鉄と鋼
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論文
凝固過程のミクロ偏析による溶質濃度分布の定量的理解
川西 咲子 寺島 慎吾塚原 優希助永 壮平江阪 久雄柴田 浩幸
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電子付録

2025 年 111 巻 3 号 p. 75-84

詳細
Abstract

Microsegregation of solute components during the solidification process causes solute pile-up in the liquid phase, which strongly affects the formation behavior of inclusions. However, there is no quantitative evaluation of solute concentration distribution during dendritic growth. In this study, we established an in-situ observation method for quantitative evaluation of solute concentration distribution using model materials with fluorescent reagents to clarify how the solute pile-up progresses due to microsegregation. In addition to evaluating the physical properties of the model materials necessary for this study, a quantitative evaluation of solute concentration distribution during dendritic growth was successfully achieved. Numerical analysis, taking into account the equilibrium partition of solute components and solute diffusion in each phase, reproduced the measured solute concentration distribution in the liquid phase. Thus, the solute concentration distribution was evaluated by the actual measurement and numerical analysis, and it was clarified that a relatively simple model can represent the progress of microsegregation.

1. 緒言

凝固過程における溶質成分のミクロ偏析は,液相中の溶質の濃化を引き起こすため,この濃化により溶解度を超えて晶出する二次介在物の挙動にも直接影響する因子である1,2,3)。溶鋼からのMnSおよびTiN介在物の晶出に関して,ミクロ偏析およびKWNモデル4)の融合により介在物のサイズ分布を速度論的に求めるモデルが提案された5)。一方,介在物の生成が,いつ,どこで,どの過飽和度で生じたのかについては明らかではない。この解明に向けては,凝固過程における過飽和度の分布と核生成挙動の理解が求められる。しかし,デンドライト成長が進行する凝固過程でのミクロ偏析により一次および二次アーム間においてどのような溶質濃度分布となるかについて,実際に測定された例はない。一次アーム間の溶質濃度に関するこれまでの検討において,Burden and Hunt6)は,デンドライトの前方から付け根方向に向けて直線的に溶質濃度が上昇する模式図を描いている。また,Parkら7)は,サクシノニトリル–水系に染料を添加した溶液を用いて平板状のデンドライト成長のその場観察を行った。樹間における染料由来の濃淡を基に,定性的ではあるが溶質濃度が一次アーム間でS字カーブを描くように変化することを述べるとともに,Kurz and Fisher8)の提案した最終凝固部での溶質濃化の考えに基づいたミクロ偏析予測との比較により,実測および解析結果の定性的な一致を報告している。このように,定性的な理解は進みつつあるが,回転対称性をもつ立体形状のデンドライト周囲での溶質濃度を,定量的に評価した例はない。そこで本研究では,蛍光試薬を添加したモデル材料を用いて溶質濃度分布を定量的に評価する手法を確立し,ミクロ偏析に伴う溶質の濃化がどのように進行するのかをその場観察により明らかにすることを目的とした。溶質濃度分布の評価は,ミクロ偏析に由来する介在物の生成挙動の解明に直結する事項である。本研究では,模擬介在物としても取り扱うことの可能な溶質成分を含む系を用いることで,その未飽和度の評価も試みた。

2. 実験原理および方法

2・1 ミクロ偏析の可視化の原理と蛍光試薬の選択

凝固過程のその場観察を行う模擬材料に,サクシノニトリルを溶媒とし,水および蛍光試薬を溶質とする三元系溶液を用いた。凝固過程では,ミクロ偏析により液相への水および蛍光試薬の濃化が進行する。蛍光顕微鏡を用いた蛍光イメージングでは,得られる蛍光強度が蛍光試薬濃度に依存することから,試薬濃度と蛍光強度の関係をもとに溶質濃度分布の定量評価が可能となる。一方,サクシノニトリル–水–蛍光試薬の三元系溶液における蛍光強度は,蛍光試薬濃度に加え,溶液の温度や水濃度にも依存する可能性がある。そこで,蛍光分光光度計(FP-8500,日本分光(株))を用いて蛍光試薬のスクリーニングを行い,Fig.1(a)に構造を示すLumogen F Yellow 083(BASF(株)。以降,ルモゲンイエローと記載する。)を選択した。ルモゲンイエローを含む溶液を用いて,励起波長365 nmにて測定した蛍光スペクトルの温度,水濃度,蛍光試薬濃度依存性をFig.1(b)-(d)に示す。蛍光スペクトルの形状および強度は,温度および水濃度の双方に依存せず,蛍光試薬濃度にのみ依存した。また,他の励起波長においても同様の傾向が得られた。よって,蛍光イメージングにあたり蛍光強度とルモゲンイエロー濃度の関係を予め取得しておくことで,ルモゲンイエローの濃度分布を定量的に評価することができる。さらに,ルモゲンイエローはその構造から分かるように非極性物質であるため,同じく非極性のサクシノニトリルには僅かに溶解するものの,極性を有する水に対して殆ど溶解度をもたない。よって,サクシノニトリル–水–ルモゲンイエローの三元系溶液の凝固過程では,水およびルモゲンイエローのミクロ偏析の進行に伴い,ルモゲンイエローが濃化することに加え,水の濃化によるルモゲンイエローの溶解度の低下も予想される。すなわち,凝固の進行に伴いルモゲンイエローが過飽和となり,摸擬介在物として晶出する可能性もある。

Fig. 1.

(a) Structure of Lumogen F Yellow 083 and (b)–(d) fluorescence spectrum of succinonitrile–water–lumogen yellow (LY) solution. (a) Temperature, (b) water concentration, and (c) fluorescent reagent concentration dependences. (Online version in color.)

2・2 蛍光イメージングの方法

2・2・1 デンドライト成長の観察

サクシノニトリル中の不純物は凝固シェルの形状等に影響を及ぼすことが知られている9)。本研究で用いたサクシノニトリル(>99.9%,東京化成工業(株))中の主たる不純物は,溶質成分にも用いる水であったことから,水濃度を精度よく調整するために,モレキュラーシーブス(3A)を60 °Cにて24 h以上共存させて水分を除去した。カールフィッシャー水分計(831型KFクーロメーター,メトローム(株))を用いて測定した脱水後のサクシノニトリル中の水分量は70 ppmであった。このサクシノニトリルにイオン交換水およびルモゲンイエローを所定の濃度になるよう添加し,サクシノニトリル–水–ルモゲンイエロー溶液を作製した。

凝固過程の蛍光イメージングには,倒立型の蛍光顕微鏡(IX83,(株)エビデント)を用いた。Fig.2(a)に試料および観察系の模式図を示す。温度勾配を付与可能な加熱・冷却ユニット上に,サクシノニトリル–水–ルモゲンイエロー溶液を封入した凝固観察用のガラスセル(幅25 mm×長さ76 mm×溶液厚み150 µm)を設置した。このガラスセルを,マイクロメーターおよび駆動用モーターを用いて低温側に100 µm s−1の一定速度で動かし,デンドライト成長を促した。落射蛍光照明として100 Wの水銀照明装置(U-LH100HGAPO,(株)エビデント)を用い,励起波長405(±10)nm,蛍光波長520(±10)nmでの蛍光観察を,10倍の対物レンズを用いて行った。蛍光イメージングにはsCMOSカメラ Zyla 4.2(Andor,Oxford Instruments(株))を用い,露光時間60 msにて撮影を行った。観察視野内で凝固シェルの先端位置が動かない,すなわち凝固速度が駆動速度である100 µm s−1と一致した状態を定常状態とみなし,このときの駆動速度を凝固速度としてその後の評価に用いた。試料の温度分布測定には赤外線カメラ(T530,Teledyne FLIR LLC)を用い,ガラスセル表面を放射率0.95として測温した。なお,測温値は僅かではあるが実際の溶液温度との誤差を生じるため,直径0.1 mmのT熱電対を用いてガラスセル内部の溶液を測定した温度を用いて,赤外線カメラでの計測値を補正した。観察視野における液相領域での直線的な温度分布から温度勾配を算出した。

Fig. 2.

(a) Schematic of fluorescence imaging using a fluorescence microscope and (b) relation between fluorescence intensity and lumogen yellow concentration. (Online version in color.)

溶質濃度の定量評価を行うため,凝固観察と同条件にてルモゲンイエローの濃度と蛍光強度の関係を調査した。ルモゲンイエロー濃度と蛍光強度の関係をFig.2(b)に示す。なお,各濃度での蛍光強度には10回撮影した平均ピクセル強度を用いた。ルモゲンイエロー濃度が50–200 µmol L−1の範囲において,蛍光強度は濃度に対して直線的に増加した。よって,線形回帰分析により得た直線関係を用いることで,凝固観察時の蛍光強度から溶液中のルモゲンイエロー濃度の分布を定量評価することができる。蛍光観察像から濃度イメージング像を得る際には,MATLAB R2023aを用いて画像処理を行った。

2・2・2 平衡分配係数・拡散係数の評価

凝固に伴うミクロ偏析により,凝固界面近傍の溶液内では水およびルモゲンイエローの濃度勾配を生じ,それらとサクシノニトリルとの相互拡散が進行する。このときの濃度分布の時間変化を把握するためには,各成分についての平衡分配係数およびサクシノニトリル中での拡散係数が必要となる。サクシノニトリル中での水の拡散係数についての実測値は無いものの,Esakaら10)により,サクシノニトリル中でのアセトンの拡散係数であるDL=1.3×10−9 m2 s−1と同等として扱うことで,サクシノニトリル–水系での一方向凝固の結果を矛盾なく説明できることが示されている。さらに,その際の平衡分配係数をk0=0.09と評価していることから,本研究でもサクシノニトリル–水系においては,これらの値を用いることとした。一方,ルモゲンイエローについては報告値が無く,分子量も大きいことから,他の溶質での報告値を適用することができない。そこで,2・2・1項と同じ装置を用いてサクシノニトリル–ルモゲンイエロー溶液を平滑界面が得られる条件で一方向凝固させ,界面前方に得られるルモゲンイエローの濃度プロファイルをもとに平衡分配係数および拡散係数を評価することとした。溶液中の初期ルモゲンイエロー濃度はC0=80 µmol L−1とし,温度勾配G=7000 K m−1にて凝固速度V=2.5 µm s−1での一方向凝固を行った。

2・3 液相線温度の評価

サクシノニトリルへの水添加時の液相線温度については液相線勾配(mH2O=−6.1 K mass%−1)が報告されている11)が,ルモゲンイエロー添加時の液相線温度は不明である。そこで,サクシノニトリル–Camphor系での液相線温度の決定方法12)に倣い,本研究では示差走査熱量計(DSC6220,(株)日立ハイテクサイエンス)を用いてサクシノニトリル–ルモゲンイエロー系の液相線温度を評価した。10 mgの試料を密閉タイプのAlパンにて保持し,昇温速度2, 5, 10 K min−1での測定を行った。各昇温速度での融解による吸熱ピークの終了時の温度を読み取り,得られた結果の線形回帰分析を行い,0 K min−1に外挿して得られた温度を液相線温度とした。

2・4 ルモゲンイエローの溶解度

蛍光イメージングによりルモゲンイエローのミクロ偏析を定量的に評価するためには,濃化した溶液中のルモゲンイエローが,その溶液における溶解度以下である必要がある。また,2・1項で述べたように,ルモゲンイエローが過飽和となれば模擬介在物として晶出する可能性もある。そこで,サクシノニトリル–水系溶液におけるルモゲンイエローの溶解度を調査した。恒温槽に所定の濃度に調整した溶液を保持し,少量ずつルモゲンイエローを添加して超音波振動を与えた際の溶け残りの有無から溶解度を決定した。水のミクロ偏析を考慮して想定される凝固温度および溶液組成から,対象とする温度範囲は303–333 K,水濃度は0–8 mass%とした。

3. 実験結果および考察

3・1 平衡分配係数および拡散係数

液相と比べ固相内での拡散は十分に遅いことから,固相内無拡散を,また,薄いガラスセル内に試料が保持されているため,液相内無撹拌をそれぞれ仮定した。また,十分に凝固速度が小さいため溶質であるルモゲンイエローは固液間で平衡分配を生じたと考えられる。これらの仮定のもとに,平滑界面を維持した一方向凝固において,定常状態にて成立するTillerの式13)は以下の式で示される。

  
CLY(x)=C0{1+(1k0)k0exp(VDLx)}(1)

ただし,CLYx)は固液界面からの位置xにおける液相中の溶質(ルモゲンイエロー)濃度,C0は溶質初期濃度,k0は平衡分配係数,Vは凝固速度,DLは液相における溶質の拡散係数である。定常状態に至ったと判断した後に得られたルモゲンイエローの濃度イメージング像および濃度プロファイルをFig.3(a)および(b)に示す。なお,Fig.3(b)における固相中のルモゲンイエロー濃度は,凝固初期にはC0kであり,定常状態ではC0であることを踏まえ,これらがそれぞれ画像内の初期凝固部および界面近傍での濃度に相当し,液相と同様に蛍光強度とルモゲンイエロー濃度に直線性が成立すると仮定して求めたものである。固相中のルモゲンイエロー濃度は界面近傍にて一定に近づきつつある。一方液相では,ルモゲンイエローのミクロ偏析により,凝固界面前方でルモゲンイエローが濃化することが確認された。式(1)を用いて,得られた濃度プロファイルに対してLevenberg-Marquardt法による最小二乗法を行った結果をFig.3(b)中の赤線で示す。濃度プロファイルとよく一致し,拡散係数としてDL=2.68×10−10 m2 s−1を,平衡分配係数としてk0=0.428を得た。

Fig. 3.

(a) Concentration imaging during solidification with a smooth interface and (b) concentration profiles at white line in (a). The red curve in (b) indicates the fitting result using Tiller's equation. (Online version in color.)

3・2 液相線温度

昇温速度と吸熱ピーク終了時の温度の関係をFig.4(a)に示す。純サクシノニトリルにおいて0 K min−1への外挿により得られた融点は,331.15 Kであり,文献値である331.23 K14)とほぼ一致した。ルモゲンイエローを含む試料に対しても同様に評価して得られたサクシノニトリル–ルモゲンイエロー系の液相線温度をFig.4(b)に示す。ルモゲンイエロー濃度が0–600 µmol L−1の範囲における液相線温度は331.15–330.37 Kであり,線形回帰分析により液相線勾配(mLY=−0.00126 K(µmol L−1−1)が得られた。ここで組成的過冷を考慮すると,平滑界面を維持した凝固が得られる臨界凝固速度Vcは次式より評価できる。

  
Vc=k0DLGmC0(k01)(2)
Fig. 4.

(a) Heating rate dependence of temperature at the end of endothermic peak and (b) liquidus temperature of succinonitrile–lumogen yellow system. (Online version in color.)

この式より,3・1項での凝固条件における臨界凝固速度はVc=13.2 µm s−1と求められる。実際の凝固速度V(=2.5 µm s−1)は,VVcを満たしていることから,3・1および3・2項で求めた物性値が妥当であることを示唆している。ごく僅かな液相線勾配を有するものの,3・4項にて後述する凝固観察においては,水およびルモゲンイエローの濃化の程度を考慮すると,液相線温度の低下は水による影響が支配的である。よって以降の検討では,サクシノニトリル–水–ルモゲンイエロー系の液相線温度は水濃度のみに依存し,ルモゲンイエローの添加による影響を無視することとした。

3・3 ルモゲンイエローの溶解度

各水濃度の溶液で得られたルモゲンイエローの溶解度の温度依存性をFig.5に示す。各組成の溶液にて,温度の上昇に伴い溶解度が増加することが確認された。また,水の濃度が増加すると,ルモゲンイエローの溶解度が減少した。これは,2・1項で述べたように,ルモゲンイエローは非極性分子であるため,極性分子である水への溶解度が極めて小さいためと考えられる。得られた結果の重回帰分析より,ルモゲンイエロー溶解度CeqLYの温度および水濃度依存性として以下の関係を得た。

  
CLYeq/μmolL1=5.6908T/K22.508CH2O/mass%1445.6(3)
Fig. 5.

Temperature dependence of solubility of lumogen yellow in molten succinonitrile–water. (Online version in color.)

ルモゲンイエローおよび水のミクロ偏析が進行すると,液相線温度の低下に応じて凝固界面温度が低下するほか,界面前方での水濃度が増加するため,式(3)よりルモゲンイエロー溶解度は減少する。よって,ルモゲンイエローは,ミクロ偏析に伴い未飽和および過飽和を大きく変動させることが可能な溶質であり,式(3)を用いることで,蛍光イメージング像を基に未飽和度および過飽和度の推算も可能となる。

3・4 ミクロ偏析の挙動

サクシノニトリル−1 mass% 水−65 µmol L−1 ルモゲンイエロー溶液を用い,温度勾配G=7600 K m−1,凝固速度V=100 µm s−1でデンドライト成長を進行させた際の蛍光画像をFig.6(a)に,Fig.2(b)の検量線を用いて得られた液相中のルモゲンイエローの濃度マップをFig.6(b)に示す。また,濃度マップの動画をMovie S1(Supporting Information)に示す。なお,界面の移動速度とガラスセルの駆動速度が一致し定常状態となった後に撮影を開始した。デンドライトの一次アーム間隔はλ1=136 µmで等間隔に整列しており,1 mm程度の凝固距離に亘りアーム間隔は一定であった。Fig.6(a)では沖合の液相と比べてデンドライトの樹間の液相領域にて蛍光強度が高く,ルモゲンイエローが濃化していることがわかる。また,固相を含む視野では蛍光強度が低いことから,ルモゲンイエロー濃度の定量はできないものの,ルモゲンイエローが液相中に濃化した結果を反映している。Fig.6(b)より,デンドライト樹間のルモゲンイエロー濃度は,いずれの樹間でも同様にデンドライト先端から付け根部分に向かうにつれて増加している。Fig.6(b)中の黒破線枠で囲ったデンドライトの樹間1–3におけるルモゲンイエロー濃度のプロファイルをFig.7のLines 1–3にて示す。各プロファイルにやや上下動が見られるのは,濃度プロファイルを得た樹間1–3において二次アームによる固相をわずかでも含む場合に蛍光強度が低下し,液相中ルモゲンイエロー濃度を過小評価するためである。よって,過小評価に相当する下に凸の領域を除外してプロファイルを眺めると,Parkら7)が染料を用いて定性的に評価したときと同様に緩やかなS字カーブを描くような変化である。デンドライト先端より0–100 µmの位置では初期濃度の65 µmol L−1程度であり濃度変化は小さく,100–300 µmの領域では付け根に近づくにつれて85 µmol L−1程度まで濃度が増加し,300 µm以降では大きな変化がない。

Fig. 6.

(a) Fluorescence intensity and (b) lumogen yellow concentration maps during dendrite growth using succinonitrile–water–lumogen yellow solution. Size of each image is 1 mm × 1 mm. Solidification velocity is V = 100 μm s–1 and temperature gradient is G = 7600 K m–1. (Online version in color.)

Fig. 7.

Lumogen yellow concentration profiles along the centerline of interdendritic region in Fig. 6 (Lines 1–3) and calculated result. (Online version in color.)

3・5 溶質濃度分布および未飽和度の推定

3・5・1 垂直断面における溶質濃度分布

Parkら7)がミクロ偏析の定性的な評価を行った際には,溶液厚みが10 µm以下の薄いガラスセルを用いることで二次アームを水平面内に発達させ,それらをグループ化して板状と捉えて溶質濃度分布の推定を行った。一方,本研究では一次アーム間隔(λ1=136 µm)と同等となるよう溶液厚みを150 µmに調整して凝固を進行させた。また,二次アームの成長方向はサクシノニトリルの優先成長方向である<100>に相当することから,Fig.6の観察像の面内方向だけでなく,奥行方向にも等方的に二次アームが発達し,一次アームを軸とする四回対称の形状であったと考えられる。実際には個々の二次アーム間でもミクロ偏析が進行するが,それは無視して,Fig.8に示す垂直断面の模式図のように,二次枝の断面を,正方形を45°回転させた形状とみなし,二次枝全体をグループ化して捉えることとした。この正方形で示される固相領域が,最終的にはその対角線が一次アーム間隔と同じになるまで徐々に拡大しながら凝固が進行するとみなした。このとき,対称性を考慮した最小区分はFig.8中のABCDの領域,すなわち,一辺が一次アーム間隔の半分に相当する正方形であり,これを斜めに20分割して溶質濃度分布の推定を行うこととした。この区分分けした領域の面積を考慮し,Matsumiyaら15)の提案した固液各相における拡散による溶質輸送と溶質の平衡分配を考慮した解析方法に倣い,各区分での水およびルモゲンイエロー濃度の数値解を求めた。このとき,各区分における溶質濃度は,溶質濃度から算出される液相線温度と冷却により変化する温度が一致したタイミングで決まるとし,一つずつ凝固界面位置を進行させることで,各界面位置における溶質濃度分布を解析した。解析に用いた物性値10,11,16)Table 1に示す。ここで,本研究での蛍光観察における光学系では,溶液の厚み方向全域からのルモゲンイエローに由来する蛍光を,平均的な蛍光強度としてカメラで検出している。よって,実測した溶質濃度と対応づけるため,厚み方向に横断する各区分での溶質量の総量の平均値を求め,厚み方向における平均溶質濃度を算出した。この際,面内方向で徐々に変化する平均溶質濃度を詳細に評価するため,正方形ABCDにおいて面内方向に30等分し,それぞれでの平均濃度を算出することとした。

Fig. 8.

Model of dendrite growth shown in transverse cross-section. Area ABCD indicates the minimal portion for analysis by numerical analysis. (Online version in color.)

Table 1. Physical properties of succinonitrile–water–lumogen yellow system.

ElementDiffusion coefficient of liquid phase*1, DL / m2 s–1Partition coefficient,
k0
Liquidus slope*3,
mi / K mass%–1
Water1.3 × 10–9 *2 10)0.09 10)–6.1 11)
Lumogen yellow2.68 × 10–10 (This study)0.428 (This study)~0 (This study)

*1 Diffusion coefficients of solid phase was assumed to be 1/100 of those of liquid phase.

*2 Diffusion coefficient of acetone in molten succinonitrile16) is utilized because no data have been measured and the value has been confirmed to be applicable to the present system10).

*3 Liquidus temperature TL was calculated using the following Kawawa’s equation17);

TL=TM+imiCi

where TM and Ci are melting point of succinonitrile (331.24 K) and concentration of i in liquid phase.

3・5・2 水平断面における溶質濃度分布

二次デンドライトアームの先端を結んだ軌跡を,Parkら7)と同様に,一次アームの先端を原点とし,主軸の付け根方向をx軸,それに垂直な方向をy軸とする座標系において,次式で近似できるものと考えた。

  
y=λ12{1exp(kx)}(4)

ここで,kは定数であり,Fig.6に示したデンドライトを最もよく再現するk=0.008を用いることとした。y軸方向は,3・5・1項で検討したFig.8の垂直断面におけるDC方向に相当するため,正方形を仮定した固相の頂点位置でのy座標が決まれば,そのときのx座標を式(4)から算出できる。数値解析の結果を基に,固相領域が一区分ずつ拡大する際の(x, y)座標を求められることから,3・5・1項で検討した二次アームの成長に伴う溶質の排出より,水平断面における溶質濃度分布を推定することができる。

3・5・3 溶質濃度分布および未飽和度分布

Fig.6の黒破線枠内におけるデンドライトについての先端近傍でのルモゲンイエローの濃度マップおよび3・5・1, 3・5・2項で述べた方法で解析した溶質濃度マップをFig.9(a)–(c)に示す。実測した濃度マップには,固相の輪郭を破線で,式(4)で表されるk=0.008での軌跡を実線でそれぞれ示した。数値解を画像化する際には,Fig.9(b)のように式(4)で示される軌跡に界面が到達した時点で界面位置を一つ前進させることとして描画した。ルモゲンイエローの濃度マップの実測値と解析結果を比較すると,いずれも二次アームの成長方向(y方向)への濃度分布は小さいのに対し,一次アームの付け根方向(x方向)に向けた溶質濃度の上昇が大きく,その際のルモゲンイエロー濃度も両者で同程度である。また,水濃度のマップからも,ルモゲンイエローと同様に,一次アームの付け根方向への大きな濃度上昇を生じていることが確認された。また,樹間におけるルモゲンイエロー濃度の数値解をFig.7に青線で示す。樹間での濃度プロファイルより,数値解においても実測値と同様に緩やかなS字カーブを描いており,デンドライト先端より100–300 µmの領域にて濃度が増加する様子も実測値と同等である。溶質濃度の増加する領域において,数値解は実測値と比べてやや高く,デンドライト先端近傍での両者の誤差を加味すると数値解のほうが最大で5 µmol L−1程度高い値を示している。これは固相の形状を正方形とみなしたことで,実際より固相率を高く見積もった結果と考えられる。以上のことから,固相率の評価においては改善の余地を残すものの,溶質の平衡分配と各相での拡散を考慮した比較的単純なモデルによる数値解析により,ミクロ偏析の進行により生じる溶質濃度の分布を推定できることが明らかになった。

Fig. 9.

Colormaps of (a) measured lumogen yellow concentration around dendrite tips and (b)(c) calculated results of solute concentration by numerical analysis. (b) Lumogen yellow concentration and (c) H2O concentration. (Online version in color.)

さらに,サクシノニトリル–水–ルモゲンイエローの三元系溶液におけるルモゲンイエローの溶解度CeqLYとして式(3)の関係を得ているため,温度および液相中水濃度が分かれば,下記で示されるルモゲンイエローの未飽和度σを求められる。

  
σ=CLYeqCLYCLYeq(5)

ただし,CLYは液相中のルモゲンイエロー濃度である。3・5・1および3・5・2項で述べた解析では,凝固界面が液相線温度に一致するとして溶質濃度の数値解を求めていることから,この温度を用いて未飽和度の計算を行った結果をFig.10に示す。凝固開始前には0.83であった未飽和度が,デンドライト先端より200 µmの位置ではミクロ偏析に由来する溶質の濃化および温度の低下により0.75まで減少している。本研究で用いたサクシノニトリル–水–ルモゲンイエローの三元系であれば,初期溶質濃度の調整により,ミクロ偏析の進行過程でルモゲンイエローを過飽和とすることも可能なため,これを模擬介在物としてその生成挙動を評価することにもつながると期待される。

Fig. 10.

Colormap of undersaturation of lumogen yellow. (Online version in color.)

4. 結言

デンドライト成長時の樹間における溶質濃度分布を明らかにし,ミクロ偏析の進行状況を評価するため,サクシノニトリルを溶媒,水およびルモゲンイエローを溶質とする三元系溶液を用いた凝固過程の蛍光イメージング法を開発した。得られた成果は以下のとおりである。

(1)サクシノニトリル−水−ルモゲンイエローの三元系の検討に必要な物性値を評価し,以下の実測値を得た。

サクシノニトリル溶液中でのルモゲンイエローの拡散係数 DL=2.68×10−10 m2 s−1

サクシノニトリルの凝固時のルモゲンイエローの分配係数 k0=0.428

サクシノニトリルへのルモゲンイエロー添加時の液相線勾配 mLY=−0.00126 K(µmol L−1−1(≈ 0)

ルモゲンイエローの溶解度 CeqLY/µmol L−1=5.6908 T/K−22.508CH2O/mass%−1445.6

(2)ルモゲンイエローの濃度分布の定量的な評価手法を確立し,デンドライト成長時の樹間における溶質の濃化を実測した。溶質成分の平衡分配と固液各相における溶質拡散を考慮した数値解析により,実測した液相中の溶質濃度分布を概ね再現する結果が得られた。また,ルモゲンイエローの溶解度をもとにその未飽和度の評価も可能となった。以上,介在物の晶出にも寄与する溶質濃度分布を実測および数値解析により評価し,比較的単純なモデルによりミクロ偏析の進行過程を表すことができることを明らかにした。

利益相反に関する宣言

本論文に関して,開示すべき利益相反はない。

Supporting Information

Movie S1 shows the colormap of lumogen yellow concentration during dendrite solidification. Size of the image is 1 mm×1 mm and the video speed is 1×.

This material is available on the Website at https://doi.org/10.2355/tetsutohagane.TETSU-2024-098.

謝辞

本研究の一部は,日本鉄鋼協会「凝固過程の介在物生成・成長・変性機構」研究会,「物質・デバイス領域共同研究拠点における共同研究」,第30回鉄鋼研究振興助成,製鋼科学技術コンソーシアム研究助成,JSPS科研費(JP23K23106)の支援により行われた。各支援に感謝の意を表します。また,蛍光試薬の選定にあたり助言をいただいたデクセリアルズ株式会社 伊東駿也博士,その場観察手法について助言をいただいた北海道大学 佐﨑元教授に感謝します。

Nomenclature

  • DL:Diffusion coefficient in liquid phase (m2 s−1)
  • k0:Equilibrium partition coefficient (–)
  • C0:Initial lumogen yellow concentration (µmol L−1)
  • G:Temperature gradient (K m−1)
  • V:Solidification velocity (µm s−1)
  • mH2O:Liquidus slope by adding H2O into succinonitrile (K mass%−1)
  • mLY:Liquidus slope by adding lumogen yellow into succinonitrile (K (µmol L−1)−1)
  • CH2O:H2O concentration in liquid phase (mass%)
  • CLY:Lumogen yellow concentration in liquid phase (µmol L−1)
  • VC:Critical solidification velocity to keep planner interface (µm s−1)
  • CeqLY:Solubility of lumogen yellow in liquid phase (µmol L−1)
  • λ1:Primary dendrite arm space (µm)
  • k:Constant value to draw outline of dendrite (–)
  • σ:Degree of undersaturation of lumogen yellow (–)
  • TL:Liquidus temperature (K)
  • TM:Melting point (K)

文献
 
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