抄録
タイ国の蚊については今迄世界の蚊のカタログや東南アジアの蚊のリストの中に散在していたり, 個々の種の採集記録, 新種の記載, 特定のグループについてのモノグラフなどが断片的に多数存在していただけで, その全体像を把握することは困難であった。われわれは1983-1984年の現地調査による採集結果に加えてこれらの文献を整理し, タイ国としては最初の総合的なチェックリストを作成した。すなわち, 以前にタイ国から報告されていた種類の中から誤同定によるものやシノニムまたは産地不確実なものを除き, 疑問視されていたものを復活させるなど分類学的な考察の結果, ハマダラカ属65種, ヤブカ属100種, クロヤブカ属22種, ムナゲカ属16種, イエカ属80種, ギンモンカ属14種, ナガスネカ属13種, チビカ属39種, オオカ属8種, その他27種など総計384種が一応確実に分布しているものと考えられた。その他に, 囲まれて隣接する2つ以上の国に分布していながらまだタイ国からは発見されていないものが数十種あるので, 将来もっと多くの種がタイ国の蚊として追加されるであろう。
タイ国の蚊はその生物地理学的立場からも予想されるように, 総数の約65%がマレーシアの蚊相と共通であり, 約30%がフィリピンのそれと共通である。これに対し, 日本にも共通に分布しているものは僅かに11%であり, またタイ国固有の特産種は54種 (14%) に過ぎない。
さらに, 各種についてシノニムや誤同定当時の種名を掲げ, 単に分類学的配列に従ってリストしたのみでなく, 実際の採集地がたどれるように主要な分布記録文献を示し, 幼虫の発生場所についても述べてフィールドでの実用の便宜をはかった。