2013 Volume 99 Issue 8 Pages 509-516
The range of chemical composition for obtaining austenitic single structure was defined in medium-manganese carbon steels. Among the defined composition, Fe-5%Mn-4%Cr-(0.8~1.4)%C was selected as the optimum range of composition to form stable austenitic structure. The tensile property and deformation substructure were investigated in the austenitic steels with corresponding composition. As a result, the work hardening behavior of the steels was varied depending on the carbon content, which was closely related with the development of deformation microstructure. In the 0.8%C steel, deformation-induced martensitic transformation as well as deformation twinning caused large work hardening until fracture took place. With increasing carbon content, namely increasing SFE, the deformation mode tended to shift to dislocation slipping, resulting in the lower work hardening rate. This trend seems to be similar to conventional TWIP steel where the work hardening behavior is explained with SFE.
高濃度のMnと炭素を添加することでオーステナイト(γ)相を室温まで安定に残存させた高Mnγ鋼は,耐摩耗性と高靱性を兼ね備えた高強度の機械構造材料であり,土木建設機械やレールクロッシングなど激しい衝撃と摩擦を受ける部材に使用されている。代表鋼種はFe-13Mn-1C組成を有するハッドフィールド鋼であるが,それをベースに耐食性や加工硬化性などが改良された種々の鋼種1,2,3)が実用に供されている。また近年では,高Mnγ鋼の自動車用材料への応用も検討され,変形双晶により加工硬化率を増大させたTWIP鋼(Fe-(15-30)Mn-Al-Si合金など)4,5)が,次世代の自動車用鋼板の候補材として盛んに研究されている。しかしながら,いずれの鋼種においても,添加されている高濃度のMnに起因する製造性の低下,ならびにコスト高の問題から,広く構造材料として普及するには至っていない。省資源の観点からも,多量のMnを使用する本材料の生産および使用は将来的に困難になる可能性もある。
そのような社会的背景から,最近,さらに次世代の高強度構造材料として中Mn鋼が脚光を浴びるようになった。中Mn鋼とは3~7%程度のMnを含む鋼のことを言い,従来の高Mnγ鋼に比べて大幅に低合金化できるうえ,加工熱処理によってγの安定度を適度に調整すればTRIP効果によって優れた強度−延靱性バランスを引き出すことが可能である6,7,8,9)。なかでも5%Mn鋼に関する研究例がアジア諸国を中心に増えており,国内でも引張特性9)や相変態10)に関する種々の研究が実施されている。
しかしながら,高Mnγ鋼からMnの量を減少させていくと,Ms点が上昇するため,必然的に冷却時にマルテンサイト変態が生じやすくなる。そのため,中Mn鋼ではγ単相組織は得難くなり,γ+マルテンサイト,あるいはγ+フェライトなどの二相組織として利用されることが一般的となる。中Mn鋼でありながらγ単相組織とし,高い加工硬化性や延性,あるいは非磁性などのγ鋼の特長を利用できれば,構造材料として工業的価値は高いと考えられるが,それを実現するには,炭素を最大限に利用すること,またMs点を低下させる補助的な元素を使用して,最適な合金設計を行う必要がある。
本研究ではMnを5%とした中Mn鋼を対象とし,γ単相組織を得るための合金設計,ならびにその機械的性質の評価を行った。Mn,C以外の補助的な元素としてはCr,Ni,Moなどが挙げられるが,原料コストや省資源の観点から,本研究ではCrに着目し,とくにFe-5Mn-Cr-C系のγ鋼の創製を目指した。
供試材の作製には,調査の内容に応じて2種類の方法を用いた。化学組成と形成組織の関係についての調査には,小型高周波真空溶解炉を用いて製造した30g鋼塊を供試材として使用した。化学成分としてMn,Cr,C量をTable 1に示す範囲で種々変化させ,全12種の試料を作製した。得られた小型鋼塊について1373Kで熱間圧延を行い6mmの板材としたのち,再度1373Kで180s保持し(溶体化処理)水冷して試料とした。熱延の際,1パス当たりの圧下率は2mm/パスで行い,温度低下を防ぐため1パスごとに加熱炉に戻して圧延を行った。一方,機械的性質の調査には10kg高周波真空溶解炉により溶製した鋼塊を使用した。溶製した4鋼種の化学組成をTable 2に示す。得られた鋼塊に対して,炭化物の残存を抑制するため1473Kで熱間圧延を施し,厚さ15mmの板材を得た。1パス当たりの圧下率は1mm/パスで行い,30g溶製材の場合と同様に,1パスごとに供試鋼を加熱炉に戻して,熱間圧延温度を一定とした。熱延後,1473Kで600sの溶体化処理を施したのち水冷して供試材とした。
C | Mn | Cr | |
---|---|---|---|
5Mn-4Cr-0C~1.4C | 0, 0.2, 0.5, 0.8, 1.1, 1.4 | 5 | 4 |
5Mn-8Cr-0.5~0.7C | 0.5, 0.6, 0.7 | 5 | 8 |
5Mn-12Cr-0.3~0.5C | 0.3, 0.4, 0.5 | 5 | 12 |
C | Si | Mn | P | S | Cr | |
---|---|---|---|---|---|---|
0.5C steel | 0.50 | 0.22 | 4.88 | 0.007 | 0.0037 | 3.99 |
0.8C steel | 0.77 | 0.22 | 4.80 | 0.008 | 0.0037 | 3.86 |
1.1C steel | 1.10 | 0.22 | 4.78 | 0.008 | 0.0048 | 3.86 |
1.2C steel | 1.22 | 0.22 | 4.71 | 0.008 | 0.0031 | 3.75 |
熱処理後の試料に対して,湿式研磨およびVillela溶液(グリセリン:塩酸:硝酸=2:2:1)を用いた腐食を行い,光学顕微鏡を用いた組織観察を行った。変形組織については,電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)により得られる電子線後方散乱(EBSD:Electron Back Scattering Diffraction)図形を解析し,構築された結晶方位像を用いた評価も行った。FE-SEM用の試料については,破面近傍から約1mm角のサイズに切り出した小片に対して,10%過塩素酸−90%酢酸溶液を用いたツインジェット研磨法で電解研磨を施して作製した。組織観察と同時に,微小部X線発生装置(理学電機製,RINT RAPID)を用いて破面近傍の相定量を行った。X線回折用の試料には,光顕観察用試料と同様の研磨後,リン酸クロム酸溶液(H3PO4:CrO3=2:1)で電解研磨したものを用いた。マルテンサイト変態開始温度(Ms点)の測定には4×4×10 mmの角柱試験片を使用し,熱膨張試験機により行った。その際,冷却速度を0.17 K/sとし,室温から173Kまでの冷却過程における変態点を測定した。なお,213K付近の冷却速度は0.1~0.2K/sであった。引張試験用の試験片には平行部:厚さ1mm×幅3mm×長さ6mmの板状の試料を使用し,室温,クロスヘッド速度0.2mm/min(初期歪速度:5.6×10−4(s−1))の条件で試験した。応力−歪曲線の作成に用いた公称応力と公称歪については,それぞれ試験時の荷重を試料の初期断面積(3mm3)で除した値とクロスヘッドの変位の増分を初期平行部長さ6mmで除した値を用いて評価した。
溶体化処理および水冷の熱処理によって室温で安定なγ単相組織を得るためには,溶体化処理温度でγ単相組織が熱力学的に安定となること,かつγ単相域からの冷却時にα’変態を生じないこと,すなわちMs点が室温以下になることが必要である。Ms点はC,Mn,Crのいずれの合金元素の添加によっても低下するが,CとCrの添加量が共に多くなると炭化物が生成しγ単相組織が得られなくなる。一方Mnは炭化物に対する固溶限をあまり変化させずにMs点を大きく低下させるため,高炭素γ鋼の製造には適した添加元素である。しかし本研究では中Mnγ鋼の創製を目的としているので,Mn量を最小限に抑えた上でCr-Cバランスの最適化を行うことが合金設計の指針となる。
まず,任意のMn-Cr組成に対して利用できる最大の炭素量を明らかにするため,Fig.1にThermo-Calcで計算した1373K(溶体化処理温度)での等固溶限曲線(実線)を示す。等固溶限曲線とは,各炭素量について,(γ+炭化物)域とγ単相域の境界を表すMn-Cr組成を示したものであり,本曲線より下側の領域では添加炭素が全て固溶状態となることを示している。この計算結果から,Mn量は炭素の固溶限にあまり影響を与えないが,Cr量が多くなるほど固溶限が小さくなり,炭化物が析出しやすくなることがわかる。例えば5Mn-10Cr合金の場合,添加できる最大の炭素量は0.6~0.7%であるので,それ以下の炭素量の合金のうちMs点が室温以下となるものが本研究の対象となる。ここではMn量を5%に固定し,可能なCr-Cの組み合わせについて検討を行う。Fig.2は,溶体化温度におけるFe-5Mn-Cr-C系状態図を示す。さらに,図中には(1)式11)により見積もった各炭素量の場合のMs=室温(298K)となるCr-C組成(破線)を示している。
(1) |
Iso-carbon solubility diagram at 1373K for Fe-Cr-Mn-C alloy.
Phase diagram for Fe-5%Mn-Cr-C alloy at 1373K.
ただし(1)式は,低合金炭素鋼を用いて得られた実験式である。図中に斜線で示したγ単相となるCr-C組成のうち,Ms=室温を示す破線より右上の領域でγ単相鋼が得られることになる。Fig.3は溶体化処理後水冷した供試鋼の光顕組織の一例として,Fe-5Mn-4Cr-(0.5, 0.8, 1.1, 1.4)C,Fe-5Mn-(8, 12)Cr-0.5C,Fe-5Mn-8Cr-0.7Cの観察結果を示す。前掲Fig.2の状態図およびMs点の計算値からは,これらの鋼種全てにおいてγ単相組織が得られると予想されるが,実際には炭素量が0.7%以下の鋼種では,組織写真中に示すように変態組織が観察され,X線回折よってbcc相の存在が確認されたことから,α’組織が生成していることは明らかである。これは,(1)式によるMs点の予測が今回の供試材の組成範囲まで拡張できないことを意味している。実験結果を基にFig.2を修正し,γ単相組織が得られる合金組成の領域を図示した結果をFig.4に示す。
Optical micrographs of medium manganese steels water-cooled after solution treatment at 1373K for 180s. (a) Fe-5%Mn-12%Cr-0.5%C alloy, (b) Fe-5%Mn-8%Cr-0.5%C alloy, (c) Fe-5%Mn-8%Cr-0.7%C alloy, (d) Fe-5%Mn-4%Cr-0.5%C alloy, (e) Fe-5%Mn-4%Cr-0.8%C alloy, (f) Fe-5%Mn-4%Cr-1.1%C alloy, (g) Fe-5%Mn-4%Cr-1.4%C alloy
Structure diagram for Fe-5%Mn-Cr-C alloy at 1373K.
以上のように,中Mn組成において炭素量およびCr量を種々変化させることで,室温で安定なγ単相組織が得られる化学成分範囲を明らかにした。Crを多量に添加すると,炭化物が生成しやすくなるため炭素を安定的に固溶させることが困難になり,また低合金γ鋼の作製という本研究の目的に反することにもなる。一方で,Cr添加量が少ない場合には,必要な炭素添加量が多くなりすぎるため,γ単相域からの冷却中に炭化物が析出する可能性もある。本研究では,炭素の固溶限と合金組成のバランスを考慮して,Fe-5Mn-4Cr-C系組成を選定した。
3・2 5Mn-4Cr-C系γ鋼の引張変形挙動および変形組織発達引張試験用の試験片を作製するため,Fe-5Mn-4Cr-(0.5~1.2)C合金(Table 2)を10kg鋼塊に溶製し,熱延・溶体化処理したのち水冷して試料を作製した。得られた各試料について光顕観察を行ったところ,Fig.3に示した30g小型溶製材とほぼ同様の組織が得られていることが確認された。すなわち,0.5C鋼ではγ基地中に一部α’マルテンサイトが生成した組織,それ以外の試料はほぼγ単相組織が観察された。ただし,本鋼材のサイズがFig.3の場合よりも大きかったことから,水冷時の冷却速度がやや遅くなり,1.1C鋼や1.2C鋼では,Fig.5に示すように,粒界上に冷却過程で析出したと考えられる微小な炭化物が認められた。Fig.6に各試料から得られたX線回折パターンを示す。検出される相の種類は組織観察結果と対応しており,0.5C鋼ではfcc相の回折ピークに加えてα’マルテンサイトの生成を示すbcc相の回折ピークが検出され,(0.8~1.2)C鋼では,fcc相の回折ピークのみが検出されている。なお,溶体化処理後の0.5C鋼に検出されたα’マルテンサイトの体積率は約30%程度である。つぎに各試料のγ安定度の指標となるMs点を測定するため,熱膨張試験を実施した。Fig.7は(0.8~1.2)C鋼について得られた熱膨張曲線のうち173~293Kの範囲の結果を示す。0.8C鋼のMs点は219Kであることが実測されたが,1.1Cおよび1.2C鋼では,本試験機の測定範囲(≧173K)を超える低温域まで相変態が生じておらず,室温でのγの熱的安定性は十分高いと判断される。Fig.8に,溶体化処理した各試料の硬さと炭素量の関係を示す。参考のため,Mn,Cr,Ni量の異なるその他のγ単相鋼の結果もあわせてプロットしている。0.5C鋼では冷却時(あるいは硬さ測定時)に形成された硬質なα’ マルテンサイトに起因して硬さが突出しているが,その他のγ組織を有する(0.8~1.2)C鋼の硬さは,従来の安定なγ鋼における硬さと炭素量の関係とおおよそ一致している。つまり炭素含有γ鋼の硬さは,炭素量でほぼ決定され,その他の置換型合金元素の寄与は相対的に小さいと言える。
Optical micrograph showing grain boundary carbide in Fe-5%Mn-4%Cr-1.1%C alloy.
X-ray diffraction patterns of medium manganese 0.5%C (a), 0.8%C (b), 1.1%C (c) and1.2%C (d) steels which were water-cooled after solution treatment at 1473K for 180s.
Dilatation during cooling in solution-treated medium manganese 0.8%C, 1.1%C and 1.2%C steels.
Relation between hardness and carbon content in solution-treated medium manganese steels. The data of other austenitic steels are also indicated for reference.
これらのγの安定度や硬さの異なる供試鋼について引張試験を実施した。得られた公称応力−公称歪曲線をFig.9に示す。降伏応力は,炭素量の増加に伴い増大しており,炭素によりγが顕著に固溶強化されることがわかる。降伏後は大きな加工硬化を示し,著しい応力上昇を示す。ただし,本供試材はいずれも均一変形段階で早期破壊を生じており,伸びや最大引張強さについては,一般のγ鋼に比べると小さい。これは,高温での溶体化処理によってγ粒が粗大化していることや粒界上に炭化物が析出していることが原因と考えられ,改善すべき今後の課題のひとつである。一方,均一変形段階における応力−歪み曲線においてセレーションが発生していることが確認される。γ鋼におけるセレーションについては,炭素の添加による動的歪時効4,12,13)や変形双晶の形成14)がその原因となることが知られている。本鋼においても同様の機構が発現していると推察されるが,それを明確化するには各鋼の加工硬化挙動や変形組織を評価する必要がある。そこで,まず真応力−真歪曲線および加工硬化率曲線(Fig.10)の比較を行った。いずれの鋼種においても加工硬化率が真応力を常に上回っており,塑性不安定を生じ始める前に早期破壊を生じていることが確認される。加工硬化率に着目すると,炭素の添加量によってその変化挙動が異なることがわかる。加工硬化率は歪み0.05以降で,いずれもおおよそ1500MPとなった。詳細に見ると1.2C鋼では,加工硬化率は変形初期に高い値を示し,歪量が増加するに伴い徐々に低下している。これは,主に転位運動により変形が進行する高積層欠陥エネルギーを有する安定γ鋼においてみられる加工硬化率変化15)と同様の挙動である。一方,0.8Cおよび1.1C鋼では,変形後期も加工硬化率が低下することはなく,とくに1.1C鋼では歪量の増加に伴いむしろ単調に増加していく傾向も見られる。このように,高歪み域で加工硬化率が増大する傾向は,準安定γ鋼において,加工誘起マルテンサイト変態が生じる場合15)や変形双晶の形成によるTWIP効果が発現する場合4)に見られる挙動と類似している。変形組織に及ぼす炭素量の影響を明確にするため,引張試験破断後の試料について組織解析を行った。Fig.11に,試験片の破断部近傍を長手方向に平行に切断し,その断面について光顕観察を行った結果を示す。いずれの試料においても,γ粒内にα’マルテンサイトや変形双晶と思われる筋状の組織が多数確認される。Fig.12に,破断部近傍(破面からの距離:100μm以内)について,X線回折を実施した結果を示す。0.8C鋼では,引張試験前には認められなかったbcc相のピークが確認され,変形により加工誘起α’マルテンサイトが形成されたことが示されている。一方,1.1Cおよび1.2C鋼ではfcc相のピークのみが検出されたことから,γが十分な機械的安定性を有しており,引張変形後もγ単相組織が維持されていることがわかる。さらに各鋼の破面近傍の縦断面組織についてEBSD解析を行った結果をFig.13に示す。0.8C鋼の方位マップ(a),および同一視野からbcc相のみを抽出した結果(b)から,0.8C鋼の粒内に存在している直線的な筋状の組織はα’ではなく母相γの変形組織であること,またα’は(b)中に点線で囲んだ領域に示されるように不規則な板状を示す組織に対応することがわかる。なおα’と母相γとの結晶方位関係を解析した結果,K-S関係が満たされることが確認された。1.1C鋼(c)および1.2C鋼(d)にはα’は観察されず,筋状の変形組織のみが観察されている。この組織はFig.14に示す{111}γおよび{110}γ極点図(e)に示されるように,{111}を双晶面,〈110〉を共通回転軸とする変形双晶である。また,これらのEBSD像からは判断が困難であるが,変形双晶の発生頻度は炭素濃度が高くなるほど低下する傾向が認められた。以上の組織観察の結果とFig.10に示した加工硬化率の変化を比較して加工硬化機構を推察すると,0.8C鋼では加工誘起マルテンサイト変態に加えて変形双晶によるTWIP効果によって高歪み域まで高い加工硬化率が維持され,1.1C鋼では,加工誘起マルテンサイト変態は生じないもののTWIP効果が高歪み域まで続くことで加工硬化が維持されたと考えられる。そして1.2C鋼では,他の2鋼種に比べて相対的に変形双晶が生じ難く,転位の蓄積が主な加工硬化機構であるため,加工硬化率が変形に伴い徐々に低下したと理解される。一方,動的歪み時効については,今回の実験結果からのみでは定量的な議論はできないが,炭素と相互作用を示すMnとCrの濃度がいずれの鋼種においても同量であることから,各鋼においてその寄与度に大きな差異はないと推察される。
Nominal stress-strain curves of medium manganese 0.8%C, 1.1%C and 1.2%C steels.
Changes in true stress and work hardening rate as a function of true strain in medium manganese 0.8%C, 1.1%C and 1.2%C steels.
Optical micrographs observed near the fracture surfaces in tensile-tested medium manganese 0.8%C (a), 1.1%C (b) and 1.2%C (c) steels.
X-ray diffraction patterns obtained near the fracture surfaces in of tensile-tested medium manganese 0.8%C (a), 1.1%C (b) and 1.2%C (c) steels.
Crystallographic orientation imaging maps of tensile-tested medium manganese 0.8%C (a) and (b) (bcc phase), 1.1%C (c) and 1.2%C (d) steels. (parallel to tensile axis)
Pole figures showing crystallographic orientation relationship between austenite matrix and deformation twin.
一般にγ鋼の加工硬化は,積層欠陥エネルギー(SFE)に依存して変化することが知られている。Remy and Pineau16)は,Fe-Mn-Cr-C合金の変形組織とSFEの関係を整理し,SFEが低下するにつれて,変形組織が転位セルから変形双晶やεマルテンサイトに変化し,それによって加工硬化率が増大していくことを示している。SFEに及ぼすMnの影響については,Fe-Mn二元合金におけるSchumannの報告17)が有名であり,Mn添加量の増加に伴い,15%MnまではSFEが単調に低下するとされている。仮にその変化を低濃度側に外挿できるとすると,5%Mnの場合,SFEは30mJ/m2以上の非常に高い値となる。一方Crについては,合金系によってSFEを上昇させる場合と低下させる場合があるが18),Mnに比べるとその効果は相対的に小さい。それに対して,炭素はいずれの報告においてもSFEを著しく増大させる元素であるとされている。例えばSchramm and Reedが提案した式19)に従えば,1%の炭素添加に対して+410mJ/m2(Fe-Cr-Ni-C合金系)ものSFE上昇が生じることになる。以上の報告例を考慮すれば,今回用いた供試材の場合,低いMn濃度および高い炭素濃度の影響でかなり高いSFE値になるはずであり,加工硬化率はその他の鋼種に比べて小さくなると考えられる。しかし一方では,炭素が変形双晶を促進あるいは強化20)する効果によって,加工硬化率をむしろ増大させるとの考え方がある。とくに高Mn鋼の場合には,Mn-Cクラスターに起因する動的歪み時効が加工硬化率を増大させるとの報告12)もある。したがって,高炭素γ鋼の加工硬化挙動は,一概にSFEだけで説明できるとは言えない。
ここで,SFEの観点から本研究で使用した中Mn-高C組成を有する本合金と他の合金との加工硬化挙動の相違について考えてみる。Olson and Cohen21)によると,γ鋼のSFEは次式で与えられ,fcc相とhcp相の自由エネルギーの差(ΔGfcc→hcp)に対応する値になるとされている。
(2) |
ρAはγの{111}面における原子密度[mol/m2],Estrainはfcc中にhcpが生じた場合に発生する弾性ひずみエネルギー[J/mol],σはfcc/hcp境界の界面エネルギー[J/m2]である。ΔGfcc→hcp以外の因子は類似した合金系であれば大きく変化することはないと考えられるので,ΔGfcc→hcpが小さく,よりhcp相(εマルテンサイト)が安定になるほどSFEは低くなり,逆にfcc相(γ)が安定になるほどSFEは高くなることになる。Fig.15およびFig.16は,各供試鋼ならびに種々のFe-Mn-C系γ鋼22,23,24,25,26)における炭素量とThermo-Calcで計算したΔGfcc→hcpの関係,およびΔGfcc→hcpと引張試験で得られた加工硬化率(5%および10%変形時)の関係をそれぞれ示す。ΔGfcc→hcpが炭素濃度の増加に伴い上昇しており,炭素添加がγのSFEを増大させることが確認できる。また,実験で得られる加工硬化率はΔGfcc→hcpの増大に伴い単調に低下している。すなわち,本合金系における加工硬化率への炭素の影響は,炭素そのものによって加工硬化率が高められる効果よりも,SFEが増大することによってそれが引き下げられる効果の方が顕著であることが示唆された。本実験で得られた5Mn-4Cr-C系γ鋼のデータに着目すると,いずれも過去の高Mn鋼の実験結果の延長上に存在していることがわかる。すなわち,本γ鋼は従来のTWIP鋼と組成はかなり異なるものの,基本的には類似した材料と言えるが,SFEが高いために変形双晶の発生が抑えられ,従来材に比べてやや小さい加工硬化率を示すという特徴を持った材料であると結論される。
Relation between carbon content and Gibbs free energy change by fcc to hcp transformation (293K).
Relation between Gibbs free energy change by fcc to hcp transformation (293K) and work hardening rate at 5% and 10% tensile deformations.
(1)Fe-5%Mn-Cr-C系合金において,1373Kでの平衡組織とMs点を考慮し,室温でも安定なオーステナイト組織が得られる組成範囲を明らかにした。Cr量を4%に固定した場合には,炭素濃度が0.8~1.4%のときにオーステナイト単相組織が得られることを確認した。
(2)5%Mn-4%Cr-(0.8~1.2)%Cオーステナイト鋼の引張変形に伴う加工硬化挙動は,炭素量に応じて種々変化する。0.8%C鋼では加工誘起α’マルテンサイトおよび変形双晶の形成によって,また1.1%C鋼では変形双晶によって高歪み域まで高い加工硬化率が維持される。一方,炭素量を1.2%まで増加させてオーステナイト組織を安定化すると,変形双晶の形成が抑制され,転位滑りによる変形が主体的となる。その結果,加工硬化率は歪み量の増加に伴い連続的に低下する傾向を示す。
(3)5%Mn-4%Cr-(0.8~1.2)%Cオーステナイト鋼の加工硬化率は,従来報告されてきたFe-Mn-C系TWIP鋼に比べてやや低い値を示す。これは高濃度の炭素により積層欠陥エネルギーが高い値となり,変形双晶の発生頻度が低くなったためと推察される。