Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
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Phase-field Simulation of the Stability of Fe2Al5 Phase at Fe/molten Zn–Al Interface
Shunsuke ShiotaniYuhki Tsukada Toshiyuki Koyama
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 111 Issue 6 Pages 305-314

Details
Abstract

The stability of η-Fe2Al5 phase at α-Fe/molten Zn–0.1Al (wt.%) (L) interface at 723 K in Fe–Zn–Al ternary system was investigated by phase-field simulations. Thin layers of intermetallic compound (IMC) phases (η, Г-Fe3Zn10, Г1-Fe5Zn21 and δ1-FeZn7) were placed between the α and L phases, and the growth of the IMC layers and the atomic diffusion of constituent elements along the direction perpendicular to the α/L interface were calculated by one-dimensional phase-field simulation. The simulation result showed that Г and Г1 phases dissolved, and thin η phase and thick δ1 phase remained stable at the α/L interface. Moreover, several phase-field simulations were performed by varying the values of interdiffusion coefficients in each phase. The simulation results showed that the diffusion and partitioning behaviors of Al have a significant effect on the stability of IMC layers at the α/L interface. It was found that the partitioning of Al to the α phase was suppressed due to the fact that the value of interdiffusion coefficient in the α phase was several orders of magnitude smaller than those in the IMC phases. The resultant Al partitioning to the IMC phases was the direct cause of the stabilization of the η phase and the destabilization of the Г and Г1 phases.

1. 緒言

自動車用鋼板の表面処理技術として,溶融亜鉛めっきおよび合金化溶融亜鉛めっきが用いられている1)。Zn浴に鋼板を浸漬すると,鋼板/溶融Zn界面にFe–Zn系金属間化合物(Г-Fe3Zn10,Г1-Fe5Zn21,δ1-FeZn7,ζ-FeZn13)が生成する2,3,4,5,6,7)。鋼板がZn浴へ溶出し,Zn浴から鋼板にZnが供給される条件において,鋼板/溶融Zn界面における金属間化合物の生成と成長,さらにそれによって形成されるめっき皮膜の形態を制御する必要がある。実用的には723 Kにおいて0.1–0.2 wt.%のAlを含むZn浴に鋼板を浸漬する処理が施される。Zn浴にAlを添加すると,鋼板/溶融Zn–Al界面にAlを含む薄い合金層(主にη-Fe2Al5)が形成されることで,制御することが難しいFe–Zn系の金属間化合物の生成が一時的に抑制され,均質なめっき皮膜を形成することができる8,9,10)。Alを含む薄い合金層は抑制層とも呼ばれており,鋼板のZn–Al浴への浸漬初期における抑制層の安定性とその起源を明らかにすることはめっき皮膜を制御する上で重要である。

Fe–Zn–Al系においては,723 Kにおいて数種類の金属間化合物が平衡相として存在する11,12)。Alを含むZn浴に鋼板を浸漬して鋼板/溶融Zn–Al界面にη相が生成すると,Fe–Zn–Al系状態図上において拡散経路がAl-rich側に大きく迂回し,Fe–Zn系のГ相やГ1相の形成が一時的に抑制されると理解されている13)。しかし,Zn–Al浴への浸漬初期に,鋼板がZn–Al浴へ溶出してZn–Al浴から鋼板にZnとAlが供給される状況を考えると,鋼板/溶融Zn–Al界面に一時的にη相以外のFe–Zn–Al系金属間化合物が生成している可能性は否定できない。Zn–Al浴への浸漬開始直後,鋼板/溶融Zn–Al界面に数種類の金属間化合物が生成してη相と共存していると仮定すると,ZnやAlの拡散・分配挙動がそれぞれの金属間化合物の安定性に及ぼす影響を理解することは,鋼板/溶融Zn–Al界面でη相が安定化する要因を明らかにする上で重要である。

本研究では,Fe–Zn–Al系のフェーズフィールドモデルを構築し,フェライト相(α相)と溶融Zn–Al相(L相)の間に生成する金属間化合物の安定性を明らかにすることを目的とする。Zn–Al浴への浸漬初期にα/L界面に数種類の金属間化合物が生成した場合を仮定し,α/L界面に垂直な方向への金属間化合物の成長と構成元素の拡散・分配挙動(濃度プロファイル変化)を一次元シミュレーションにより解析する。なお,一次元シミュレーションは層状に並んだ構成相の一次元成長を解析していることに対応するため,α/L界面における複相組織の形成(抑制層の連続性の変化8,9)を含む)は解析対象外であることに留意されたい。2・1節においてフェーズフィールドモデルについて説明する。2・2節において計算に用いたギブスエネルギー,2・3節においてその他の計算条件についてそれぞれ説明する。3・1節において,723 Kにおけるα/L界面の金属間化合物の成長と濃度プロファイル変化を解析した結果を示す。3・2節において,各相における相互拡散係数の大きさがシミュレーション結果に及ぼす影響を調査し,α/L界面でη相が安定化する要因について考察する。また,3・3節において,実用鋼を対象にした多成分・多相系のシミュレーションに向けた課題について言及する。

2. 計算方法

2・1 フェーズフィールドモデル

Fe–Zn–Al系におけるα-Fe相と溶融Zn–Al相(L相)の界面に垂直な方向への金属間化合物の成長と構成元素の原子拡散を計算対象とする。金属間化合物としてη,Г,Г1,δ1を考慮する。フィールド変数として,各相のフェーズフィールドϕii=α,η,Г,Г1,δ1,L),各元素のモル分率ckk=Fe,Zn,Al)を定義する。ϕii相の内部で1,i相の外部で0の値をとる。全てのフィールド変数は位置(r)と時間(t)の関数であり,その時間発展は次式にて計算される14,15)

  
ϕit=2Nj=1NMijϕδGδϕiδGδϕj,(1)
  
cFet=MFeδGδcFe,(2)
  
cZnt=MZnδGδcZn,(3)

Gは全自由エネルギー,Mijϕはフェーズフィールドモビリティ,MFeMZnは拡散モビリティである。本研究では,Alのモル分率cAlは従属変数として扱う(cAl=1−cFecZn)。また,簡単のため,Feの拡散に及ぼすZn,Alの化学ポテンシャル勾配の影響,およびZnの拡散に及ぼすFe,Alの化学ポテンシャル勾配の影響は考慮しない。FeとZnの拡散モビリティは次式にて与えられると仮定する。

  
MFe=iϕiDFe(i)cFe01cFe0RT,(4)
  
MZn=iϕiDZn(i)cZn01cZn0RT,(5)

DFe(i)DZn(i)i相における相互拡散係数,c0Fec0Znは平均組成,Rは気体定数,Tは絶対温度である。また,簡単のため,相互拡散係数の組成依存性は考慮しない。全自由エネルギーは以下のように定式化される。

  
G=riϕiGci+ij=i+112κijϕiϕj+wijϕiϕj+κccFe2+cZn2+cFecZn+λiϕi1dr.(6)

Gc(i)i相のギブスエネルギー,κijκcは勾配エネルギー係数,wijはポテンシャルエネルギーの高さ,λはラグランジュ乗数である。Mijϕκijwijは,界面モビリティMij,界面エネルギーσij,界面幅ξと以下の関係にある16)

  
Mijϕ=π28ξMij,(7)
  
κij=8π2ξσij,(8)
  
wij=4σijξ.(9)

2・2 ギブスエネルギー

α相とL相のギブスエネルギーはCALPHAD法における準正則溶体モデル11,17)に基づき定式化した。また,η,Г,Г1,δ1相のギブスエネルギーはCALPHAD法における副格子モデル(η:Fe2Al5(Zn,Va)3,Г:(Fe,Zn)0.154(Fe,Zn)0.154(Al,Fe,Zn)0.231Zn0.461,Г1:Fe0.137(Al, Fe,Zn)0.118Zn0.745,δ1:Fe0.058(Al, Fe,Zn)0.180Zn0.525Zn0.23711,17)に基づき定式化した。既報の熱力学パラメータ11)を用いて計算した723 Kにおけるα相とL相のギブスエネルギー曲面をそれぞれFig.1(a)と(b)に示す。また,723 Kにおけるη,δ1,Г,Г1相のギブスエネルギー曲面をそれぞれFig.2(a-1),(b-1),(c-1),(d-1)に示す。η,δ1,Г,Г1相のギブスエネルギーは副格子モデルの定義域外の組成では計算できないため,それらを直接フェーズフィールドシミュレーションに用いる場合にはギブスエネルギーおよび化学ポテンシャルの計算に工夫を要する。そこで,δ1,Г,Г1相のギブスエネルギーを以下に示す組成の二次形式にて近似した。

Fig. 1.

Gibbs energy surfaces of (a) α phase and (b) L phase at 723 K in Fe–Zn–Al system calculated using previously reported thermodynamic parameters11). (Online version in color.)

Fig. 2.

Gibbs energy surfaces of (a) η phase, (b) δ1 phase, (c) Г phase and (d) Г1 phase at 723 K in Fe–Zn–Al system. (a-1), (b-1), (c-1) and (d-1) are Gibbs energy surfaces calculated using previously reported thermodynamic parameters11). (a-2), (b-2), (c-2) and (d-2) are approximated Gibbs energy surfaces. (Online version in color.)

  
Gci=kAk(i)ckc0k(i)2+G0ci.(10)

0Gc(i)i相のギブスエネルギーの最小値,0ck(i)はギブスエネルギーの最小値を示す成分kの組成である。式(10)のパラメータをTable 1に示す。また,η相についてはFe:Al=2:5の定比化合物であることを考慮し,そのギブスエネルギーを次式にて近似した。

  
Gcη=Aηxx02+Bηy2+G0cη,(11)
  
xy=cosθsinθsinθcosθcFe2/7cZn,(12)
  
θ=arctan7/2.(13)

0Gc(η)はη相のギブスエネルギーの最小値,x0はギブスエネルギーの最小値を示す組成xである。式(11)のパラメータはA(η)=64.363 kJ mol−1B(η)=5.0×103 kJ mol−10Gc(η)=−52.943 kJ mol−1x0=−2.0059×10−2とした。η,δ1,Г,Г1相のギブスエネルギーの近似曲面をそれぞれFig.2(a-2),(b-2),(c-2),(d-2)に示す。また,これらのギブスエネルギー曲面を用いて計算したFe–Zn–Al系状態図(723 Kにおける等温断面図)をFig.3に示す。Leeらの実験状態図12)と比較し,本研究で考慮する6つの相(α,η,Г,Г1,δ1,L)の平衡関係が概ね再現できていることを確認した。

Table 1. Polynomial coefficients for Gibbs energy of intermetallic compound phases.

Phase AFe(i)
(kJ mol−1)
AZn(i)
(kJ mol−1)
AAl(i)
(kJ mol−1)
0Gc(i)
(kJ mol−1)
0cFe(i)0cZn(i)0cAl(i)
δ1232.061.2311×10−13544.67−40.1010.144970.793466.1570×10−2
Г92.2151.9684×10−13289.12−41.7120.259240.630260.11050
Г1155.6343.972363.10−40.6490.170880.749887.9234×10−2
Fig. 3.

Isothermal section of Fe–Zn–Al ternary phase diagram at 723 K calculated using Gibbs energy surfaces shown in Fig. 1(a), (b), Fig.2 (a-2), (b-2), (c-2) and (d-2). (Online version in color.)

2・3 計算条件

式(1)は有限差分法,式(2),(3)は有限体積法を用いて計算した。数値計算において,エネルギーはRT,長さは計算格子の幅l0,時間はl02/DFe(L)を用いて,すべての物理パラメータを無次元化した。温度は723 K,計算格子の幅はl0=2.5×10−10 m,界面幅はξ=5l0,時間刻みはΔt*=5.0×10−5とした(*は数値計算における無次元量であることを示す)。また,鉄鋼のパーライト変態のフェーズフィールドシミュレーション18)で用いられたフェライト/オーステナイト界面のパラメータを参考に,勾配エネルギー係数はκc=1.0×10−14 J m2 mol−1,界面モビリティはMij=1.0×10−6 J−1 m s−1 mol,界面エネルギーはσij=1.0 J m−2に設定した。Table 2にシミュレーションに用いた相互拡散係数の値を示す19,20,21,22)。Fe–Zn–Al系の相互拡散係数のデータが不足していることから,簡単のため,D(i)DFe(i)DZn(i)とおき,η相の相互拡散係数はFe–Al系の値19),Г,Г1,δ1相の相互拡散係数はFe–Zn系の値20)を用いた(ただし,Г1相の相互拡散係数についてはГ相の相互拡散係数を代用した)。また,α相の相互拡散係数はη,Г,Г1,δ1相に比べて数桁小さく(α-FeにおけるZnの不純物拡散係数はD=2.24×10−22 m2 s−1であり,磁気変態の影響を考慮するとこの値はさらに低下する21)),L相の相互拡散係数はη,Г,Г1,δ1相に比べて数桁大きいため(参考値として溶融Znにおける自己拡散係数はD=2.37×10−9 m2 s−1である22)),安定な数値計算が可能な範囲内でそれぞれD(α)=1.0×10−17 m2 s−1D(L)=1.0×10−13 m2 s−1に設定した。

Table 2. Diffusion coefficients used in phase-field simulation19,20,21,22).

D(α)
(m2 s−1)
D(η)
(m2 s−1)
D(Г)
(m2 s−1)
D(Г1)
(m2 s−1)
D(δ1)
(m2 s−1)
D(L)
(m2 s−1)
1.0×10−174.95×10−163.41×10−153.41×10−158.98×10−141.0×10−13

Fig.4(a)にシミュレーションの初期条件を示す。青色,紫色,橙色,緑色,赤色,茶色の領域がそれぞれα,η,Г,Г1,δ1,Lの単相領域を表しており(本研究ではϕi>0.5の領域をi相とみなす),赤色,緑色,青色の実線がぞれぞれFe,Zn,Alの濃度プロファイルを表している。鋼板をZn–Al浴に浸漬するとめっき皮膜のα/L界面にη相およびδ1相が形成することが報告されているが10),本研究ではこれらの相がГ相およびГ1相と共存する条件におけるη相の安定性を明らかにするために,α/L界面に同じ幅のη,Г,Г1,δ1相を配置した。各相内の組成は一定とし,L相のAl濃度は0.25 at.%(0.1 wt.%)とした。Fig.4(a)の左端はノイマン境界条件,右端はディリクレ境界条件とした。シミュレーション初期条件における各相の組成をFe–Zn–Al系状態図にプロットした結果をFig.4(b)に示す。図中の丸印が各相の組成を表しており,すべての相の組成は単相領域あるいはその近傍に位置している。

Fig. 4.

Initial condition of phase-field simulations: (a) concentration profiles of Fe, Zn and Al, (b) compositions of each phase plotted on the isothermal section of Fe–Zn–Al ternary phase diagram at 723 K. The η, Г, Г1 and δ1 phases with a same thickness are placed at the α/L interface. (Online version in color.)

3. 結果および考察

3・1 金属間化合物の成長と濃度プロファイル変化

フェーズフィールドシミュレーション結果をFig.5に示す。まず初めに,Г1相の幅が小さくなって消失し,δ1相が成長した。この時点で,η相とГ相の幅はほとんど変化しなかった(Fig.5(a)–(b))。続いて,Г相の幅が小さくなって消失し,δ1相はさらに成長した(Fig.5(c)–(d))。Fig.5(a)–(d)において,η相は成長こそしないものの消失せずに安定に存在し,最終的にα/L界面にη相とδ1相が残存した。このシミュレーション結果は,鋼板をZn–Al浴に浸漬するとめっき皮膜のα/L界面に薄いη相と厚いδ1相が形成するという実験結果10)と一致する。また,このシミュレーション結果は,仮にめっき皮膜のα/L界面にη相やδ1相とともにГ相やГ1相が生成してもГ相とГ1相は安定に存在できずに消失することを示唆している。

Fig. 5.

Phase-field simulation result on growth of intermetallic compound phases and change in concentration profiles at 723 K: (a) t = 0.312 ms, (b) t = 0.625 ms, (c) t = 2.50 ms and (d) t = 5.00 ms. Diffusion coefficients listed in Table 2 are used in the simulation. (Online version in color.)

Fig.5(a)–(d)の濃度プロファイルをFe–Zn–Al系状態図にプロットした結果をそれぞれFig.6(a)–(d)に示す。Fig.6の丸印がFig.5の濃度プロファイルの個々の位置での組成を表しており,Fig.6は組成三角形上にFig.5の拡散経路を示していることに対応する。Fig.6(a)において,拡散経路はほぼL → δ1 → Г1 → Г → η → αとなっているものの,Г1相とГ相におけるAl濃度が増加しており,この時点ですでに拡散経路がГ1相とГ相の単相領域から逸脱していた(非平衡状態では相の組成が平衡状態図の単相領域から逸脱し得ることに留意されたい)。その結果,Г1相とГ相の安定性が低下し,まずГ1相が消失した(Fig.5(b)およびFig.6(b))。その後,Г相におけるAl濃度が増加してГ相の安定性がさらに低下し,Г相が消失した(Fig.5(c)–(d)およびFig.6(c)–(d))。一方,最終的に残存するη相とδ1相において組成変化は小さい(Fig.5(a)–(d)およびFig.6(a)–(d))。最終的に拡散経路はL → δ1 → η → αとなった(Fig.6(d))。L相(Zn–Al浴)はZnとAlの供給源になっており,どちらの元素もL相からα相側へ拡散した。Znは成長するδ1相に分配した。Alは成長するδ1相に分配し,また前述の通り,Г1相とГ相におけるAl濃度も増加した。またα相においてはα/η界面のごく近傍でAl濃度がわずかに増加するが,それ以外の領域ではほとんど組成は変化しなかった(Fig.5)。

Fig. 6.

Change in diffusion path during the growth of intermetallic compound phases at 723 K obtained by phase-field simulation shown in Fig. 5: (a) t = 0.312 ms, (b) t = 0.625 ms, (c) t = 2.50 ms and (d) t = 5.00 ms. Diffusion coefficients listed in Table 2 are used in the simulation. The colors of the plotted points correspond to the colors of each phase region in Fig. 5. (Online version in color.)

3・2 α/L界面でη相が安定化する要因

3・1節の結果から,Alの拡散・分配挙動がα/L界面における金属間化合物の安定性に影響を及ぼしていると推察される。原子拡散は化学ポテンシャル勾配(熱力学的因子)に駆動されるが,その拡散速度は拡散係数の大小(速度論的因子)に左右される。α/L界面における金属間化合物の安定性の起源を明らかにするためには,上述の熱力学的因子と速度論的因子の影響を切り分けて理解する必要がある。そこで,各相間の速度論的因子の違いを排除するために,すべての相における相互拡散係数をD(i)=1.0×10−13 m2 s−1に設定し,その他のパラメータを3・1節と同一に設定してシミュレーションを実施した。シミュレーション結果をFig.7に示す。まず初めに,η相の幅が小さくなって消失した。このとき,Г相とδ1相がわずかに成長した(Fig.7(a)–(b))。その後,δ1相が大きく成長し,Г1相の幅が徐々に小さくなった(Fig.7(c)–(d))。δ1相が成長してL相が消失した時点(Fig.7(d))で計算を終了したが,計算領域を大きく設定すれば,最終的にГ1相が消失してα/L界面にГ相とδ1相が残存する結果になると推測される。

Fig. 7.

Phase-field simulation result on growth of intermetallic compound phases and change in concentration profiles at 723 K: (a) t = 0.031 ms, (b) t = 0.125 ms, (c) t = 1.87 ms and (d) t = 3.75 ms. Diffusion coefficients are set as D(i) = 1.0×10−13 m2 s−1 for all phases. (Online version in color.)

Fig.7(a)–(d)の濃度プロファイル(拡散経路)をFe–Zn–Al系状態図にプロットした結果をそれぞれFig.8(a)–(d)に示す。Fig.8(a)を見ると,拡散経路はほぼL → δ1 → Г1 → Г → η → αとなっているものの,η相におけるAl濃度が減少し,この時点ですでに拡散経路がη相の単相領域から逸脱していた。その結果,η相の安定性が低下してη相が消失した(Fig.7(b)およびFig.8(b))。Г相におけるAl濃度は一旦増加し,拡散経路がГ相の単相領域からわずかに逸脱するが(Fig.7(a)およびFig.8(a)),その後Г相におけるAl濃度は減少に転じた(Fig.7(b)–(c)およびFig.8(b)–(c))。η相が消失する際,η相に固溶していたZnがα/η界面のごく近傍のα相に一時的に濃化するが(Fig.7(a)およびFig.8(a)),η相の消失後にα相からГ相にZnが拡散し,α相におけるZn濃度が減少しГ相におけるZn濃度が増加した(Fig.7(b)およびFig.8(b))。最終的に拡散経路はL → δ1 → Г1 → Г → αとなった(Fig.8(d))。Alがその供給源であるL相からα相側へ拡散する際,δ1相だけでなくα相にも分配した。まずα/η界面の近傍でAl濃度が高くなり(Fig.7(a)),その後,α相内部のAl濃度が高くなった(Fig.7(b)–(d))。

Fig. 8.

Change in diffusion path during the growth of intermetallic compound phases at 723 K obtained by phase-field simulation shown in Fig. 7: (a) t = 0.031 ms, (b) t = 0.125 ms, (c) t = 1.87 ms and (d) t = 3.75 ms. Diffusion coefficients are set as D(i) = 1.0×10−13 m2 s−1 for all phases. The colors of the plotted points correspond to the colors of each phase region in Fig. 7. (Online version in color.)

Fig.7Fig.8の結果は,各相間で相互拡散係数(速度論的因子)に違いが無く,原子拡散に熱力学的因子のみが影響を及ぼす条件では,α/L界面においてη相は安定に存在できずに消失し,代わりにГ相が安定に存在することを示唆している。言い換えると,3・1節のシミュレーションでは,原子拡散の速度論的因子(各相間の相互拡散係数の違い)がAlの拡散・分配挙動に有意な影響を及ぼした結果,α/L界面でη相が安定化したことが明らかとなった。ここで,Fig.7Fig.8の結果から,α相にAlが分配してη相におけるAl濃度が低下したことがη相が消失した直接的な要因になっていると推測される。そこで,α相における相互拡散係数の大きさの影響を明らかにするために,α相における相互拡散係数を3・1節と同じD(α)=1.0×10−17 m2 s−1に設定し,その他の相における相互拡散係数をD(i)=1.0×10−13 m2 s−1に設定してシミュレーションを実施した。シミュレーション結果をFig.9に示す。まず初めに,δ1相がわずかに成長した。このとき,η,Г,Г1相の幅はほとんど変化しなかった(Fig.9(a)–(b))。続いて,Г相が消失し,δ1相は大きく成長した。この時点でГ1相の幅はわずかに大きくなった(Fig.9(c))。しかし,その後,Г1相は消失し,最終的にα/L界面にη相とδ1相が残存した(Fig.9(d))。Г1相とГ相が消失する順番こそ異なるが,3・1節と同様に,α/L界面においてГ相やГ1相が安定に存在できずに消失してη相が安定化する結果となった。

Fig. 9.

Phase-field simulation result on growth of intermetallic compound phases and change in concentration profiles at 723 K: (a) t = 0.031 ms, (b) t = 0.125 ms, (c) t = 1.87 ms and (d) t = 3.75 ms. Diffusion coefficients are set as D(α) = 1.0×10−17 m2 s−1 for α phase and D(i) = 1.0×10−13 m2 s−1 for η, Г, Г1, δ1 and L phases. (Online version in color.)

Fig.9(a)–(d)の濃度プロファイル(拡散経路)をFe–Zn–Al系状態図にプロットした結果をそれぞれFig.10(a)–(d)に示す。Fig.10(a)–(b)において,拡散経路はほぼL → δ1 → Г1 → Г → η → αとなっているが,Г1相とГ相におけるAl濃度が増加し,拡散経路がГ1相とГ相の単相領域から逸脱していた。Г1相とГ相が消失すると,最終的に拡散経路はL → δ1 → η → αとなった(Fig.10(d))。η相におけるAl濃度は継続的に高く(Fig.9(a)–(d)およびFig.10(a)–(d)),これによってη相の安定性が維持されたと考えられる。α/L界面における金属間化合物の安定性の観点からFig.5Fig.9を比較すると,両者は本質的に同じ結果であると考えられる。以上の結果から,α相の相互拡散係数が金属間化合物(η,Г,Г1,δ1)に比べて数桁小さく,α相へのAl分配が抑制されて金属間化合物にAlが分配することが,α/L界面における金属間化合物の安定性(η相の安定化,ならびにГ相とГ1相の不安定化)を決定する要因であることが明らかとなった。

Fig. 10.

Change in diffusion path during the growth of intermetallic compound phases at 723 K obtained by phase-field simulation shown in Fig. 9: (a) t = 0.031 ms, (b) t = 0.125 ms, (c) t = 1.87 ms and (d) t = 3.75 ms. Diffusion coefficients are set as D(α) = 1.0×10−17 m2 s−1 for α phase and D(i) = 1.0×10−13 m2 s−1 for η, Г, Г1, δ1 and L phases. The colors of the plotted points correspond to the colors of each phase region in Fig. 9. (Online version in color.)

3・3 多成分・多相系のシミュレーションに向けた課題

本研究では,構成相のギブスエネルギーや構成元素の相互拡散係数の情報を用いてフェーズフィールドモデルを構築し,鋼板のめっき皮膜のα/L界面における金属間化合物の安定性を解析した。計算コストの観点から金属間化合物としてη,Г,Г1,δ1のみを考慮したが,ζ-FeZn13やГ2-Fe8Zn87Al4もα/L界面に生成してη相の安定性に影響を及ぼす可能性があるため12),将来的にこれらの相を考慮した解析が必要である。さらに,フェーズフィールドシミュレーション結果の妥当性は一連のモデルパラメータの信頼性に依存するものの,計算対象とする系のすべてのパラメータについて正確な値が得られているわけではない。本研究では,Fe–Zn–Al系について既報のギブスエネルギー11)および相互拡散係数19,20,21,22)を用いたが,多成分系の相互拡散係数のデータが不足していることから,単相内のすべての元素の相互拡散係数について組成依存性を無視してシミュレーションを実施した。さらに,本研究で考慮した金属間化合物の界面モビリティについては実験データがなく,既報の鉄鋼のパーライト変態シミュレーション18)のパラメータを参考にすべての異相界面に対して同じ界面モビリティを設定したが,その値の妥当性は不明である。将来的に,本研究で構築したフェーズフィールドモデルをさらに多成分系へと拡張して実用鋼におけるC, Mn, Siなどの添加元素がα/L界面における金属間化合物の安定性に及ぼす影響3,4,7,9)を解析するためには,多成分系の拡散理論23,24)と実験で得られる濃度プロファイルや組織変化の情報6)を活用してフェーズフィールドモデルにおける一連のパラメータを同定し25,26),モデルパラメータの情報を蓄積していくことが重要であると考えられる。

4. 結言

本研究では,Fe–Zn–Al系のフェーズフィールドモデルを構築し,一次元シミュレーションにより723 Kにおけるα-Fe/溶融Zn–Al(L)界面における金属間化合物の安定性を解析した。得られた結果を以下にまとめる。

(1)α/L界面に同じ幅のη,Г,Г1,δ1相を配置して金属間化合物の成長と構成元素の原子拡散をシミュレートした結果,Г相とГ1相が消失し,薄いη相と厚いδ1相が残存した。この結果は,鋼板のZn–Al浴への浸漬初期において,仮にめっき皮膜のα/L界面にη相やδ1相とともにГ相やГ1相が生成しても,Г相とГ1相は安定に存在できずに消失し,η相とδ1相が安定化することを示唆している。

(2)すべての相における相互拡散係数を同一の値に設定してシミュレーションを実施した結果,η相が消失してГ,Г1,δ1相がα/L界面に残存した。これは,L相から供給されるAlがα相に分配した結果,η相のAl濃度が低下してη相が不安定化したためであると解釈できる。実際にはα相の相互拡散係数はη,Г,Г1,δ1相に比べて数桁小さく,鋼板のZn–Al浴への浸漬初期においてα相へのAlの分配が抑制されてη,Г,Г1相にAlが分配することがα/L界面においてη相が安定化しГ相とГ1相が不安定化する直接的な要因であることが明らかとなった。

利益相反に関する宣言

本研究の遂行に関して,利益相反がないことを宣言する。

文献
 
© 2025 The Iron and Steel Institute of Japan

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