Tetsu-to-Hagane
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Effect of P Addition on the Corrosion Resistance of Steels Before and After Rust Formation
Chihiro HayamaMariko Kadowaki Yoshiharu MuraseHideki KatayamaToru HaraYuka HaraHikari WatanabeIsao ShitandaMasayuki Itagaki
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 110 Issue 7 Pages 548-557

Details
Abstract

This paper presents the effect of P addition on the corrosion resistance of steels before and after rust formation. Electrochemical measurements and surface analysis of P-containing steels (Fe-0.5 mass% P, Fe-1.0 mass% P, and Fe-1.5 mass% P) were conducted to analyze the contribution of P to their initial corrosion resistance before rust formation. The results showed that the initial corrosion resistance of the steel was worse with higher P content. According to the surface analysis conducted by SEM/EDS, more P-segregations at grain boundaries existed with higher P content. Based on the results of polarization measurements, it was considered that these P-segregation became the initiation sites of localized corrosion, resulting in the decrease in the initial corrosion resistance.

Although the initial corrosion resistance was worse with higher P content, the long-term corrosion resistance was better with higher P content. According to the results of atmospheric exposure tests at Miyakojima and the surface analysis of rust layers, P was incorporated into the rust layer, and it promoted the protective ability against corrosion.

1. 緒言

P(リン)は鉄鋼材料に含まれる代表的な合金元素のひとつである1,2)。Pの存在により,鉄鋼材料の機械的特性が変化することは広く知られており,特に粒界に偏析すると,破壊靱性の低下3,4)や溶接性の悪化5,6)を引き起こすことなどが報告されている。

上記の機械的特性に加えて,Pは鉄鋼材料の耐食性にも影響を及ぼすと考えられている。Pを含有する代表的な鉄鋼材料として耐候性鋼が挙げられる。耐候性鋼とはCu,Cr,Pなどを少量含有する低合金鋼であり,大気腐食環境中で優れた耐食性を示すことで知られている7,8,9)。Okadaら7)やMisawaら8,9)は,長期大気暴露された耐候性鋼のさび層の構造を調査し,さび層中のP, Cr, およびCuの含有量が増加するほどさびが緻密化し耐食性が向上することを報告している。しかし,これらの研究はPに加えてCuやCrも含有する鋼材を対象としたものであり,純粋にPのみに着目して,さび層の構造・耐食性とPの存在とを議論した研究は行われていない。

また,鋼材の使用初期のようなさび層の形成していない状態(鋼素地)においても,Pはその腐食挙動を変化させる可能性があるが,詳細は明らかとなっていない。Pは鉄鋼材料の金属組織において結晶粒界に偏析しやすい元素である10)。一般的に合金元素の偏析は局部腐食の起点となりやすいことが知られており,これまでにも元素偏析での局部腐食の発生挙動について多くの研究が実施されてきた11,12,13)。Manningらは二相ステンレス鋼の酸性溶液での耐食性を調査し,金属組織境界に存在する元素偏析が局部腐食の起点となることを報告している13)。KüpperらはPを0.003–2.5 wt.%含有するFe-P合金素地の耐食性を高温の硝酸水溶液中で調査し,粒界のP偏析の増加にともない耐食性が低下することを報告している11)。しかし,これらの知見は酸性環境での腐食挙動に着目したものであり,鉄鋼材料が広く使用される大気腐食環境に近いClを含有する中性付近のpH環境に関しては,Pをはじめとした合金元素の偏析が耐食性に及ぼす影響は明らかとなっていない。

上述の通り,Pは鉄鋼材料の代表的な合金元素であるにもかかわらず,材料の使用初期から長期経過後にかけて,大気暴露環境での耐食性に及ぼすPの影響を包括的に解析した研究例はない。そこで本研究では,そのような使用初期から長期経過後にかけての腐食挙動に及ぼすPの影響を系統的に明らかとすることを目的とした。多量のP添加は鉄鋼材料の機械的特性を劣化させるため,実用鋼ではPの添加量は低濃度(0.1 mass%未満)に留まっている14,15)。一方,本研究では耐食性に及ぼすPの影響をより明確に示すため,敢えてPを多量に添加したFe-0.5 mass% P,Fe-1.0 mass% P,およびFe-1.5 mass% Pの三種類の鋼材を作製し,その腐食挙動を調査した。まず,さび層の形成していない鋼材使用初期の耐食性に及ぼすPの影響を解析するため,研磨後の鋼素地表面について電気化学測定と表面分析を行った。この際,特に金属組織中のP偏析の有無と局部腐食の発生挙動との関連性に着目して解析を行った。また,さび層の形成をともなうような長期使用時の腐食挙動を解析するため,宮古島にて同様の三種類の試料の長期大気暴露試験も行った。大気暴露により形成したさび層断面のSEM/EPMA分析を実施することで,さびの形成に及ぼすPの影響を考察した。

2. 実験方法

2・1 試料

試料には,Pを0.5,1.0,1.5 mass%含むFe-P二元系合金を用いた。試料の化学組成をTable 1に示す。試料は1200°Cで1時間保持した後に925±25°Cまで熱間圧延を行い,空冷した。動電位および定電位分極測定前の試料表面はSiC湿式研磨(#1200まで)およびダイヤモンドペースト研磨(1 µmまで)を行って鏡面に仕上げた。金属組織観察および浸漬試験を行う試料については,上記のダイヤモンドペースト研磨後,Arイオンミリングを実施した。大気暴露試験には,150 mm×50 mm×6 mmの板状に加工した試料を用いた。

Table 1. Chemical compositions of the specimens (mass%).

SpecimenCSiMnPSCuNi
Fe-0.5 mass% P<0.01<0.010.010.50<0.01<0.01<0.01
Fe-1.0 mass% P<0.01<0.010.030.99<0.010.02<0.01
Fe-1.5 mass% P<0.01<0.010.051.48<0.010.02<0.01

2・2 試料の金属組織観察

試料の金属組織観察および腐食部の分析のため,SEM/EDS測定を行った。介在物の組成分析,鋼粒界のPのミクロ偏析の観察,および分極測定・浸漬試験後の腐食部のSEM/EDS測定には日立ハイテクSU5000およびOctane Eliteを使用し,加速電圧は15.0 kVとした。鋼表面のPのマクロ偏析のSEM/EDS測定にはカールツァイス AurigaLaserを使用し,SEM観察の加速電圧は5 kV,EDS測定の加速電圧は15.0 kVとした。

2・3 電解液

電気化学計測および浸漬試験には10 mM NaCl含有ホウ酸-ホウ酸塩緩衝液(pH 8.0)を用いた。ホウ酸-ホウ酸塩緩衝液は,10 mM NaClを含有する0.35 MのH3BO3溶液と10 mM NaClを含有する0.075 MのNa2B4O7溶液を混合することで作製した。

2・4 動電位アノード分極測定

試料の腐食挙動を調査するため,動電位アノード分極測定を実施した。電極面積は1.5 cm四方とし,対極には白金,参照極にはAg/AgCl電極(3.33M KCl)を用いた(以下本論文中の電位は同電極基準で表示)。溶液には10 mM NaCl含有ホウ酸-ホウ酸塩緩衝液(pH 8.0)を用いた。測定には電気化学測定システム(HZ-7000,北斗電工)を使用し,測定前に自然浸漬電位の測定(10分)を行った。そして,自然酸化皮膜を除去することを目的としてカソード処理(−1.0 V,10分)を行った後にアノード方向に電位を掃引して動電位分極曲線を測定した。電位の掃引速度は20 mV min−1とした。溶液の温度は25°Cとし,非脱気で測定を行った。

2・5 定電位分極測定

Fe-1.5 mass% P合金の局部腐食の発生起点を調査するため,0.2 Vで80秒間定電位分極を実施した後に,SEM/EDSで表面を観察した。電極面積,対極,参照電極,および溶液などの分極条件は先述した動電位アノード分極測定と同一とした。

2・6 浸漬試験

Fe-0.5 mass% P,Fe-1.0 mass% P,およびFe-1.5 mass% Pでの局部腐食の発生挙動の違いを調査するため,浸漬試験を行った。溶液には10 mM NaCl含有ホウ酸-ホウ酸塩緩衝液(pH 8.0)を用いた。200 µm×300 µmの領域を観察対象とし,溶液に3時間浸漬する前後の光学顕微鏡画像を比較することで局部腐食の発生数を計測した。

2・7 大気暴露試験

材料を長期使用後の耐食性に及ぼすP添加の影響を解明するため,Fe-0.5 mass% P,Fe-1.0 mass% P,およびFe-1.5 mass% Pを5年間大気暴露し,腐食減量を比較した。日本ウェザリングテストセンター宮古島暴露試験場(北緯24° 44’,東経125° 19’)において,南向き45度の架台にて直接暴露方式で試験を行った16)。試験片の大きさは150 mm × 50 mm× 6 mmとした。

2・8 さび層断面のSEM観察およびEPMA分析

大気暴露試験後の試料を切断し,断面が見えるように樹脂を用いて被覆し,SEM/EPMA測定を行った。観察前には試料表面に金を蒸着した。SEM/EMPA測定には日本電子JXA-8500Fを使用し,加速電圧は15.0 kV,プローブ電流は100 nAとした。

3. 実験結果および考察

3・1 試料の金属組織観察

金属組織中のPの存在形態を確認するため,イオンミリング後の表面についてSEM観察およびEDS分析を行った。Fig.1にFe-0.5 mass% P,Fe-1.0 mass% P,およびFe-1.5 mass% P のSEM観察結果を示す。すべての試料について,結晶粒径は約100 µmであった。Fig.2Fig.1と同じ領域について,EDS分析によりPの濃度分布を解析した結果である。Fig.2(a)に示すFe-0.5 mass% Pでは,Pの濃度分布は観察されなかった。一方,Fig.2(b)と(c)に示すFe-1.0 mass% PとFe-1.5 mass% Pでは,矢印で示すように,図中の水平方向にバンド状のPの高濃度部(マクロ偏析)が観察された。このようなマクロ偏析は,鋼材の凝固過程中に溶質リン原子が残存溶鋼に濃化することで形成したと考えられる17)

Fig. 1.

SEM images of (a) Fe-0.5 mass% P, (b) Fe-1.0 mass% P, and (c) Fe-1.5 mass% P.

Fig. 2.

EDS maps of P on (a) Fe-0.5 mass% P, (b) Fe-1.0 mass% P, and (c) Fe-1.5 mass% P. The same areas were observed as Fig. 1. (Online version in color).

上記のマクロ偏析に加え,Pは鉄鋼材料中の結晶粒界にも偏析しやすいことが知られている10)。そのような粒界偏析の有無を確認するため,Fig.1よりもさらに高倍率な視野でもSEM観察およびEDS分析を実施した。その結果をFig.3に示す。Fig.3(a),(c),(e)に示す通り,結晶粒界を含む領域を解析の対象とした。Fig.3(b)および(d)に示すように,Fe-0.5 mass% PとFe-1.0 mass% PではPの粒界偏析は観察されなかった。一方,Fig.3(f)の矢印で示すように,最もP含有量の多いFe-1.5 mass% Pでのみ,粒界に沿ったP偏析が観察された。したがって,鉄鋼材料中のP含有量が多いほど,Pの粒界偏析も増えると考えられる。 鉄鋼材料中のP含有量の増加に伴い,Pの粒界偏析が増えることはSuto and Takezawa18)やAbeら19)によっても報告されていることから,この結果は妥当であると考えられる。なお,これ以降はFig.2(b)および(c)でマクロな領域にみられたバンド状のP偏析を「マクロ偏析」,Fig.3(f)で見られた粒界に沿ったP偏析を「ミクロ偏析」と呼称する。上記のマクロ偏析やミクロ偏析に加えて,Pは鉄鋼材料中にP化合物として析出している可能性も考えられる。しかし,本研究に用いた試料では,そのようなP化合物の析出は観察されなかった。

Fig. 3.

(a, c, e) SEM images and (b, d, f) EDS maps of P at higher magnification on (a, b) Fe-0.5 mass% P, (c,d) Fe-1.0 mass% P, and (e,f) Fe-1.5 mass% P.

3・2 介在物の組成分析

試料に含まれる介在物の分析をSEM/EDSを用いて実施した。すべての試料において,大きさ2から4 μm程度の楕円型の介在物の存在が確認された。Fig.4からFig.6にそれぞれFe-0.5 mass% P,Fe-1.0 mass% P,Fe-1.5 mass% Pに含まれる介在物の分析結果を示している。EDS分析結果より,いずれの試料においても,介在物からはO,Mn,Siが検出された。このことから,介在物はMnおよびSiの複合酸化物であると考えられる。全ての試料について,介在物の大きさ,個数,および形状に大きな違いは見られなかった。また,EDS分析結果から明らかなように,介在物にPは含まれていなかった。

Fig. 4.

SEM image and EDS maps of the inclusion on Fe-0.5 mass% P.

Fig. 5.

SEM image and EDS maps of the inclusion on Fe-1.0 mass% P.

Fig. 6.

SEM image and EDS maps of the inclusion on Fe-1.5 mass% P. (Online version in color.)

以上の金属組織観察および介在物観察結果から,本研究に使用したPが0.5から1.5 mass%含まれる低合金鋼には,Pはマクロ偏析およびミクロ偏析として存在し得るということがわかった。マクロ偏析はP含有量のより多いFe-1.0 mass% PとFe-1.5 mass% Pでのみ観察され,ミクロ偏析はP含有量の最も多いFe-1.5 mass% Pでのみ観察された。全ての試料においてP化合物の析出は確認されず,介在物はMnおよびSiの複合酸化物であり試料ごとの違いはなかった。したがって,これら試料の腐食挙動を比較することで,Pのマクロ偏析およびミクロ偏析が耐食性に及ぼす影響を解析できると考えられる。

3・3 動電位アノード分極挙動の解析

3つの試料のNaClを含む中性pH環境での耐食性を比較するため,動電位アノード分極曲線を測定した。Fig.7に測定結果を示す。全ての試料において,分極開始直後はカソード電流が計測され,その後約−0.65から−0.5 Vにかけて活性溶解によるアノード電流の上昇がみられた。その後約−0.4 Vから−0.25 Vにかけて一時的にカソード電流が計測されたが,−0.25 Vより貴な電位域以降はアノード電流のみが計測された。−0.25 Vから0.05 Vにかけて,アノード電流の大幅な上昇はみられないことから,この電位域において試料表面は不働態化していると考えられる。分極開始から0.05 Vまでの電位域において,全ての試料について分極挙動に大きな違いはみられなかった。0.05 Vより貴な電位域では,電流値の大幅な上昇が計測された。この電流値の急上昇は,試料表面での局部腐食の発生に起因すると考えられる。P含有量が最も多いFe-1.5 mass% P では,その他の試料と比較してより卑な電位で電流値の上昇がみられた。したがって,Fe-1.5 mass% PはFe-1.0 mass% PやFe-0.5 mass% Pと比較して耐食性が低いと考えられる。一方,Fe-0.5 mass% PとFe-1.0 mass% Pでは局部腐食の発生電位にほとんど差は無かった。

Fig. 7.

Potentiodynamic anodic polarization curves in 10 mM NaCl-containing boric-borate buffer solution at pH8.0.

3・4 定電位分極による局部腐食の発生起点の調査

Fig.7にて最も耐食性が低かったFe-1.5 mass% Pについて,局部腐食の発生起点を調査するため定電位分極測定を実施した。この際の分極電位は,Fig.7(動電位分極曲線)で局部腐食の発生がみられた電位(0.05 V)より貴な,0.2 Vに設定した。Fig.8は定電位分極時のアノード電流の経時変化である。測定開始から約10秒経過後,腐食発生によるアノード電流の急上昇が見られた。アノード電流の上昇開始から72秒後,分極を速やかに停止して試料の表面のSEM観察・EDS分析を実施した。

Fig. 8.

Change in the anodic current density with time during the potentiostatic polarization at 0.2 V of Fe-1.5 mass% P in 10 mM NaCl-containing boric-borate buffer solution at pH8.0.

Fig.9および10は,Fig.8の定電位分極測定後の試料表面に形成していた腐食部について,SEM観察およびEDS分析を行った結果である。定電位分極後の試料表面には,Fig.9に示すような大きさ5 µm程度の局部腐食が多数観察された。EDS分析の結果,この腐食部からは周囲より高濃度のSiおよびMnが検出された。ここで,Fig.4, 5からFig.6に示すように本研究に使用した鋼材にはMnおよびSiの複合酸化物系介在物が存在していたことから,Fig.9の局部腐食はそのような介在物を起点として生じたものと考えられる。鉄鋼材料では硫化物系介在物が腐食の起点になりやすいことが広く知られている20)が,Fig.9の結果を基にするとMnとSiの複合酸化物系の介在物でも,NaClを含む中性pH環境中では腐食の起点になりやすいと考えられる。

Fig. 9.

SEM image and EDS maps of the localized corrosion area with inclusions on Fe-1.5 mass% P after the measurement shown in Fig. 8. (Online version in color.)

Fig. 10.

SEM image and EDS maps of the localized corrosion area without inclusions on Fe-1.5 mass% P after the measurement shown in Fig. 8. (Online version in color.)

上記の介在物起点の局部腐食に加えて,定電位分極後のFe-1.5 mass% P試料表面ではFig.10に示すような細長い形状の局部腐食も観察された。Fig.9に示す介在物起点の腐食と異なり,腐食部から介在物に由来する合金成分(MnおよびSi)が検出されなかったことから,この細長い形状の局部腐食は,介在物起点の腐食ではないと考えられる。Fig.3でFe-1.5 mass% Pの金属組織にはPの粒界偏析が観察されたことから,この局部腐食はPの粒界偏析を起点として生じたのではないかと考えられる。

3・5 P濃度と粒界腐食発生の傾向の解析

前節の結果より,P含有量の多い試料では介在物に加えて,粒界のP偏析も腐食の起点となるのではないかと考えられた。P偏析が腐食の起点となる可能性をより明確に示すため,Fe-0.5 mass% P,Fe-1.0 mass% P,およびFe-1.5 mass% P試料の浸漬試験を行った。この際は,試料表面の200 µm×300 µmの領域を観察対象とし,試料を10 mM NaCl含有ホウ酸-ホウ酸塩緩衝液(pH 8.0)に3時間浸漬する前後の光学顕微鏡画像を比較することで,浸漬中に発生した局部腐食の数を計測した。

浸漬後に光学顕微鏡で観察した結果をFig.11に示す。Fig.11(a)と(b)に示すFe-0.5 mass% PとFe-1.0 mass% Pでは,粒界に沿った局部腐食の発生は観察されなかった。一方,Fig.11(c)に示すFe-1.5 mass% Pでは,粒界が腐食している様子が確認された。特に深く溶解していた粒界を図中に丸印で示しており,そのような特に溶解していた粒界をSEMで観察した結果をFig.11(d)に示す。線状に溶解が進行し腐食溝が形成している様子が観察できる。

Fig. 11.

(a-c) Optical microscope images of (a) Fe-0.5 mass% P, (b) Fe-1.0 mass% P, (c) Fe-1.5 mass% P after the immersion tests in 10 mM NaCl-containing boric-borate buffer solution at pH8.0. (d) is SEM image of intergranular corrosion on Fe-1.5 mass% P.

Fig.11の観察結果に基づき,観察対象である200 µm×300 µmの範囲の全粒界のうち,粒界腐食が発生した粒界の割合を算出したところ,Fe-0.5 mass% PとFe-1.0 mass% Pでは粒界腐食が見られなかったため0%となり,Fe-1.5 mass% Pでは9.5%となった。この結果から,Fe-1.5 mass% P はその他の試料と比較して粒界の耐食性が低いことが明らかである。

Fig.3の金属組織観察では,P含有量の最も多いFe-1.5 mass% PでのみPの粒界偏析(ミクロ偏析)が見られ,Fig.8から11の定電位分極測定と浸漬試験では,Fe-1.5 mass% Pでのみ粒界腐食の発生が見られた。以上の結果を基にすると,Fe-1.5 mass% Pでは粒界のP偏析が起点となりFig.10Fig.11(c)のような粒界腐食が発生したのではないかと考察される。このようなP偏析起点の粒界腐食が生じやすいことが,Fig.7の動電位分極にてFe-1.5 mass% Pの耐食性が他の試料より最も低くなった原因であると考えられる。なお,Fig.10のFe-1.5 mass% Pでの粒界腐食と考えられる箇所では,EDS分析の結果Pの高濃度部は観察されなかったことから,偏析していたPは溶液中に溶出したものと考えられる。中性付近のpH領域ではPは加水分解反応によりリン酸イオン(HPO42−またはPO43−)として溶出したと考えられる21)。この反応によりH+が形成して周囲の局部的酸性化に寄与することが,P偏析付近での局部腐食発生を引き起こす要因の一つではないかと予想される。

3・6 初期耐食性とP濃度との関係性

以上の結果より,Fe-1.5 mass% PではPの粒界偏析(ミクロ偏析)が腐食の起点となることが耐食性の低い要因であると考察された。一方,ミクロ偏析に加えて,Fig.2に示すように,本研究に使用した試料のうちFe-1.0 mass% PとFe-1.5 mass% Pには,バンド状のPのマクロ偏析も観察された。鉄鋼材料中のマクロ偏析も酸性環境中では局部腐食の起点となりやすいことが知られている12)。しかし,Fig.7の動電位分極曲線で,マクロ偏析が存在していたFe-1.0 mass% Pと存在していなかったFe-0.5 mass% Pの耐食性にほとんど違いがみられなかったことから,本研究の解析条件ではPのマクロ偏析は材料の耐食性にほとんど関与していないと考えられる。マクロ偏析とミクロ偏析(粒界偏析)でこのように局部腐食発生の寄与に差がある理由の一つとして,粒界の構造的要因が影響を及ぼしている可能性が考えられる。Wangらの研究によると,金属の結晶粒界構造のうち粒界面でのステップなどは溶解速度の増加に寄与する22)。すなわち,マクロ偏析に比較してミクロ偏析の方がPの溶解反応が起こりやすかった可能性があり,このことがミクロ偏析で局部腐食が顕著に発生した要因ではないかと予想される。

以上の結果をまとめると,材料の使用初期(鋼素地)の耐食性は,P濃度が高いほど低下することがわかった。P濃度が高いほど粒界のP偏析(ミクロ偏析)が増加し,粒界腐食が生じやすくなることが要因であると考えられる。

3・7 長期大気暴露時の耐食性

ここまでは,材料の使用初期を想定して,研磨まま試料表面(鋼素地)の耐食性の解析を行ってきた。一方,実用環境では,材料はさびの形成を伴いながら数十年という長期にわたって使用される。そこで次に,そのような長期使用時の耐食性に及ぼすPの影響を解明するため,宮古島にて5年間の大気暴露試験を実施した。Fig.12にFe-0.5 mass% P, Fe-1.0 mass% P,およびFe-1.5 mass% Pの5年暴露後の腐食減量を示す。これは,各種試料を2枚ずつ暴露し,それらの腐食減量を平均した値である。Fe-1.5 mass% P の腐食減量がその他の試料に比較して最も少なく,かつP含有量が多いほど腐食減量が少ないという結果が得られた。長期暴露時の耐食性はP含有量が多い試料ほど優れていると考えられる。すなわち,長期暴露時の耐食性とP含有量の関係性は,前節までで述べた使用初期(鋼素地)の耐食性とは逆の傾向を示すということがわかった。

Fig. 12.

Weight loss of samples after the atmospheric exposure test at Miyakojima for 5 years.

3・8 さび層の形成に及ぼすPの影響

長期暴露試料と研磨まま試料との大きな違いは,表面へのさび層形成の有無である。そこで,P含有量が多い試料ほど長期暴露時に優れた耐食性を示した原因を追究するため,長期暴露後のさび層の断面のSEM観察・EPMA分析を行った。Fig.13はFe-0.5 mass% PとFe-1.5 mass% PのSEM観察およびEPMA分析を行った結果である。 Fig.13(a)および(e)に示すSEM像では,下側の明るい部分が鋼素地,その上に形成している厚さ約50 µm-150 µmの層がさび層,その上部は試料の固定に使用した樹脂である。P含有量の少ないFe-0.5 mass% Pではさび層中に一部Pが濃縮していたが,それ以外のほとんどの領域ではさび層へのPの濃縮は観察されなかった。また,Fig.13(d)に黄色の矢印で示すように,Fe-0.5 mass% Pではさび層内部にClが侵入し,鋼素地まで到達している様子が観察された。すなわち,Fe-0.5 mass% Pでは5年の暴露の間にさび層が形成したものの,その保護性は低いと考えられる。

Fig. 13.

SEM image and EPMA maps of the cross-sections of (a-d) Fe-0.5 mass% P, (e-h) Fe-1.5 mass% P after the atmospheric exposure test at Miyakojima for 5 years.

一方,Fig.13(f)に示すように,P含有量の多いFe-1.5 mass% Pではさび層に全面的にPが濃縮している様子が観察された。また,Fig.13(h)に黄色の矢印で示すように,Clはさび層の表面にのみ存在し,さび層中のPが濃縮している箇所にはClがほとんど侵入していないことがわかった。すなわち,さび層にPが含まれることで保護性が向上すると考えられる。さび層中にて,Pはリン酸イオンとして存在すると予想される21,23)。Miyukiらの研究によると,リン酸イオンが存在する場合は鉄鋼材料のさび層がカチオン選択性へと変化するため,さび層へのClの侵入が抑制される23)。本研究の試料においても,このようなリン酸イオンによるさび層特性の変化がFig.12でみられた長期的な耐食性の向上に寄与した可能性が高い。先行研究にてOkadaらは,さび層内層にP, Cr, Cuが濃縮することで,非晶質な緻密層が形成され,その後の腐食反応が抑制され耐食性の向上に寄与すると報告している7)。また,Wangらは,さび層にCuとPが添加されるとさびの組成が変化し,さび層を構成する成分であるα-FeOOHの割合が増加することで保護性が増すことを報告している24)。上記の先行研究は,Pの他にCuやCrなどの合金元素を共に添加した場合のさび層の特性を解析したものであるが,本研究の結果を基にするとPのみを多量に加えた場合でも,同様にさび層の緻密化や組成の変化が起こり,長期耐食性が向上した可能性が高い。Pがさび層の構造を変化させる詳細なメカニズムについては,今後更なる解析が必要である。

3・9 P濃度に依存した使用初期耐食性と長期耐食性の変化

以上の結果から,使用初期から長期経過後にかけて鉄鋼材料の耐食性に及ぼすPの影響を,次のように考察した。まず,材料使用初期については,P添加量が多いほど耐食性が低いことがわかった。P含有量が多いほど結晶粒界中のP偏析が増え,その部分を起点として腐食が進行するためであると考えられる。この際,粒界に偏析していたPは環境中に溶出すると考えられる。

そして,さび層が形成した長期経過後は,使用初期とは逆にP添加量が多いほど耐食性が高いことが判明した。P含有量が多い試料ではPが濃縮したさび層が形成され,このさび層がClの侵入を防ぐことがわかった。すなわち,初期に溶出したPがさび層に濃縮することで,長期的にはさび層の保護性の向上に寄与し高い耐食性を示すと考えられる。本研究ではPの添加が耐食性に及ぼす影響を明確に示すため敢えてPを多量に添加した試料を使用したが,実用鋼相当レベルのP濃度でもPの添加にともなって鋼素地およびさび層の耐食性が変化するという報告がある11,24,25)。さらに,本研究では鋼素地の耐食性(初期耐食性)についてNaClを含有するホウ酸緩衝液中で評価したが,海水中やNaCl溶液中でも同様にPの添加は初期耐食性を低下させるという報告もある26,27,28)。今後は,様々な腐食環境におけるP濃度に依存した耐食性変化の定量化など,研究知見をより実用環境に活用するための研究展開が必要である。

4. 結言

(1)P含有量が異なる3試料の金属組織を観察した結果,P含有量の多いFe-1.0 mass% PとFe-1.5 mass% Pではバンド状のPのマクロ偏析が観察された。それに加えて,P含有量が最も多いFe-1.5 mass% Pでは結晶粒界に沿ったPのミクロ偏析も観察された。

(2)さびの形成していない研磨まま試料の動電位アノード分極を行った結果,P含有量が最も多いFe-1.5 mass% Pはその他の試料と比較して耐食性が低いことがわかった。浸漬試験の結果,Fe-1.5 mass% Pでのみ,粒界に沿った局部腐食の発生が観察された。Fe-1.5 mass% PにはPの粒界偏析(ミクロ偏析)が存在していることを考慮すると,このP偏析が局部腐食の起点となることが,耐食性が低い要因であると考えられる。

(3)長期大気暴露後の腐食減量を測定した結果,P含有量が多い試料ほど腐食減量が少なく,長期耐食性に優れることが判明した。

(4)長期暴露試験後のさび層を観察した結果,P含有量が多い試料ほどPの濃縮したさび層が形成され,Clの侵入を防いでいることが判明した。初期で偏析から溶出したPがさび層に濃縮することで,さび層の保護性を増し長期耐食性の向上に寄与したと考えられる。

謝辞

この研究は日本鉄鋼協会 第32回鉄鋼研究振興助成 石原・浅田研究助成の支援を受けて行われた。EPMA分析は国立研究開発法人物質・材料研究機構 西尾 満章氏の協力のもと実施した。ここに記して,謝意を表する。

文献
 
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