,8Mn-1050Q鋼ではラス面内すべり系のSchmid因子が高いブロックに加えて,ラス面外すべり系のSchmid因子が高いブロックにもひずみが生じることで各ブロックが比較的均一に変形する結果,度数分布の広がりが小さくなることが推測される。Harjoら20,21)は,引張方向に応じて変形しにくいHOと変形しやすいSOがあり,特にHOが加工硬化と深く関係すると主張している。8Mn鋼では,変形に大きな応力が必要であるHO,すなわちラス面外すべり系でも変形が生じ,5Mn鋼に比べて加工硬化率が大きくなったと考えられる。したがって,8Mn鋼には,ラス面内すべり系だけが活動することを抑制し,ラス面外すべり系の活動を促進するミクロ組織因子が存在することが予想される。SEMおよびEBSD法による観察では,マンガン濃度を変えても旧オーステナイト粒径や見かけのブロック幅,残留オーステナイトに明確な変化はなかったため,TEMおよびSPED法を用いて,ラス内部の観察を行った。Fig.11にFIB加工でサンプリングした5Mn-1050Q鋼と8Mn-1050Q鋼のTEM明視野像を示す。どちらの試料でも,ラス内に微細な双晶が観察された。ラス内の微細な双晶は,1960年代にDas and Thomas28)によって確認されており,炭素やマンガン,クロムの増加に伴い,双晶の量が増加することが報告11)されている。Pingら29,30)とLiuら31)は,極低炭素鋼および低炭素鋼のラス内の微細な双晶をTEMで観察し,ラスの長手方向を分断するshort twinとラスの短手方向を分断するlong twinがあることを報告している。Sugiyamaら32)は,マンガン濃度1%の低炭素鋼を超高圧電子顕微鏡,SEMおよびEBSD法で観察し,ラス内の微細な双晶をSEMおよびEBSD法で観察できることを示し,FIB加工を用いて2面解析を行っている。しかしながら,この双晶と力学特性の関係は未だ不明である。今回の観察では,5Mn鋼,8Mn鋼の両方で矢印A,Bで示すようなlong twinが見られた。これに対し,8Mn鋼では矢印Cで示すようなshort twinも観察された。TEM用試料を作製する際にFIBを用いたことがこれらのtwinの生成に影響していないことを確認する為に,電解研磨で作製した5Mn-950Q鋼と8Mn-950Q鋼についてもTEMによる観察を行った。その結果,long twinは5Mn-950Q鋼と8Mn-950Q鋼の両方で,short twinは8Mn-950Q鋼でのみ観察され,FIBで作製した試料の観察結果を再現した。これらの双晶の方位解析を行うためにSPED法を用いて8Mn鋼のミクロな結晶方位情報を取得した。Fig.12に8Mn-1050Q鋼のshort twinを含む領域の結晶方位マップを示す。母相のラスと双晶は,大角の双晶境界を持つため,ラス長手方向の転位の運動を阻害する。そのため,変形により高い応力が必要となり,本来,活動しにくいラス面外すべり系が活動し,その結果,加工硬化率が上昇することが考えられる。以上の観察結果から,マンガン濃度が5%から8%に増加した際に生じる引張強度や加工硬化量の急激な上昇は,ラス内の微細な双晶によるものと予想される。この双晶の生成機構,およびすべり変形との相互作用については今後より詳細な検討が必要である。
Comparison of engineering total strain distributions parallel to tensile direction measured by DIC analysis obtained at an average microscopic engineering strain of 0.017 for Fe-0.1C-5Mn steel as-quenched at 1050°C, and at an average microscopic engineering strain of 0.020 for Fe-0.1C-8Mn steel as-quenched at 1050°C. (Online version in color.)
Bright field images obtained by TEM. Fe-0.1C-5Mn (a) and Fe-0.1C-8Mn (b) steels as-quenched at 1050°C. Arrows A in (a) and B in (b) indicate long twins. Arrows C in (b) indicate short twins.
Bright field image (a) obtained by TEM and corresponding crystal orientation map (b) measured by SPED analysis obtained for Fe-0.1C-8Mn steel as-quenched at 1050°C. Arrow A in (b) indicates a short twin. Blue lines in (b) are twin boundaries.
種々の温度から焼入れしたマンガンを含む低炭素ラスマルテンサイト鋼の引張試験とミクロ組織観察,DIC法によるミクロ組織レベルのひずみ分布を調査し,以下の知見を得た。
(1)オーステナイト化温度が真応力-真ひずみ線図に与える影響は,組成の変化が真応力-真ひずみ線図に与える影響に比べて小さい。8%のマンガンを含むラスマルテンサイト鋼の加工硬化率は,3%および5%のマンガンを含むラスマルテンサイト鋼に比べて大きい。
(2)ミクロスケールDICで計測した平均ひずみ約0.02におけるミクロスケールのひずみ分布は,5%のマンガンを含むラスマルテンサイト鋼ではラスマルテンサイトブロック境界近くでラス面内すべりに起因すると考えられるひずみが集中しているのに対し,8%のマンガンを含むラスマルテンサイト鋼ではそのようなひずみの集中は顕著ではない。
(3)ラス内の微小な双晶の内,ラスの長手方向を分断する双晶(short twin)は,8%のマンガンを含むラスマルテンサイト鋼でのみ観察された。
(4)Short twinは,ラス長手方向の転位の運動を阻害すると考えられる。Short twinがラス面内すべりを抑制することで,より高い応力が必要なラス面外すべりを誘起し,加工硬化率の上昇に寄与する可能性がある。
本研究は,日本製鉄との共同研究であり,JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2136の支援を受けた。また,九州大学超顕微解析研究センターの電子顕微鏡を使用し,波多聡教授,趙一方氏に協力いただいた。ここに感謝を述べる。