2025 年 111 巻 13 号 p. 836-845
The formation behavior of the plating films of Zn−V composite electroplated steel sheets was investigated using electrochemical techniques, and the paint adhesion and heat absorption/dissipation properties were investigated. In Zn−V composite plating, V compounds were preferentially deposited at the initial stage of plating, subsequently Zn was deposited in the form of an electric field-oriented fiber structure. As plating progressed, Zn−V composite plating films consisting of an electric field-oriented fiber structure of Zn and a non-electric field-oriented structure of V compounds were formed, and V compounds were codeposited in the gaps between Zn platelet crystals. The critical current density for initiating Zn plating was about 20 times higher in Zn−V bath than in Zn bath. In Zn−V bath, at the potential range more noble than that for initiating Zn plating, since V ions were reduced from tetravalent to trivalent along with the hydrogen evolution, the critical current density seems to be higher. The Zn−V composite plated steel sheets had better paint adhesion than EG. The excellent paint adhesion is attributed to the anchor effect caused by the large surface roughness and the formation of chemical bonds between the paint films and the oxide or hydroxide of V in the plating films. The Zn−V composite plated steel sheets had a higher emissivity than electrogalvanized steel sheets (EG). As a result, the emissivity after chemical conversion coating was high, and the sheets had high heat dissipation. This seems to be due to the oxide or hydroxide of V in the Zn−V plating films.
鋼板の耐食性を向上させるために,Feよりも標準電極電位が卑なZnを電気めっきした鋼板が実用化されている。Znめっきに比べZn–Fe1,2,3,4),Zn–Ni1,2,3,4,5),Zn–Co2,3,4,6)等の合金めっきやZn–SiO27),Zn–Ni–SiO28,9),Zn–Al2O310,11,12)等の分散めっきは耐食性を更に向上させることが報告されている。酸性溶液からのZnめっきでは,競争反応としてH+イオンの還元反応(2H++2e−→H2)が生じ,陰極界面のpHが上昇する。そこで,Zn系分散めっきの一種として,Zn2+イオンよりも低いpHで加水分解する金属イオン(Mn+)を第二元素として添加し,そのMn+イオンを加水分解(Mn++nH2O→M(OH)n+nH+)させ,水酸化物(M(OH)n)としてZnめっき膜に取り込ませることが検討されている12,13,14)。本プロセスは従来の分散めっきとは異なり,電解液に不溶性の固形分散粒子を添加しないため,ナノレベルの微細な化合物をZnと共析させることが可能であり,めっき膜特性の改善が期待できると共に,めっき液中粒子の沈降,めっき装置配管の目詰まり等の従来の分散めっきの製造上の問題点も解決できる。
固形分散粒子を含まない非懸濁溶液からの分散めっきとしては,Zn–V化合物13,14),Zn–Zr 化合物15,16),Zn–Al化合物12)について報告されている。Zn–V化合物複合めっきについては,Znめっき膜中にV化合物を共析できること,めっき膜中のV濃度が増加すると腐食電流密度が低減することが報告されている13,14)。筆者らは陰極に鋼板を用い,連続製造ラインで実用化されている横型セルを模擬したフローセルを用いた電気めっき法によりZn–V複合電気めっき鋼鈑を作製し,そのめっき膜がZn主体の電場配向繊維状組織とV,O主体の非晶質層で構成されること,黒色且つ低光沢外観を有すること,めっき膜中に4価Vの化合物を含有すること,高い耐食性と優れた加工密着性を有することを明らかにした17)。しかしながら,このような特徴的な構造を有するめっき膜の形成挙動は未だ明らかにされていない。
Zn–V複合電気めっき鋼板は,電場方向にZnの特定な面が配向(電場配向組織状組織)して析出し,EG(電気Znめっき鋼板)よりも高い表面粗度を有することが報告されており17),塗膜密着性に対してアンカー効果が期待される。また,めっき表層にVの化合物が存在しており17),塗膜との化学結合形成効果も期待される。このような特徴を有するZn–V複合電気めっき鋼板は,化成処理皮膜を被覆しなくても良好な塗膜密着性を発現する可能性がある。一方,一般に金属と比較して酸化物は放射率が高い18)。放射率が高い素材は放射伝熱量が大きく,熱源等の筐体に使用することで雰囲気温度を低減する効果が期待される19)。Zn–V複合めっき膜はVの化合物を含有しており,金属ZnからなるEGよりも高い放射率を示すことが期待される。
そこで,本研究では,Zn–V複合電気めっき鋼板のめっき膜の形成挙動を電気化学的手法を用いて明らかにすると共に塗膜密着性および吸放熱性を調査した。
本研究で使用した電解液の組成をTable 1に示す。性能を評価するためのめっき膜の作製にはBath 1とBath 3を用いた。いずれも市販の特級試薬を純水に溶解し,硫酸または水酸化ナトリウム水溶液によりpHを2.1または1.2に調整した。供試材は電気めっき法により作製した。使用した電気めっき装置の概略図をFig.1に示す。電気めっきは横型フローセルを用いて,陰極である板厚0.8 mmの冷延鋼板(SPCC)の表面に行った。陽極には白金を被覆したチタン板を用い,陰極と陽極の距離は9 mmとした。陰極および陽極の寸法はいずれも幅100 mm,長さ150 mmである。電流密度は3500~10500 A/m2,電解液流速は60 m/minとした。めっき付着量とめっき膜中V含有率は通電時間と電流密度により調整した。
| ZnSO4·7H2O | VOSO4·5H2O | Na2SO4 | pH | Remarks | |
|---|---|---|---|---|---|
| Bath 1 | 0.7 [mol/L] | 0.5 [mol/L] | 1.2 [mol/L] | 2.1 | Zn–V | 
| Bath 2 | 0.7 [mol/L] | − | 1.2 [mol/L] | 2.1 | Bath 1 without V | 
| Bath 3 | 0.7 [mol/L] | − | 1.2 [mol/L] | 1.2 | EG | 

Outline of apparatus for electroplating. (Online version in color.)
作製した供試材の亜鉛付着量およびV付着量は蛍光X線(リガク社製/サイマルテックス3550)により測定した。めっき膜中のV含有率は下記式(1)により算出した。
| (1) | 
作製しためっき膜の断面を走査型電子顕微鏡(FE-SEM,日立製作所社製S-4300SE)により観察した。樹脂に試料を埋め込み研磨した後に鏡面研磨した。樹脂と供試材の境界を識別するために,供試材表面に白金(Pt)を蒸着した。FE-SEMの加速電圧は15 kVとした。
2・2 Znの析出開始よりも貴な電位域における電解挙動調査Zn析出開始よりも貴な電位域での電解挙動を調査するため,電気化学測定装置(BioLogic社製SP-150)を使用し,電位と電流密度の関係を調査した。使用した電気化学測定装置の概略図をFig.2に示す。作用極には板厚0.8 mm,面積1 cm2の冷延鋼板(SPCC)を,対極には白金メッシュを使用した。参照電極としてAg/AgCl電極(飽和KCl, 0.199 V vs. NHE, 298 K)を使用したが,電位は標準水素電極基準に換算して表示した。SPCCを300 mLの電解液に30分浸漬した後,電位を−1.3 Vまで掃引した。電位掃引速度は0.33 mV/sとし,溶液の攪拌は行わず,温度は25°Cとした。電解液はTable 1に記載のBath 1とBath 2を用いた。

Outline of apparatus for linear sweep voltammetry and potentiostatic electrolysis. (Online version in color.)
板厚0.8 mmのSPCCを25°CのZn–V電解液(Bath 1)に30分浸漬した。その後,−0.8 V にて60分間,定電位電解を行い,得られた析出物の解析を行った。また比較のため,電解を行わずにSPCCをZn–V電解液(Bath 1)に90分浸漬した。いずれも水洗,乾燥して供試材とした。−0.8 Vの定電位電解により得られた析出物は蛍光X線によりZnとVの付着量を測定した。XPS(アルバック・ファイ社製PHI Quantes)により,電析初期におけるV2pのナロースペクトルを測定し,Vの価数を調べた。なお,XPS解析の際に行うイオンスパッタリングではV化合物が還元される可能性がある20)ため,GDS(堀場製作所社製/GD-Profiler2)によりスパッタリングした後にXPS解析を実施した。また,析出物の厚さ方向におけるVとOのめっき膜中濃度を調査し,析出物の組成を推定した。スパッタリングにはArイオンを用いた。
2・3 塗膜密着性の評価亜鉛めっき鋼板の塗膜密着性を向上させる方法として,化成処理皮膜を被覆する方法が知られている。例えば,リン酸亜鉛処理皮膜やクロム酸皮膜を被覆した亜鉛めっき鋼板は塗膜との密着性が大きく向上する。これら化成処理皮膜を被覆した亜鉛めっき鋼板は,アンカー効果および塗膜と化学結合を形成する官能基の表面形成により高い塗膜密着性が得られる21)。一方,Zn–V複合電気めっき鋼板は,化成処理皮膜を被覆しなくても良好な塗膜密着性を発現する可能性がある。そこで,化成処理皮膜無しのZn–V複合電気めっき鋼板の塗膜密着性を調査した。アンカー効果と化学結合のそれぞれの影響を区別するため,Zn–V複合電気めっき鋼板の表面粗度を調整した供試材を作製した。Zn–V複合電気めっき鋼板の表面に硬質クロムめっきした金属ロールを圧下した。金属ロールは外径150 mm,長さ300 mmのものを用いた。供試材表面と金属ロールを接触させ,金属ロールに1 tonの荷重をかけた状態でロールを圧下させた。ロール圧下前後における供試材の表面粗度は,接触式表面粗度計(東京精密社製SURFCOM NEX001)により算術平均粗さ(Ra)を測定して評価した。Zn–V複合電気めっき鋼板およびEGに化成処理を行わず直接,塗装した。塗料にはアミノアルキド樹脂塗料(関西ペイント社製アミラック1531ホワイト)を使用した。乾燥膜厚で20 µmとなる様にバーコーターで塗装し,130°Cの電気炉内で20分間保持して焼付けた後,空冷した。その後,カッターナイフで塗膜に疵をつけた。JIS K 5400-8.5に準拠して100マスの疵を1 mm間隔で付与した。幅24 mmの粘着テープ(ニチバン社製,セロテープ)を疵部に貼り付けた後,テープを45°方向に引っ張り,塗膜の剥離の有無を目視で観察した。比較材には同じ方法で作製したEGを用いた。
2・4 放熱特性の評価めっき付着量およびV含有率が異なるZn–Vめっき鋼板の放射率を測定した。放射率の測定装置をFig.3に示す。放射温度計(タスコジャパン社製THI-301)の設定放射率を調整し,放射温度が供試材の温度と同一温度となる時の放射率を求めた。鋼板はホットプレートにより100°Cに保持し,熱電対により温度を測定した。放射温度計は供試材の垂直方向に100 mm離れた位置に設置した。雰囲気温度は20°Cとし,比較材としてEGを用いた。Zn–Vめっき鋼板およびEGは前述のTable 1に示す条件で,電気めっき製造ラインで製造した。めっき付着量およびめっき層中V濃度は電流密度および通電時間により調整した。板厚は0.8 mm,板幅は1200 mmとした。電気めっきセルはLCC-H(Liquid Cushion Cell-Horizontal)型を用いた22)。

Outline of apparatus for measuring emissivity.
前述のとおり,亜鉛めっき鋼板への機能付与を目的に化成処理皮膜を被覆する方法が知られている。樹脂や酸化物で構成される化成処理皮膜は亜鉛めっき鋼板の放射率に影響すると考えられるので,化成処理皮膜の影響を調査した。Zn–V複合めっき鋼板に化成処理皮膜を被覆し,その放射率を測定した。化成処理用塗料は水系ポリウレタン樹脂(第一工業製薬社製/スーパーフレックス620)に着色顔料としてカーボンブラック(東洋ケム社製/EMF BLACK HK-3)を添加,攪拌して作製した。化成処理皮膜中のカーボンブラック濃度は0,5,10 mass%とし,化成処理膜厚は1 µmとなるようにバーコーターで塗装した。その後,鋼板到達温度が150°Cとなる条件で乾燥し,化成処理被覆めっき鋼板を作製した。同一の化成処理皮膜を被覆したEGを比較材として用いた。作製した化成処理被覆めっき鋼板の明度(L*値)を色差計(スガ試験機社製/SC-T45)により測定した。前述の方法で100°Cにおける放射率を測定した。また,電子機器の筐体を模擬した放熱試験を行った。Fig.4に示すように断熱材で覆われた箱の中にヒーターを設置し,表裏に化成処理皮膜を被覆したZn–V複合電気めっき鋼板で蓋をした。ヒーターの電源を投入後,時間と箱の中の温度の関係を調査した。温度はFig.4に示すヒーター直上の30 mm離れた位置に熱電対を設置して測定した。化成処理皮膜はカーボンブラック濃度が10 mass%,膜厚1 µmとなるように被覆した。

Outline of apparatus for measuring the heat dissipation. (Online version in color.)
Zn浴およびZn–V浴において電位掃引法にて測定した全分極曲線をFig.5に示す。Zn浴,Zn–V浴ともに−0.3 V近傍で電流密度の立ち上がりが見られ,その後,電位が急激に卑な方向に移行し,−0.85 V付近で再度,電流密度の立ち上がりが見られた。本研究におけるZn析出(Zn2++2e−=Zn)の平衡電位は,−0.76 Vであり−0.85 V付近での電流密度の立ち上がりは,Znの析出開始によるものである。Zn析出が開始する電流密度(Zn析出を開始させるために必要な最小の電流密度)は臨界電流密度(icri)と称される。本研究の複合めっきにおけるZn析出の臨界電流密度は,Zn浴よりZn–V浴の方が約20倍高くなった。この要因を明らかにするため,−0.8 Vで定電位電解を行い,析出物を蛍光X線およびXPSにて解析した。

Cathodic total polarization curves measured by linear sweep voltammetry in solutions of Zn–V and Zn. (Bath 1: Zn–V, Bath 2: Zn) (Online version in color.)
Znの析出開始電位より貴な−0.8 Vにて定電位電解を行い得られた析出物の定量分析結果をTable 2に示す。比較のため,電解を行わずに液に浸漬したのみの鋼板についても定量分析を行った。めっき液に浸漬したのみの鋼板からはZnとVのいずれも検出されなかったのに対して,−0.8 Vの定電位電解により得られた析出物からはZnは検出されずVのみが検出された。
| Bath type | Dipping time [min]  | 
                                    Electroplating | Zn [g/m2]  | 
                                    V [mg/m2]  | 
                                |
|---|---|---|---|---|---|
| Potential [V] | time [min] | ||||
| Bath1 | 30 | −0.8 | 60 | N.D. | 110 | 
| Bath1 | 90 | − | − | N.D. | N.D. | 
N.D.: Not Detected.
−0.8 Vの定電位電解により得られた析出物についてXPS解析して得られたV 2pナロースペクトルをFig.6に示す。Vのナロースペクトルは3価の位置にピークがあり,Vは主に3価の化合物として存在していることがわかった。

XPS spectra of V in the deposits obtained at −0.8 V for 60 minutes in Zn–V bath. (Zn–V bath is Bath 1 shown in table 1) (Online version in color.)
次に,−0.8 Vの定電位電解により得られた析出物の深さ方向の元素濃度をFig.7に示す。析出物はVとOで構成されており,VとOの原子濃度比は2.5~3であることが分かった。これらの結果から,−0.8 Vの定電位電解により得られた析出物は,式(2)で表される還元反応により,Vが3価の水酸化物として析出したものと考えられる。
| (2) | 

Depth profiles of concentration of V and O in the deposits obtained at −0.8 V for 60 minutes in Zn–V bath. (Online version in color.)
Fig.8にV–H2O系の電位−pH図を示す23)。溶液中のV濃度は0.8 mol/Lであり,Vイオンの活量係数は1と仮定した。使用した熱力学的データは,Pourbaix23)より引用した。本研究で使用した電解液(pH2.1)では,VはVO2+として存在する13,14,17)が,Fig.8に示すように電位が卑に移行すると,V3+が安定となる。一方,pHが2.5より高くなると,V3+は加水分解反応を起こし,V(OH)3が安定となる。酸性溶液からの電解では,陰極において水素が発生するため,陰極界面のpHが上昇する。このpHが加水分解反応を起こす臨界値を越えると陰極界面ではV3+は加水分解反応によりV(OH)3として安定に存在することが予想される。すなわち,本研究におけるZnめっき開始電位より貴な電位域においては,Fig.8中の赤矢印(点線)に示す経路を通り,3価のV化合物が形成されたと考えられる。

Potential-pH diagram for V–H2O system at 25°C. (aV=0.8) (Online version in color.)
一方,硫酸塩浴からのZn析出における臨界電流密度は,式(3)を成立させるための水素発生に対する過電圧ηHInhを生じさせる水素発生電流密度に相当することが報告されている24,25,26)。
| (3) | 
ここでEHeq,EZneqはそれぞれ水素発生とZn析出の平衡電位であり,ηH0は水素発生の最小過電圧,ηHInhは,水素発生抑制剤が表面に存在する時の水素発生の過電圧を示す。本研究の硫酸塩浴からのZnめっき(Bath 2)におけるEHeq,EZneq,ηH0,ηHInhは,Fig.5に示す通りである。EHeq(−0.12 V)よりηH0(0.21 V)卑な電位である−0.33 Vにおいて水素発生が始まり,水素発生抑制剤により更にηHInh(0.43 V)卑な電位に移行することにより,EZneq(−0.76 V)に到達し,Zn析出が始まる。酸性浴からのZnめっきでは,陰極界面での水素発生反応(2H++2e−→H2)によるpH上昇によりZn2+イオンが加水分解(Zn2++2H2O→Zn(OH)2+2H+)して反応中間体Zn(OH)2が形成される。このZn(OH)2が水素発生に対する過電圧ηHInhを形成するとされている24,25,26)。硫酸塩浴からのZnめっきでは,Znの析出開始電位より貴な領域では,水素発生のみが生じている27)。
このため,臨界電流密度は,式(3)を成立させるための水素発生に対する過電圧ηHInhを生じさせる水素発生電流密度であると定義されている24,25,26)。しかし,本研究における硫酸塩浴からのZn–V複合めっきでは,Znの析出開始電位より貴な領域では,水素発生に加え,Vの4価から3価への還元が生じている。そこで,Zn–V複合めっき浴におけるZnの臨界電流密度は,式(3)が成立している時の水素発生とVの4価から3価への還元電流密度の総和であると推察される。すなわち,Zn–V複合めっき浴では,水素発生に加えて,Vの4価から3価への還元電流が加わるため,式(3)が成立するための電流密度,すなわち臨界電流密度が増加したと考えられる。
3・1・2 Znめっき開始よりも卑な電位域における挙動筆者らは前報にて,横型フローセルを用いてZnの析出開始電位より卑な電位域において作製したZn–V複合電気めっき膜の構造を解析した結果,めっき膜中に含まれるVはpH増大に伴う加水分解反応により析出した4価の化合物であることを報告している27)。Znめっき開始電位より卑な電位域では,水素発生速度が速くなるため,pHの上昇速度も速くなり,VO2+イオンは,V3+に還元される前に加水分解反応を起こし,4価のV化合物としてZnと共析すると考えられる。すなわち,Fig.8中の黒矢印(実線)に示す経路を通り,4価のV化合物が形成され共析したと考えられる。
Znめっき開始電位より卑な電位域におけるZn–V複合電気めっき挙動を更に詳細に解析するため,横型フローセルを用いて,7000 A/m2にて通電量を変化させて作製した供試材のめっき膜中V含有率を調査した。Zn–V複合電気めっき鋼板を作製するためにはめっき液の流速と電流密度を適切に制御する必要があることが報告されており17),先行研究と同条件で供試材を作製した。前項で述べた全分極曲線(Fig.5)は静止浴(Fig.2)で測定しており,横型フローセルを用いためっき浴とは液の流動状態が異なるため電流密度の数値に大きな差が生じたと推定される。通電量とめっき膜中V含有率の関係をFig.9に示す。通電量が1400 C/m2(通電時間0.2 s)のめっき初期ではZnが検出されず,めっき膜中V含有率が100%となった。通電量の増加に伴いめっき膜中V含有率は減少する傾向を示した。これはZnが析出し始めたためである。通電量が4000 C/m2以上になると,めっき膜中V含有率は約4~9 mass%の範囲でほぼ一定となった。

Relationship between amount of charge and V content in deposits obtained at 7000 A/m2 in Zn–V bath.
7000 A/m2にて通電量を変化させて作製した供試材の断面SEM像をFig.10に示す。通電量が1400 C/m2ではV化合物のみが認められ,Znの析出は見られなかった(Fig.10(a))。通電量が8400 C/m2(通電時間1.2 s)の場合,電場方向にZnの特定な面が配向するいわゆるZnの電場配向繊維状組織がわずかに認められた(Fig.10(b))。V化合物は,Znの上部に若干見られた。その後,通電量が28000 C/m2(通電時間4 s)まで増大すると,Znの電場配向繊維組織とV化合物の非電場配向組織からなるZn–V複合めっき膜が認められた(Fig.10(c))。V化合物は,Znの板状結晶と板状結晶の隙間に共析していた。

Cross sectional SEM images of the Zn–V composite films obtained at various amounts of charge at 7000 A/m2. (a) 1400 C/m2, (b) 8400 C/m2, (c) 28000 C/m2 (Online version in color.)
以上のFigs.9, 10の結果から,Zn–V複合めっきでは,めっき初期にV化合物が優先析出し,その後Znが電場配向繊維組織状に析出することが判明した。著者らは,前報にて,高電流密度でのZn–V複合めっきにおいて,Znが電場配向繊維状に成長する場合,基板に対してほぼ直立したZnの板状結晶と板状結晶の間に,VO2+の加水分解により形成されるV化合物が共析することを報告している17)。
本研究と前報17)の結果を基に,Zn–V複合電気めっき膜の形成挙動をFig.11(a)~(e)の様に推察した。

Schematic diagram of formation behavior of Zn–V composite films. (Online version in color.)
(a)電気めっき初期では陰極界面での水素発生反応(2H++2e−→H2)によるpH上昇によりVO2+イオンが加水分解され,Vの化合物が析出する。
(b)Zn2+イオンが陰極面に形成されたV化合物の中を透過して基板FeとV化合物の界面に移動する。
(c)基板FeとV化合物の界面にてZnが析出を開始し,その析出に伴い,Znの上部に存在するV化合物は上方に押し上げられる。
(d)V化合物が上方に押し上げられる際,基板に対してほぼ直立に成長するZnの板状結晶と板状結晶の間の隙間にV化合物が取り込まれる。
(e)Znの析出は,Zn上で起こり,その際,水素発生反応によるpH上昇によりVO2+イオンが加水分解され,新たなVの化合物が形成される。
以下,(d),(e)の過程が繰り返し生じる。
3・2 塗膜密着性Fig.12にZn–V複合電気めっき鋼板およびEGの塗膜密着性試験結果を示す。基材としてZn–V複合電気めっき鋼板(めっき付着量5 g/m2,めっき膜中V含有率5 mass%)およびEG(めっき付着量20 g/m2)を用いた。いずれも塗装前に化成処理は行っていない。Zn–V複合めっき鋼板を基材とした(a)ではクロスカット部においても塗膜剥離は認められなかった。一方,EGを基材とした(b)は疵部だけでなく,健全部においても塗膜剥離が認められた。

Appearance after adhesion test for painted specimens. (a) Zn–V, (b) EG. (Online version in color.)
Zn–V複合電気めっき鋼板のめっき付着量とめっき膜中V含有率が塗膜密着性に及ぼす影響をFig.13に示す。圧延無しのめっきまま材では,めっき膜中のV含有率が3.8 mass%以上になると,塗膜剥離が起こらず,良好な塗膜密着性を示した(Fig.13(a))。この傾向は,めっき付着量が変化しても同様であり,Zn–V複合電気めっき鋼板の塗膜密着性に及ぼすめっき付着量の影響は認められなかった。一方,表面に金属ロールを圧下し,表面粗度を小さくした供試材の塗装密着性をFig.13(b)に示す。めっき付着量が9 g/m2未満の領域では,V含有率にかかわらず塗膜剥離が見られ,圧延無しのめっきまま材(a)に比べ塗膜密着性は劣化した。しかし,めっき付着量が9 g/m2以上になると,めっき膜中のV含有率が3.8 mass%以上では,塗膜剥離が起こらず,圧延無しの場合(a)と同様の傾向を示した。

Effect of plating weight and V content in Zn–V composite films on the paint adhesion. (a) without rolling, (b) with rolling. (Online version in color.)
Table 3にZn–V複合電気めっき鋼板およびEGの塗膜密着性試験結果をまとめた。何れの供試材とも金属ロール圧下により表面粗度が低下し,圧延後は,Zn–V複合電気めっき鋼板とEGの表面粗度は同等となった。Zn–V複合電気めっき鋼板のめっき付着量が4.5 g/m2である供試材1は,圧延により表面粗度が低下すると塗膜密着性が低下した。一方,Zn–V複合電気めっき鋼板のめっき付着量が9.0 g/m2である供試材2は圧延により表面粗度が低下しても塗膜密着性は低下しなかった。めっき付着量が多くなると,めっき膜表面にVの化合物が多く存在し,これらが塗膜と化学結合を形成するため,良好な塗膜密着性を発現したと考えられる。以上の結果から,塗装前に化成処理を行わなくてもZn–V複合電気めっき鋼板が高い塗膜密着性を示す理由は,めっき膜の粗度に起因するアンカー効果およびめっき膜表層に存在するVの化合物の官能基に起因すると推察される。
| Specimen No. | Amount of plating [g/m2]  | 
V content [mass%] | Without rolling | With rolling | Remark | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Ra [μm] | Adhesion | Ra [μm] | Adhesion | ||||
| 1 | 4.5 | 4.0 | 1.7 | No peeling | 0.8 | Peeling | Zn–V | 
| 2 | 9.0 | 3.8 | 2.1 | No peeling | 0.8 | No peeling | Zn–V | 
| 3 | 20 | 0 | 1.0 | peeling | 0.8 | Peeling | EG | 
Fig.14にZn–V複合電気めっき鋼板のめっき膜中V含有率と放射率の関係を示す。めっき付着量は2.0~10 g/m2のものを用いた。Zn–V複合電気めっき鋼板の放射率はめっき膜中V含有率と線形の相関が認められた。

Relationship between V content in plating films and emissivity of Zn–V plated steel sheets. (Zn–V plating weight: 2.0~10 g/m2)
最も高い放射率を示したZn–V複合電気めっき鋼板(めっき付着量2.0 g/m2,めっき膜中V含有率10 mass%)に化成処理皮膜を被覆して,化成処理皮膜中カーボンブラック濃度と明度(L*値)の関係を調査した。その結果をFig.15に示す。比較のため,EG についても同様の調査を行った。Zn–V複合電気めっき鋼板,EGともに化成処理皮膜中のカーボンブラック濃度の増大に伴い,L*値が低減する傾向を示した。また,Zn–V複合電気めっき鋼板はEGと比較してL*値が低く,化成処理皮膜中カーボンブラック濃度が5~10 mass%の範囲でL*値はほぼ一定の値を示した。これはZn–V複合めっき膜は元々明度が低い17)ためであり,EGよりも少ないカーボンブラック濃度で黒色外観が得られることが分かった。

Relationship between carbon black content in chemical conversion coatings and lightness. (Chemical conversion layer: 1 μm, Zn–V plating weight: 2.0 g/m2, V content: 10 mass%)
Fig.16に化成処理皮膜中カーボンブラック濃度と放射率の関係を示す。Zn–V複合電気めっき鋼板,EGともに化成処理皮膜中のカーボンブラック濃度の増大に伴い,放射率が増加した。化成処理後においても,カーボンブラック濃度に関わらずZn–V複合電気めっき鋼板はEGよりも高い放射率を示した。これはFig.14に示したとおり,めっき膜の放射率が異なるためである。一般的に,酸化物や水酸化物は自由電子が少なく赤外線を反射しにくいこと,格子振動の振動数の範囲が広く,振幅が大きいこと,表面に微細構造が形成されること,などの理由から金属と比べて赤外線を吸収しやすく,高い放射率を有する。Zn–V複合電気めっき鋼板がEGに比べて高い放射率を示す理由としては,めっき膜中のVの化合物が影響を及ぼしていると推察される。

Relationship between carbon black content in chemical conversion coatings and emissivity. (Chemical conversion layer: 1 μm, Zn–V plating weight: 2.0 g/m2, V content: 10 mass%)
Fig.17にZn–V複合電気めっき鋼板およびEGの吸放熱試験結果を示す。供試材としては,同一化成処理皮膜を表裏に被覆したZn–V複合電気めっき鋼板,EGおよび化成処理膜を被覆していないZn–V複合電気めっき鋼板の3種を用いた。Zn–Vめっき鋼板およびEGはFig.15,Fig.16に示したものと同一のものを使用した。化成処理皮膜厚は1 µm,化成処理皮膜中カーボンブラック濃度は10 mass%とした。Zn–V複合電気めっき鋼板((1),(2))はEG(3)と比較してBOX内温度が低く,EG(3)との温度差は化成処理無し材(1)で最大10°C,化成処理被覆材(2)で最大13°Cであった。本結果から,Zn–V複合電気めっき鋼板を電気機器などの筐体に用いると,内部の熱を系外に放出する効果が得られることが分かった。

Heat releasing behavior of Zn–V plated steel sheets and EG. (1) Zn–V plating, (2) Zn–V plating with chemical conversion coating, (3) EG with chemical conversion coating (Chemical conversion layer: 1 μm, Carbon black content: 10 mass%, Zn–V plating weight: 2.0 g/m2, V content: 10 mass%) (Online version in color.)
Zn–V複合電気めっき鋼板のめっき膜の形成挙動を電気化学的手法を用いて調べると共に塗膜密着性および吸放熱性を調査した。得られた知見を以下に記す。
(1)Zn–V複合めっきでは,めっき初期にV化合物が優先析出し,その後Znが電場配向繊維組織状に析出することが分かった。めっきの進行に伴い,Znの電場配向繊維組織とV化合物の非電場配向組織からなるZn–V複合めっき膜が形成され,V化合物は,Znの板状結晶と板状結晶の隙間に共析した。
(2)Znめっきが開始する臨界電流密度は,Zn浴よりZn–V浴の方が約20倍高くなった。Zn–V浴では,Znの析出が開始する電位より貴な電位域において,水素発生反応に加えてVイオンが4価から3価に還元される反応が生じ,このVイオンの還元のため,臨界電流密度が高くなったと考えられる。
(3)Zn–V複合電気めっき鋼板はEGよりも塗膜密着性に優れていた。塗装密着性に優れる要因としては,表面粗度が大きいことによるアンカー効果およびめっき膜中のVの化合物と塗膜間の化学結合の形成が考えられる。
(4)Zn–V複合電気めっき鋼板はEGよりも高い放射率を有していた。このため,化成処理皮膜被覆後の放射率も高く,高い放熱性を有していた。これは,Zn–Vめっき膜中のVの化合物に起因すると考えられる。
本研究は,JSPS科研費JP 24K01217の助成を受けて行われました。ここに謝意を表します。