仏教文化研究論集
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論文
『浄土論註』讃嘆門に関する諸問題について
近代以前の注釈書を通して
藤丸 智雄
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2002 年 6 巻 p. 75-108

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0.はじめに

本論考は,『無量寿経優婆提舎願生偈註』(以下『論註』)を考察対象とし,称名行を中心に考察を加え,曇鸞の言語観を解明することを目的とする.具体的には,仏の名前が往生の方法となる讃嘆門の思想構造について,また,そのことが言語の問題とどのように関連しているのかを検討する.

考察に移る前に『論註』というテキストについて簡単な説明を加えておきたい.

先ず,『論註』というテキストの構造であるが,この書は世親作『無量寿経優波提舎願生偈』(以下『論』)に対して注釈を施したものである.前後二巻に別れており,前半(摠説分)は偈に対する注釈となっており,後半(解義分)は世親が自らの偈に注釈等を加えたものに,更に曇鸞が注釈するという構造になっている.繰り返し注釈を行う部分が出てくるが,前後で異なった視点を導入して曇鸞は注釈している.

この書は,中国浄土教を代表する典籍の一つとなっており,後代の思想家に強い影響を及ぼしている.特に日本浄土教への影響は色濃く,親鸞を始めとする浄土教家の著作に多くの引用が見られる.結果,近代以前も含め,この書に関する研究の蓄積は夥しい.

本論考では称名を扱う讃嘆門を中心として考察を行うが,日本の浄土教は称名念仏を中心として展開した.そのため,称名を説くこの讃嘆門に対しては詳細・精緻な訓古的解釈がなされてきた.全ての注釈書を参照することはできないが,それらの内から,幾つかの代表的な研究書・注釈書を検討しつつ考察を進めていこうと思う.

本考察で論者が問題とするのは,具体的には次の三点である.第一に,『論』の文章を曇鸞はどう読んだのか,第二に曇鸞の注釈はどう読むべきなのか,またそれを近代以前の注釈者はどのように読んだのか,第三に曇鸞の言語観とはいかなるものなのか,という三点である.

注釈書を併せて考察対象とすることにより,作業は聊か複雑なものとなるが,それによって近代以前の注釈の歴史を掘り起こし,またそれらが現代の研究にどのような影響を与えているのか,という点も明らかにしたい.

尚,考察の便宜を図るため,『論』からの引用(及びその訳)に関しては太字で示すこととする.

1.讃嘆門の構造

 最初に讃嘆門(解義分)に対する注釈がどのような構造となっているのか,そして何を一体問題としているのか,を提示する.

(図-1)《讃嘆門注釈の構造》

Ⅰ 光明のはたらきについて

Ⅱ 光明を意味する名前のはたらきについて

 Ⅱ’名前が効力を持つ二つの要件

      Ⅱ’-1知ること

      Ⅱ’-2信じること

  Ⅲ 名前が何故はたらきとなりうるのか(問答形式)

 讃嘆門における曇鸞の注釈は,おおよそ上のようになっている.先ず,Ⅰ阿弥陀仏の光明が無明を破すはたらきを持っていることを説き,Ⅱその光明を意味する名前も同じはたらきを持っていることを説く.Ⅱに関連して,名前を称えても効果がない場合があるとし,その原因が二つあると説く.最後のⅢで,そもそも名前が何故はたらきを持ちうるのか,を問答形式により論じる.

 解義分の讃嘆門に関する注釈はこのような流れとなっている.

 

2.『論』の文章について

 世親は『論』の中で讃嘆門を次のように説明する.

a)称彼如来名、如彼如来光明智相、如彼名義、欲如実修行相応故。(大正40,835b)

かの如来の名を称え,かの如来の光明という智慧の相に,かの名義に,ありのままに修行して一致しようとするのである1

この一文は,称名念仏との関係からしばしば問題とされ重視されてきた個所である.一応の訳を付けておいた.ここでは,この文章の本意,即ち世親が何を説こうとしたのかを問題とするのではない.これを曇鸞がどう読んだ可能性があるのか,ということを問う.具体的な方法としては,曇鸞のこの文章に対する注釈,曇鸞の語法などを手掛かりにして,読みの問題を考察する.

先ず,注釈の付け方について見ることにする.

b)称彼如来名/如彼如来光明智相/如彼名義、欲如実修行相応故。

 b)はa)の文章を曇鸞がどのように区切って注釈したかを示している.即ち,/を付した部分で区切って曇鸞は注釈する.二つ目の/で分けた後ろの部分を一塊りとして注釈することには明確な理由がある.曇鸞は,この部分に関連して以下のように説明している.

c)云何者、由如実修行、與名義不相応故也。

 下線部から,「與名義」と「不相応」とを掛けていることは明らかとなる.元のa)の文章でいえば,「如彼名義」と「(欲如実修行)相応」に相当する.つまり,「如彼名義」と「相応」とは「欲如実修行」を挿んで呼応していると曇鸞は理解している.語法上,「如」と「相応」とを呼応させて読んだ可能性が高いのだが,「如」と「相応」を呼応させる用例があることは脚注の1にも提示した.

ところで,b)の「如」がc)では「與」に変わっている.これは,「相応」の対象を示す助辞は「與」が最も一般的であり2,「如」を「與」に置き換え,呼応関係を明示したものと思われる.

 さて,a)の文章には二つの「如」がある.後の「如」については,今までの考察から「相応」に掛けて読んだことは明らかであるが,もう一つの「如」はどのように読んだのだろうか.これを読み解く鍵となる文章がある.

d)入第二門者、以讃嘆阿弥陀仏、随順名義、称彼如来名、依如来光明智相修行故、得入大会衆数。是名入第二門。(大正40,843b)

これは,五種門と呼ばれる箇所にある文章で,浄土へ生まれた菩薩の果徳を説いている.詳しい説明は省くが,内容に関しては,五種門は五念門と対応する.このd)は五種門の「入第二門」であり、五念門の第二門である讃嘆門に対応し,同じ内容を持っている.この文章と先の讃嘆門の対応する部分を比較すると以下のようになる.

a)  称彼如来名、 如彼如来光明智相、如彼名義、 欲如実修行相応故。

d)(以)讃嘆阿弥陀仏、随順名義、  称彼如来名、 依如来光明智相 修行(故)

      (→依如来名義)

このd)の文章に対して,曇鸞は(→で示したように)「依如来名義讃嘆」と注釈を付けている.これは,「讃嘆阿弥陀仏、随順名義」という部分の注釈であるから,「随順」を「依」に置換し読んだことが分かる.

またd)の前半と後半を対比すると下の(図-2)のようになる.

(図-2) (前半)讃嘆阿弥陀仏  随順(依) 名義

       =

(後半)称彼如来名   依     如来光明智相 修行

「讃嘆阿弥陀仏」と「称彼如来名」は同じことを意味しており3,また「随順名義」は「依名義」と同義であると注釈するのだから,上下を対応させて読むことができる.「随順」を「依」と読む曇鸞の注釈から,「名義」と「如来光明智相」とが少なくとも「讃嘆阿弥陀仏」=「称彼如来名」に同じ掛かり方をしているだろうことが分かるし,恐らく二つともが後ろの修行に掛かるものとして読まれていたと推測できる.つまり,「讃嘆」=「称名」により,行者は「名義」ないしは「如来光明智相」に「随順」(あるいは「依」)し修行する,と読むことができる.

 これを踏まえてa)の文章に戻ってみよう.先に述べたように,a)とd)の二つの文章は相応する内容を持っている.だとすれば,二つの「如」は同じように「称彼如来名」と関係し,後ろの「欲如実修行相応故」にも同じように並列に掛かっているものと読める.

 文章の構造からも少し説明を補足しておこう.

(図-3)

a-2)  称彼如来名    如彼名義     欲如実修行相応故

d-1)  讃嘆阿弥陀仏   随順名義           修行

d-2)  称彼如来名    依如来光明智相        修行

a-1)  称彼如来名    如彼如来光明智相 (欲如実修行相応故)

※a),d)の前半をa-1),d-1),後半をa-2),d-2)と表記している.

 

a)とd)の文章をパーツに分けて並べると(図-3)のようになる.二つの文章の対応関係が明瞭となる.さて,問題となるのは,a-1)の( )で括った部分である.一つ目の「如」以下の部分が後ろに掛かるとすれば,この部分の括弧がはずれる.

 そこで,a)の文章のつながり方が分かるように,(図-4)を設けた.まず,(あ)から後ろへ掛かっていくのは語順通りであるが,どのように掛かっていくのかが問題となる.次にロは,「不相応」を説明する中で名前を称えても相応とならないことの理由を問うので4,この関係は明らかである.ニの関係については,前に「與~相応」という表現の問題も絡めつつ説明を加えた.さて,最後に破線で示したハの関係が問題として残る.もし,ハの関係が成立していない場合,(い)の後でこの文章は一旦切れて,(あ)は(い)だけに掛かる.(い)と(う)(え)を並列している述部として読むことも可能だが,その場合,(い)と(う)(え)を結ぶ何らかの助辞があるだろうし,「如~如~」と同じ表現の形が並んでいるにも関わらず,一方を独立した述部として,もう一方を後ろに掛かっていく句として読むのはいかにも不自然である.このように文の構造から見ても,(い)と(う)を共に(え)に掛かる句として読むのが良いだろう5.曇鸞のd)に対する注釈の仕方と文章の構造から,「相応」が「彼如来光明智相」「彼名義」を共に対象としていると考えてよいことが明らかとなった.

ところで,a)とd)の二つを比較して異なっている点は何だろうか.d)で「随順」「依」に相当する部分に,a)では「如~相応」という表現が使われている.a)とd)の対応関係と「如」を「與」に置換する注釈から,これら三つの表現は同義と考えられる.

 以上,長々と『論』の讃嘆門の文章を曇鸞がどのように読んだかを検討してきた.この結果,明らかになったことは何であろうか.以下の三点に纏められる.

一に,二つの「如」に続く部分が共に後の「相応」に掛かる.

二に,「随順」あるいは「依」で示される関係が,「如~相応」で示されている.

三に,「如」と「相応」は呼応関係にあり,「與~相応」と同様に「如」以下は「相応」する対象となっている.

この三つの点からa)の文章を見ると,最初に提示した「かの如来の名を称え,かの如来の光明という智慧の相に,かの名義に,ありのままに修行して一致しようとするのである」という訳は,個々の表現の持つ意味は別として,曇鸞の読みと一致すると考えられる.

 これまで迂遠で冗長な説明を加えてきたが,ただ意味もなくこの作業を続けてきたわけではない.この『論』の文章と曇鸞の注釈部分は,これまで多くの注釈家が様々な読みを試みてきた.複雑な読み込みを行うそれらの文献を考察するためには,堅固な視座を築いて,それら注釈文を検証する必要がある.そうでなければ,再び読み込みの歴史に新たな一頁を加えることになってしまうだろう.そうした繰り返しを回避するための準備作業として,やや冗長とも思える考察を行ってきたのである.

3.曇鸞の注釈について

 ここからは,曇鸞の注釈を考察していく.最初に示したように,本論稿は近代以前の『論註』注釈書の読みも同時に問題としていく.特に『往生論註記』(以下『記』)と『浄土論註講義』(以下『講義』)の例を引きつつ,『論註』の読みの問題を考察していこうと思う6

如来の名前

如来の名前について,阿弥陀仏の光は十方の世界を妨げなく照らし出すから「阿弥陀」と名付けるのだと説明されている7

これを受けて,「阿弥陀」の意味するところの光明は阿弥陀如来の智慧の顕現であるとし8,更にそれを意味する名前そのものが,あらゆる無明を除き,あらゆる願いを満足させるのだと曇鸞は説く(以上が第1章の構造で示したⅠと,Ⅱの冒頭部分).

ただ,実際には名前を称えることが,破闇(無明を滅すること)と満願(願いを満足すること)には繋がらない場合がある.以下では,こうした状況を惹起している要因に関する曇鸞の議論を考察の対象とする.

與と二つの理由

 (図-1)の《讃嘆門の構造》に名前が効力を持つための二つの要件として,「知ること」と「信じること」を挙げておいた.曇鸞の議論は,直接この二つのことを説くのではなく,これらと逆の立場,すなわち効力を持ち得ない二つのケースについて説明し,翻って効力を持つための条件を明らかにするという論法を採っている.

 その効力を妨げる障害に関する議論は,次の文章から始まる.

f)然有称名憶念、而無明由存、而不満所願者。何者由不如実修行、與名義不相応故。(大正40,835b)

f’)「由」下至「也」答也。謂不如実修行ト與名義不相応、故雖称名憶念、而不満所願也。(312上)

f’)は良忠の注釈である9.白文として読めば問題がないように思えるが,『記』では「行」と「與」の間に「ト」を入れて読んでいる.つまり,「如実に修行していないことと,名義と相応していないこと」と注釈している.

 f)の文章は「由~故」に挟み込む形で称名の効果が現れる理由を示している.その中の「與」の前後を分けて読んでいるのであり,恐らく前後を並列させる助詞として「與」を読んだのだろう.ただ,第2章で,この「與」は「相応」と呼応関係にある表現だと指摘した.『論註』の中に同じ表現が出てくるし,また『論註』に限らず,曇鸞が使用する多くの典籍に見られる定型的な表現であるので,良忠のように読むことは難しい10.良忠が二つに分けて読んだことは,続く注釈において更に鮮明となる.

g)云何為不如実修行、與名義不相応。(大正40,835b)

g’)次「云何」下至「不相応」問也。謂並徴問不如実修行與名義不相応之形相也。(312上)

下線のように「並徴」と注釈している.g)の文章について「不如実修行」と「名義不相応」の二つの形相を問うたものと理解していることが明らかである.

二つの不相応

名前が効力を持ち得ない理由は,知らないことと信じないことの二点から説明される(以下二つの理由を不知・不信とする).その説明は下のh)の文から始まる.

h)謂不知如来是実相身、是為物身。又有三種不相応。(中略)與此相違、名如実修行相応。(大正40,835b)

h’)「謂不知」下答。中有二。一「謂不」下至「為物身」、別答名義不相応。二「又有」下至「行相応」、別答不如実修行、如実修行。(312上)

 一つ目は実相身と為物身の不知である.もう一つは(不信による)三つの不相応である.

h)に対するh’)の注釈から,不信・不知という二つの理由を「不如実修行」と「名義不相応」の二つと対応させて理解していることが分かる(図-5参照).

実相・為物身を知らないことが「名義不相応」であり,三種の不相応が「不如実修行」に当たると良忠は説明する.しかし,ここでf’)とg’)の文章に戻ってみよう.元々,理由を説明した曇鸞の文章を「不如実修行」と「名義不相応」に切って読んだはずである.前後を切ると,前者の「不如実修行」は「相応」という言葉と関連しえない(図-5の下線部参照).

(図-5)      不如実修行――――②不信――――又有三種不相応

二つの理由

名義不相応――――①不知

曇鸞の二番目の理由(②)は「又有三種不相応」である.良忠のように①②の理由と対応させて読んだ場合には,(図-4)の    で示したように「不如実修行」は「相応」表現と関連しないのに,理由は「不相応」と説かれるという新たな齟齬が生じてしまっている.

さて,香月院はどのように理解しているだろうか.

i’)これを良忠の『記』には初には名義不相応の義を釈し、後の義は不如実修行を釈するとに分けてあれども不爾。若し義を以て分けようならば、初の「不知実相身為物身」と云う義は不如実修行、後の三不相応の義は名義と相応せざることをあかすと云うべし。(中略)全体が名義と相応せざるが即ち不如実修行で別のことではないからは、これを二義に分ける筈はなきなり、これは不如実修行の相を法へ対して釈すると機の相で釈するとの二義なり。(426下-427上)

 基本的に香月院は「不如実修行與名義不相応」を切って読むべきではないと解釈し,下線部のように『記』を挙げて否定する.

若し敢えて対応させれば逆の関係になるとも述べている.②の理由が「又有三種不相応」とあるにも関わらず,それを「不如実修行」の理由と考えることには抵抗があったのだろうか.このように,香月院は①②の理由に「不如実修行與名義不相応」を対応させることはしない.

名と義

 次に「名義不相応」に関する解釈が示される.これは,香月院と良忠の理解は「名義」の読み方という点で部分的に一致する.良忠は次のように説明する.

j’)問、所言名義、何形相耶。答、彼仏名号與光明智相、如次名義也。(312上)

 この部分に「不如実修行與名義不相応」を二つに分けて読む理解が影を落としている.「名義」という言葉を「名」と「義」とに分けて読んだこと,更に,「名号」と「光明智相」の二つを指し示すものとして読んだことと,理由を分けて読むこととは関係している.

ちなみに香月院は以下のように解釈している.

k’)まづ「如彼名義」と云ふは上の二句を結んだ言なり。上に称彼如来名と云ふは名なり。次に光明智相と云ふは義なり、その名義の如くなへるが如実修行の讃嘆門と結ぶ。(421下)

『記』に新たな解釈が加わっているが,名義を名と義に分ける点では共通している.このk’)に示された読みを図にすると下のようになる.

(図-6) 称彼如来名      ―――― 名         

                       如彼名義 

    (如彼如来)光明智相 ―――― 義       

 このように,香月院は『論』の文章自体に,「名」と「義」に分ける根拠を求める.

香月院は,良忠の注釈と対話しつつ自らの解釈を開陳しているので,「名義」を分ける点については良忠の理解を受容したと考えてよいだろう.これから先の考察で次第に明らかになっていくことだが,この読みは讃嘆門に対する理解を非常に豊かで含蓄のあるものとしていく.管見の限りで言えば,良忠のこの読みが後世の注釈書に与えた影響は極めて大きい.ただ,本来曇鸞が何を意図していたかは,そうした問題とは別の次元にある.

 先ず,「名義」という表現を二つに分けて読むケースが,曇鸞の文章中にあるだろうか.結論からいえば無い.解義分に「名義攝対」という言葉が使用されている.これなどは一見「名」と「義」が攝対しているように思えるが,実際は個別の名義が互いに攝し,互いに対峙していることを意味している.曇鸞に「名義」を分けて読んだ形跡は,少なくともこの讃嘆門以外には存在しない.

 ただ,この箇所のみ分けて読んだ可能性もあり得る.しかし,分けて読んだと考えることが難しい理由が二つある.

 一に,文章の構造上の問題である.元の文章はどうなっていただろうか.a)は「称彼如来名、如彼如来光明智相、如彼名義、如実修行相応」となっていた.第2章の考察では,二つの「如」に続く部分が共に後ろに掛かっていると考察した.具体的に何を意味するかは別問題としても,共に後ろに掛かるのなら,香月院のように後ろの「如彼名義」で前の二句を括って読むことはできない.

また,「称彼如来名」と「如彼如来光明智相」とを「名」と「義」に対応させるのは,文章の構造という点から言えば,いかにも不自然である.それにも関わらず曇鸞にそのように読ませようとする意図があったならば,それを意図する表現なり,文章上の構造があったりしても良さそうだが,それも見られない.

『記』には,どこから対概念としての「名義」を読むことができるのか言及がない.また,先に述べたように『論註』の文章に「名」と「義」が対となる根拠はない.どの時点から,香月院のような解釈が生じたかは不明であるが11,この難点を意識した後代の注釈家によって(図-6)に示したような『論』の読み方が着想され,香月院などに継承されたものと思われる.

 二に,もしここで「名義」を分けて読ませるのならば,そのことに関して曇鸞はなぜ一切説明しないのか.

「名義」は「如彼名義、欲如実修行相応」「與名義不相応」という形でしか出てこない.これは『論』の文章をそのまま使用しているに過ぎない.「義」は単独で使用されること自体がない.第1章で構造を説明した(図-1)のⅢに「名前がなぜはたらきとなりうるのか」としておいたが,これは「名即法」,「名異法」を問題として扱う.「名」の「義」は「法」を指示するので,〈名-義〉と〈名-法〉の関係は混乱しやすい.しかし,厳密に読めば「名」とそれにより意味されているもの(法)の関係は論じているけれども,「名」と意味(義)との関係は問わない.だからこそ,良忠にしても香月院にしても,前後の曇鸞の文章を様々に理解し,工夫して「名」と「義」との関係性を読み込んでいったのであるが,曇鸞の文章そのものを見ていくならば,名と義の対関係を説明する箇所はない.

以上のように「名義」を分けて読むことには問題点が残る.

実相身と為物身

 称名の力用を無効にする二つの理由に話題は移行していく.

もう一度整理しておくと,名号を称えても効果が発揮されない原因は二つある.不知と不信である.第一の理由である不知とは,一体何を知らないことで障害となるのか.関連する『記』の部分を見てみよう.

l)謂不知如来是実相身、是為物身。

l’)問、実相等身、名義中何。 答、実相身者義、為物身者名也。謂以光明為攝法身、以名号名攝衆生故也。

この『論註』のl)に対する良忠のl’)の解釈とこれまでの考察から以下の構図が浮かび上がってくる.

(図-7)      不如実修行――――②不信――――又有三種不相応

二つの理由                 実相身――義――光明

名義不相応――――①不知

              為物身――名――名号

 

先に香月院が「不如実修行」「名義不相応」と不知不信の対応関係を逆にするべきだと主張していることに付言した.即ち,香月院では(図-7)の①と②が入れ換わる.それは,上図のような理解では  で示したように「相応」の対応関係が失われてしまうからではないか,と推測した.一方,良忠が「相応」の対応を損ないながらも「名義不相応」と不知を結び付けた理由は,この図から推測できる.不知の対象である実相・為物を良忠は「義」と「名」に対応させて理解する.そうすると,実相・為物を知らないことは「名義」の不知となる.だとすれば,当然太字部分の対応関係から,不知は「名義不相応」のことを説明していると考えたのだろう.

 さて,この実相・為物身は果たして何を意味しているのだろう.良忠は次のように説明する.

m’)問、即云実相身是応理仏。何約光明。 答、不然。光明義即実相身故。是乃以仏為実、迷以為虚、如上云一実一虚。況法身実相其名通故、是方便法身、非果極法身。(312上)

 まず,実相身が義であり,光明であるという説に対して,理仏に当たるのではないか,という疑問が示される.その問いに対して,「実相」という言葉は下線のように,真なるものか,虚仮なるものかという観点から用いられた表現であるとし,真理そのもの,果極の法身を意味しない,と回答が与えられる.この文章だけだと,良忠が想定している対論者の見解が不分明なので,香月院の文章も引く.

n’)とき、初の義に如来是実相身為物身とあり。是を『刪補鈔』の中に、実相身は法性法身、為物身は方便法身の義をあげてあり。今家の末学では『正信偈文軌』等にこれを法性方便の二法身に解してあり。(中略)處が、これを法性方便の二身にする時は、他力の行者は色も形もない法性法身の理に契はねばならぬと云ふことになりて、凡夫が不知不識法性の理に契当するが(中略)これは先輩の『義記』に、この実相為物を無礙光如来の自利々他に分けて釈したは、これもと『六要鈔』にえらびとられた義で千歳不磨の説なり。(427上)

 長い引用となったがこのm’)とn’)を元に,良忠と香月院の注釈を図にまとめておこう.

(図-8) A   実相―――法性法身

    為物―――方便法身

B-1(良忠)  

実相―――光明

     為物―――名号

B-2(香月院)  

実相―――自利(智)

     為物―――利他(悲)

 『論註』には,法性法身・方便法身の二身説が説かれている.Aは,実相・為物も同じく二身説であるから,対応させて理解したものである.一方,Bの二つは法性・方便二身説との対応を否定する点で共通しており,Aを対論者としている.

 良忠は先の〈光明―名号〉とを対応させる(B-1).香月院は〈自利―利他〉に対応させる(B-2).両者共にA説を否定するのであるが,否定する根拠は何か.香月院はn’)の下線のように「他力の行者は色も形もない法性法身の理に契はねばならぬと云ふことになりて」という問題点を指摘する.即ち,他力の行者,凡夫には法性法身を知ることは無理である,と香月院は主張するのだが,『論註』の論旨とは合致しているだろうか.『論註』に次のように説かれている.

o)菩薩若不知広略相入、則不能自利利他。(大正40,841b)

この中の広と略は,法性・方便法身に対応し,〈広=方便法身←→略=法性法身〉という関係になっている.このことを知ることにより自利利他が可能となるのだが,その主体は菩薩であり,往生願生者ではない.

また,往生する主体を二つに分けて次のように曇鸞は説明する.

p)問曰、上言知生無生當是上品生者。若下下品人乗十念往生、豈非取実生耶。(中略)答、譬如浄摩尼珠置之濁水、水即清浄。若人雖有無量生死罪濁、聞彼阿弥陀如来至極無生清浄宝珠名号、投之濁心、念念之中罪滅、心清即得往生。(大正40,839a)

p)の文章中に「知生無生」とある.この「生無生」というのは,浄土の荘厳が無生から現じたものであり,そのことにより浄土の清浄性が確保されるという論理を示している12.この論理はo)の〈広-略〉の論理と同じものであり,これを知る主体は実線部のように上品にて往生するものに限定されている.一方,破線部で示したように下下品がこれに対比され,「十念」「至極無生清浄宝珠名号」で往生することを説いている.これらo),p)などを論拠として実相・為物を法性・方便法身に対応させえないとするのがB説である.

o),p)に説かれた内容を踏まえれば,良忠・香月院の見解と同様にA説を採用することには問題があると言えよう.

実相

ところで,何故A説は生じたのか.一つは先にも述べたように,法性・方便法身という二身説が説かれ,一方,実相・為物も二身であり,共に二身を説くので対応させたと考えられる.もう一つ,実相・為物という表現の問題がある.特に「実相」は『論註』中に多く使用される概念となっている.果たして「実相」はどのような意味を持っているのだろうか.

q)答曰、心雖知相、入実相、則無知也。(大正40,839c)

r)真実智恵者、実相智恵也。実相無相、故真智無知也。(大正40,841b)

 このq)とr)の「実相」は真理そのものを意味している.それ故無相であり,それを対象とする真の智慧は無知という態となる.理仏あるいは法性法身の意味に取る場合は,「実相」のこうした用法を背景として実相身を理解したのだろう.

 『論註』の中には,真理そのものを表現するのではない,別の「実相」の用例がある.

s)如実知広略諸法。

如実知者、如実相而知也。広中二十九句、略中一句、莫非実相也。(大正40,842a)

 この文章の最後に出てくる「実相」は真理そのものを表してはいない.「広」の二十九句とは『論』に説示される,国土に関する十七の句,如来に関する八句,菩薩に関する四句を足したものである.具体的な色・形を伴って説かれる浄土の荘厳が真実のものであることを説くために「実相」と表現されている.この「実相」の用例に基づくならば,実相・為物の「実相」は,虚仮ではないものという意味になるだろう13.色形を持つものでありつつ,真実のものというのが,「実相」の意味ということになる.

 こうした「実相」の用例に基づき,良忠・香月院は法性方便法身説を否定したと思われる.

以上の「実相」の意味からA説を否定するのは良いとしても,B-1説,即ち〈光明-名号〉とする説,又B-2説,即ち〈自利-利他〉とする説は妥当な理解と考えられるだろうか.

〈光明-名号〉説について

 この説は,どのようにして生まれたのだろうか.由来を考えてみると,元々この説は「名」と「義」を対概念として認識したことから始まっている.先の(図-7)のような構造から讃嘆門を見ている結果として〈光明-名号〉を対比させ理解する.この対構造に関しては,当初の対の構造としての読み,即ち名義の読み方と「與」の読みに問題があることは既に指摘した.

また,実相為物という表現についてはどうだろう.良忠は「実相身」を「果極法身」として理解しないことによって,即ち「実相身」を真理そのものとして見ないことから,これを「光明」に対応させた.その場合,「実相」は〈実←→虚〉の実を意味している.それでは対となる概念の「名号」は実ではないのだろうか.曇鸞は名号を次のように表現する.

t)此十念者、依止無上信心、依阿弥陀如来方便荘厳真実清浄無量功徳名号生。(大正40,834c)

実線部のように,名号に「真実清浄」という形容詞が付いて表現されている.つまり,光明と対比される名号もまた,真実のものとして『論註』に説かれている.

一方,「為物」は衆生のためにということで,下下品の衆生のために用意された名号を形容する表現として至極妥当なものと言える14.ただ,光明との比較において用いられることはどうだろう.第3章の考察の最初にも説明したように,阿弥陀仏の光明は「能破衆生一切、能満衆生一切志願」である.この光明の意味するところは正しく為物である.

 このように,意味の上から見ても実相為物を〈光明-名号〉という関係に置き換えて考えることには問題点が多い.

自利利他説について

 次に香月院の理解,即ちB-2説はどうだろう.先に提示したように,香月院は〈自利-利他〉と対応させる.その議論に移る前に,文の構造理解という点で良忠とは異なる点がある.その問題をまず見ておくことにしよう.

u’)とき、ここに是の字を二つ重ねてあるは、この身は相離れざることをあらはす。(中略)そこで今如来是実相身是為物身と宣ひたは、無礙光如来は実相身じゃ為物身じゃと云ふ。これ一つの体のうへに自利円満の辺を実相身と名付け、利他円満の辺を為物身と云ふ意なり。(428上)

 香月院は,「是~是~」という表現について同一の主体の二側面を表現したものであるから(下線部),それぞれに対応する別個の概念を主体として用意する必要がない,という立場にある.ところで,何故香月院はこのような説明を付けたのだろうか.一つは,文章中にあるように,その主体が不離の二側面を持つことを説明するためであり,もう一つは既出の対概念を配当して読む,『記』のような読み方の系譜を意識したのではないかと思われる.つまり,良忠が〈光明-名号〉に対応させて理解したように,讃嘆門に既出の概念を用いるべきではないという立場を香月院は取っている15と考えられる.恐らくこの読み方が素直な読みと言えよう.実際に「如来是~是~」となっているのであり,「是」以下は如来の二側面を表現しようとした形として理解するべきであろう.

 さて,同一の主体の二側面を表現していると考えた場合に,二つの問題について問う必要があるだろう.一つは主体の如来とはより具体的には何を指すのか.第二に,実相為物身を香月院は〈自利-利他〉と対応させて理解するが,その根拠はどこにあるのか.

 まず第一の点について,香月院は次のように説明する.

v’)如来と云ふは所釋の論文にある如来のことで,鸞師是を釋して無礙光如来と宣ふ.(427上)

 曇鸞は『論』を注釈して,「称彼如来名者、謂称無礙光如来名也」(大正40,835b)としている.このことから,阿弥陀如来の「無礙光如来」としての側面がここでは意味されているとする香月院の見解は至極妥当なものである.

 更に第二の問題はどうか.〈自利-利他〉説の由来を問い,その問題点を指摘する.香月院の説の由来,背景は三点にまとめて考えることができる.第一に阿弥陀仏を報身とすること,第二に誓願との関連,第三に『論註』の自利利他説との関連である.

 第一の点は,法性法身と比較して考えると理解しやすい.法性法身の難点は,それが色も形も無い点にあった.自利利他の二つの側面を説明して「いずれにしても報身仏の上で分かることなり」(427下)と香月院は説くが,報身仏であったならば色も形もあり凡夫の知の対象となりうる.実相為物をその報身仏上の自利利他の二側面を表現したものと香月院は考えたのである.

 第二の問題についてはどうだろう.浄土思想が展開していく中で次第に『無量寿経』の第十八願の重要性は高まっていく.また,「八番問答」と呼ばれる摠説分の最後の箇所で十八願とその成就文とが折衷され引用されており,『論註』の中にも行法を説く願として取り上げられ,重視されている.つまり,『論註』自体にも第十八願を軸とする思想展開の芽が胚胎されていたと言える.こうした思想史の流れの中にある香月院は「それはいかがと云ふに、第十八願に設我得仏と願ひ給ふ所では、自利を願ひ給ふ本願のようなれども、若不生者不取正覚の御誓でみれば衆生のための本願なり」(428上)とする.「設我得仏」を自利とし,「若不生者不取正覚」を利他の側面と理解し,四十八願,とりわけ第十八願の基底にある阿弥陀仏の願いの形が,この実相為物の表現の中にも込められている,と考えている.

 以上二点を挙げたが,これらは後代からの視点が取り入れられており,曇鸞の思想を共時的に見ていないという論難は避けられないだろう.三身三土説のどこに当てるかということが問題となるのは,思想史上は道綽(562-645)以降である.確かに,『論註』を見ると三身説に結び付けうると思える内容を含んでいるし16,また曇鸞が三身三土説を知っていた可能性もあるが17,『論註』に説かれていない以上,可能性の域をでることはない.但し,報身説を用いることによって香月院が意図したことは,色形あるものの上で実相為物を理解しなければならないという点であり,そのこと自体はこの讃嘆門理解において重要な指摘となっている.

 『論註』の自利利他説

 ここでは『論註』における自利利他説を取り上げて,それがどのように実相為物説と関係するのかということを考察する.

『論註』の中で自利利他説が持つ意味は大きい.例えば,解義分で国土の荘厳について説明した後,次のように注釈する.

w)示現自利利他者、

略説彼阿弥陀仏国土十七種荘厳功徳成就、示現如来自身利益大功徳力成就、利益他功徳成就故。

(中略)夫須弥之入芥子、毛孔之納大海、豈山海之神乎、毛芥之力乎。能神者神耳。是故十七種、雖曰利他、自利之義、炳然可知。(大正40,838c)

 国土は十七種に分けて具体的に説かれる.世親はそれを,如来の自身利益功徳と利益他功徳を形として示したものであるとし,曇鸞は更にそれを自利利他という言葉に置き換えている.国土が超越した存在であり得るのは,自利が成就しているからであり,不思議な現象は不思議な力を持つものによってしか現象されえないというのが曇鸞の注釈の持つ意味である.

このように国土について自利利他という概念によって括り,国土荘厳の説示の意図を説明する.更に如来の荘厳についても,「略説八句、示現如来自利利他功徳荘厳次第成就、応知」(大正40,840c)として,同じように両概念によりまとめている.こうした用例を見ると,曇鸞の注釈においてだけでなく,『論』が自利利他を一つの機軸として編まれていることが明らかとなってくる.

さて,「為物」というのは,衆生のためということを意味しているので,「利他」という言葉に置き換えることができる.利他と対になる概念は自利である.「為物」という言葉の持つ意味から,自利利他の関係に結びついていく.自利利他に結びつける発想の原点はここにあるのだろう18

また,上に見てきたように自利利他の『論註』において果たす役割は大きい.如来と国土の荘厳が自利利他により括られているということは,阿弥陀仏のはたらきが自利利他説を通して語られているとも言える.『論註』のこうした枠組みを踏まえて,元の「如来是~是~」という文章を見れば,無礙光如来を説明する文章となっており,〈実相-為物〉を〈自利-利他〉に解することに無理はない.以下では,自利利他が『論註』の他の重要な概念とどのような関係にあるのかを考察し、自利利他説の妥当性を探る.

自利利他説の問題点

上で自利利他説を肯定的に見てきたが,気になる点もある.藤堂・牧田〔1995〕には,実相為物に関説したところで「註主は『論註』の巻上において「法蔵菩薩、諸波羅蜜を集めて積集し」て「無生法忍を悟られ」(国土第三荘厳性功徳成就偈釈)、ついに阿弥陀仏になられたのであるから、「実相身」はまさに阿弥陀仏の自内証を指している。この自内証は阿弥陀仏の自利利他功徳荘厳中の自利の面を指すことはいうまでもない」(p153,12-15)と説明している.一方,広略相入を説明する中で「この二身説の表現は抽象的であるから、少し肉づけをして捉えるならば、法性の理を証得した仏(=法性法身)の般若の慧は、必然的に展開してあらゆる衆生に向かってはたらきをする方便の智を具えるから」(p160,11-16)と説く.そしてこの二身説を「知る」ことで初めて菩薩は自利利他することが可能となる.藤堂氏が自内証という言葉で説明された自利,ないし実相身は,後の引用では法性法身に意味上該当すると思われる.そうなると自利利他は結局,法性方便法身の上に重ね合わせうる概念ということになる.元々,香月院は法性方便法身として実相為物を理解することに疑義を呈して,自利利他説を導入した.ここで重ね合わせて理解されうるものとなれば,本来の目的と齟齬を来してしまう.

論者も藤堂氏の所説と同様に『論註』を理解している.法性方便法身は,生無生,相無相,知無知,広略,一法句,一切種智,不思議などの『論註』の基調となっている概念に連なるものであり,それは同様に自利利他にも通じている19.これは『論註』の骨格となっている論理であり,曇鸞は列挙した概念を使用して『論』を注釈している.そして,これを「知る」主体は上品にて往生するものや菩薩に限定されている.讃嘆門の行者,即ち称名して往生を願うものには,この論理は「知る」必要のないものである.結果,不相応の理由として自利利他が説かれる意味は喪われてしまう.

この矛盾を克服する方法は二つあるのではないだろうか.

一つは,讃嘆門に示された二つの条件,即ち「知」と「信」をそれぞれ上品あるいは菩薩と下下品とに対応させる方法である.

解義分の五念門は,実は下下品の願生者に限定して説かれているわけではない.例えば,讃嘆門の次の作願門では「二者彼安楽過三界道。若人亦生彼国、自然止身口意悪」(大正40,836b)と往生後の奢摩他が説明される.次の観察門では「二者亦得生彼浄土、即見阿弥陀仏、未證浄心菩薩、畢竟證平等法身、與浄心菩薩、與上地菩薩、畢竟同得寂滅平等」(大正40,836a)を説明する.二つの文章は下線のように浄土に往生したものを対象として注釈されている.

更に第五の廻向門には,有名な往相還相廻向が説かれる.還相廻向とは浄土に往生した後,再び穢土に戻り衆生を教化することを意味しているので,これも浄土往生後を立場とする注釈となっている.以上のような観点から見ると,讃嘆門の効果は破闇満願であり,これを願生者のみに限定させる必要はないとも言える.そう考えるならば,「知」の主体を下下品に限定することもなく,法性方便法身に通じる概念を知ることを障害として挙げても問題はないだろう20

もう一つ,「知る」という行為の持つ意味を二つのレベルで理解するという方法もある.確かに上品は「生無生」の論理を知って往生するし,菩薩は法性方便を知り自利利他行に励む.一方で,国土の荘厳について「是故十七種、雖曰利他、自利之義、炳然可知」(大正40,838c)と曇鸞は注釈する.国土の荘厳を観察する主体,即ち五念門を修する行者にとって自利の義は明らかとなるのだから,この文章によれば自利を知ることが否定されてはいない.つまり,知るということに二つのレベルがあり,上品や菩薩が知るのは「生無生」を支える論理であり,生と無生が動的に結びつく構造である.それは,下下品にて往生を願うものには知られない.ただ,下下品のものにも,そこに自利があるのだということを知ることは可能というように理解すれば,当初の矛盾を解消することができるだろう.

以上,二つの方法によって問題を克服しようと企図した.

 

不知の構造的理解

 良忠・香月院の説を追いつつ,曇鸞の注釈を読んできた.最後にそれらを踏まえて,論者の理解を(図-9)(図-10)によって説明したいと思う.

(図-9)         如彼如来光明智相

称彼如来名                     如実修行相応

             如彼名義

(図-9’)

  称彼如来名

                 如彼名義       如実修行相応

如彼如来光明智相

(図-10)              無礙光如来

  実相→光明

                   光明智相

  為物→智慧の破闇                  イ

満願のはたらき      ハ   ロ         行者

  実相→名前                      相応

                   名 義

  為物→破闇満願の

     はたらき

 まず,『論』の文章の構造は(図-9)のように理解する.「如彼如来光明智相」と「如彼名義」の二つを「相応」は対象とする.これは,良忠・香月院の理解の仕方とは異なっている.(図-9’)は香月院の理解であるが,この理解の問題点は,第3章で表現の上から,また第2章で他の文章との関係から指摘した.

 (図-9)の読み方により,(図-10)の理解が成立する.まず,イの矢印について説明する.行者の相応する対象は二つある.即ち光明と名義である.ここは讃嘆門であるのに,何故光明との相応を問題とする必要があるのだろう.それは,名号のはたらきを示すための前提となっている光明と相応することによって破闇満願に繋がることを示し,名号も同じはたらきをするという論理展開の前提とするためである.あくまでも,中心は名号にあるので,結果「名号」に注釈は集中することとなる(図-10に名義を太字で示す意図はここにある).

 さて,光明という智慧の現象したものと同じはたらきをするものは何かといえば,名号である.そうすると,「名義」とは名前を意味するのではないだろうか.それでは何故「名号」と表現されず,「名義」と表現されるのか.それは,世親が『論』で「名義」と表現したからである.なぜなら,「名義」という表現は『論』の文章を受けた「不如実修行,與名義不相応」としか用いられない.『論』を離れて使用されるものは,全て「名号」か「名」となっている.このことから判断すれば,「名義」という表現については『論』を踏襲したに過ぎないというのがテキストに厳密な理解ではないか.つまり,「名義」を分けて読んだ可能性は,あくまでも可能性としてしか残らず、論拠を欠いている.

 さて,「実相」については先の考察中で〈実←→虚〉の実として用いられる用例があることを指摘した.ただ,この意味で使用されるものも,即ち当体の真実性を意味する場合も,『論註』ではそれが真理そのものから派生したもの,展開したものであることにより,その真実性・清浄性が確保されていることに注意しなければならない.

 さて,(図-10)では「実相」を光明と名号に掛け,「為物」をそれら二つに共有されるはたらきに掛けて示した.何故,両者に二つの表現を結び付けたのか.

 まず,光明と名号に共通することは何か.私たちが感覚し認識できるものとして存在すること,形あるものとしてそこにあることを共通点としている.それらは,色形音を持っているのだから,当然真理そのものではない.仏教的理解によればそれらは虚仮のものと一般的に理解されるものとなる.

ところで,『論』は浄土,及びそこに住する阿弥陀仏,菩薩の具象としての描写が説かれる.それらは,色形を持ち,触れることのできる世界である.しかし,それらは阿弥陀の世界であり,清らかで真実の世界でなければならない.曇鸞は,『論註』の中で,この点に特に留意しつつ注釈を行う.

例えば,国土の十七種の荘厳を世親は,十六句と一句とに分ける.元の『論』自体は最後の「荘厳一切所求満足功徳成就」を一句で指示している.一方,曇鸞は最初の「清浄荘厳功徳成就」が一句に相当すると理解する.なぜなら,清浄(=真実)を荘厳の基調となる特別な価値として認識していたからである.この曇鸞の理解からも,浄土の存在を清浄という点で括ろうとした注釈意図を窺知することができる.そしてその一句を元に,「入第一義諦」で清らかな本願による無生の生であると浄土の荘厳を説明する.この例からも,どれ程曇鸞が真実性に留意して注釈しているかが明らかとなる.

 浄土の存在がそうであるのと同様に,光明も名号も形あるもの,認識の対象となるものである.だからこそ,ここでそれらが「実相」であると説明されなければならなかったと考えられる.

 一方の「為物」については言うまでもないが,それらは私たちの無明を破すはたらきをもつ,即ち救済の形として存在している,そのことを表現している.

 以上の立論は,文章をそのまま読んだ結果でしかないが,論拠となる表現が『論註』の中に存在することも指摘しておこう.

t)此十念者、依止無上信心、依阿弥陀如来方便荘厳真実清浄無量功徳名号生。(大正40,834c)

八番問答中の文章で,名号と「実相」の関係で既に一度引用した文章である.この名号に付された形容を見ると,まず破線部の「方便荘厳」というのは名号が救済の方法として用意されたものであることを説明している.また実線部の「真実清浄」は正しく直前に論じた真実であること,清浄であることを意味しようとして用いられている.この簡潔に表現された形容の句の中にも,曇鸞の意図が明瞭に読み取りうるのである.逆に言えば,名号について論じるときに,曇鸞が一体何に注意を払っていたのかを如実に示してもいる.それは,讃嘆門と共通している.即ち真実性,清浄性を失わないで私たちにはたらきかけるものであることを表現しようとしている.例えば,これは「若人雖有無量生死罪濁、聞彼阿弥陀如来至極無生清浄宝珠名号、投之濁心、念念之中、罪滅心浄、即得往生」(839a)という曇鸞の文章でも確認しうる.この文章も名号のはたらきを示すものだが,実線部のように実であり清浄であり,しかも破線部のようにはたらきかけるものとして説かれている.

 このように『論註』全体に見られる曇鸞の注釈態度を見ると,実相為物の意味は明らかとなってくる.

 さてもう一度,(図-10)に戻る.まだ構造全体を説明し終わったわけではない.「不知」の次に曇鸞は「不信」について説明するのだが,この「不信」はイの矢印を説明する.相応を説明していることになる.更に続けて,「名即法」と「名異法」が議論されるが,それは図のロの等号について説明している.別に機会を設けて論じたいと考えているが,「名」と,「法」である「光明」とは「即」で結ばれているように,同じもの,正確には同じはたらきをするものとなる.一方,ハで示したように,この二つは意味するものと意味されるものという関係も結んでいる.これが通常の言語とその対象との関係であり,名号の場合はハの関係を超えてロの関係となっている,というのが曇鸞の理解である.

解義分の讚嘆門の注釈は,このような構図になっており,それぞれの注釈がその全体を成立させる上での不可欠な要素となっていることが分かっていただけたのではないだろうか.

『論』との差異

最後に『論』と曇鸞の理解の間にある隔たりについて考えてみたい.ただ,それを考察するには十分な準備が出来ていない.『論』の文章そのものの考察は行っていないためである.にもかかわらず,敢えて比較して検討するのは,そのことにより曇鸞の特異性がより浮き彫りになるからである.

『論』において,本来名前そのものの持つ意味は大きくない.重要なのは,その名号に意味されている仏の智慧である.それが称名という口業,即ち身体的な行為を伴うことにより,指示される対象との距離をなくす,仏の智慧に集中し不離の状況を創出することに目的があると思われる.

一方,曇鸞の注釈の中では,名前,発声され音となった言葉である名前そのものが重い意味を持つようになる.

『論』の中では,「名義」は名により示されているものであり,「光明」を持った仏と「名義」は同一であるから,「如」以下の二つの表現は「光明智相」=「名義」というように等号で完全に結ぶことができる.

ところが,曇鸞の注釈の場合,「光明」と「名号」がそれぞれ独立した現象として捉えられている.つまり,はたらきという点から言えばその二つは等価なものであるが,現象そのものとしては「光明」≠「名号」となる.その結果,『論』では等号で結ばれた二つは同じ重みを持っているが,曇鸞の注釈では「光明」と同じはたらきを持ってしまうことになる「名号」に注釈は集中する(図-10太字).

ここに至って曇鸞には注釈しなければならない大きな課題が生じる.言葉は通常,意味を伝えるもの,意味を運ぶ道具として理解されている.それがはたらきを持つに至る場合はどのように論証し得るだろうか.ここで曇鸞は言葉と存在とが同一であるという論理を導入する.それが,この段の最後に位置する「名即法」の議論ではないかと考えられるのである.

『論』と『論註』では「名義」という表現の意味を異なって理解していることにより,曇鸞の言葉に対する独自の理解が生じたと考えられるのである.

4.結論

 本考察の目的は三つあった.第一に,『論』の文章を曇鸞はどう読んだのか,第二に曇鸞の注釈はどう読むべきなのか,またそれを近代以前の注釈者はどのように読んだのか,第三に曇鸞の言語観とはいかなるものなのか,という三点であった.

 この中で,前の二つについてはある程度作業を進めることができた.とはいえ,まだ讃嘆門の「不信」に関する箇所,「名即法」の議論については,手つかずのままとなっている.これは,単純に時間と紙数の問題で,ここに至るまでに予想以上の労力,時間,紙数を要してしまったことが原因である.第三の課題であった曇鸞の言語観の総合的な考案には,この後半部分が重要な意味を持っており,課題を多く残した不完全な論文となってしまった.

 更に不完全な点を挙げれば,この論文には注釈文献に関する系統的な視点が欠けている.幾つかの注釈書を用いたが,本来それらの使用は注釈の歴史をおさえた上で行なうべきであったように思う.

 ところで,注釈書の読みを検証しつつ論を進めてきたのだが,それが余り生産的な作業ではないことは重々承知した上で,敢えてこうした考察の形式を採った.現代の幾つかの研究書,研究論文を見ると,近代以前の研究とは方法等の断絶がありつつ,多くを継承していると感じられ,しかもその受容が意識的には行われていないという印象を強く受けた.現在の研究の問題点を考えるためには,その問題がどこにその根を持つのかということを明らかにする必要があると考えて,注釈書を題材としたのである.

 注釈書は,それ以前に作成された注釈書の影響を色濃く受けている.影響を受けつつ,新たな要素が付け加えられていく.そうした経過の中で,問題の所在がどこにあったのかが不明瞭になっていく場合がある.本来の問題意識がどこにあったのかが忘失され,問題意識から生じた論理が一人歩きするようになる,という現象が生まれることが,この讃嘆門の考察から明らかになった.

 考察の成果は(図-10)が中心となる.当初,読み込みを排除した,厳密な理解を心懸けたのだが,実際にはこの讃嘆門の読み方には色々な問題があり,論者の読みも結局は一つの可能性を示したにとどまっている可能性がある.簡潔に説かれている『論註』の正確な理解は難しいのだが,一方で『論註』というテキストは全体として精巧な構造を持った書でもある.『論註』全体の持つ,そうした構造を読み解くことが出来れば,新たな知見を加え,結論を訂正しなければならないかもしれない.

また、この考察では『論註』の文章だけを読み,分析を行ってきたのだが,今後は関連文献も含め,より広い視野からその思想を論じる必要があるように思う.

 最後になったが,本論考の着想は,浄土真宗教学研究所における宗教と言語の部会,特に大峯顕先生,相馬一意先生に負うところが大きかったことを記し,謝意を表すものである.

Footnotes

1 この『論』の部分の読みについては,光明と智相,名と義と分けて読む理解,如~如~を前の部分に掛ける読み,相応の言語をyogaと想定して,相応を修行するという読みなど,様々な見解がある.早島・大谷〔1987〕は「かの如来の名を称すること,かの如来の光明智相のごとく,かの名義のごとく,如実に修行し相応しようと欲するからである」(p.243)とあり,「如~如~」が並列的に後ろの「相応」に掛かるという読みを採用している.ただ,『論』の原義については,「如実に相応を修行せん」と読むべきとする国訳一切経の注を肯定しており,曇鸞の読み方を受けての訳であると解説している(p.246.12-18).*「如~相応」に呼応関係があると読むことの可能な用例が,菩提流支訳にある.『妙法蓮華経憂波提舎』「六者応不疾不遅説法相応不疲倦故」(大正26,1c 27-28).

2 『論』に「我依修多羅、真実功徳相、説願偈摠持、與仏教相応」(大正40,827c)とある.ここでも「相応」の対象は「與」で示されている.また,曇鸞が数多く引用する『大智度論』にも「與~相応」という表現はしばしば見られ,表現の形として定着していたようである.

3 「如何讃嘆、口業讃嘆、称彼如来名、・・・」という形で解義分の讃嘆門が説かれるように,口に名前を称えること(「称彼如来名」)は讃嘆であると『論』は説明している.

4 c),f)を参照.

5 後で見ていくのだが,ハの関係について曇鸞は一切触れることがない.そのことから,曇鸞がハの関係を読んでいない,という推測が生じる.しかし,名号の特別なはたらきを重視して曇鸞が注釈しているので,(い)と(う)の持つ、注釈上の比重がそもそも異なっているのである.(い)の句はニの関係を説く前提と,曇鸞は理解しており,このことが背景となって,ニの関係に注釈が集中しているものと思われる.

6 尚,注釈の文章はz’)というようにアルファベットにダッシュを付す.

7 『論註』「何故号阿弥陀、彼仏光明、照十方国、無所障礙。是故阿弥陀」(大正40,827b)

8 『論註』「如彼如来光明智相者、仏光明是智慧相也。此光明照十方世界、無有障礙、能除十方衆生無明黒闇、非如日月珠光但破室穴中闇也」(大正40,835b) 

9 良忠の引用は『浄土宗全書』から引いている.「」等は読みやすいように論者が付したものである.

10 例えば「若復仏諸弟子、解仏経教、與仏義相応、仏亦許名優波提舎」と『論註』にある.これを含め『論註』にはこの呼応表現が全部で五ヶ所存在する.曇鸞自身が多用する表現となっている.

11 『論』の文章を香月院のように「名」と「義」に対応させる読み方は多くの注釈書に見られるものである.例えば『服宗記』には,「称彼等者名,如彼等者義」(『浄土宗全書』1, 86下)とあり,『略解』には「如彼名義ノ一句相ヲ明カス中ニ在テ上ノ二句ト合ス」とある.

12 藤堂〔1956〕参照.

13 『略解』は,「実相ノ名ハ、略門法性ノ理仏ニ通スト雖、論註前後ノ文ヲ検スルニ実相ヲ以テ事相トスルノ義アリ」として善巧攝化章の広略二門の文章を引用している.

14 尚,為物の「物」に関する詳細な考察は藤堂・牧田〔1995〕pp.154-155を参照.

15 藤堂・牧田〔1995〕には「かくして「実相身」と「為物身」の二身は、阿弥陀仏に具わる内証と外用、自利と利他とに対する抽象的な名称であるから、「実相身」と「為物身」という異体を指すのではない」と説かれ,香月院と同じ理解が示されている.

16 ただ,三身三土説は二身説から生じるのであり,二身説にはそもそも三身三土説は常に孕まれているものであるということもでき,非常に繊細な問題と言えよう.

17 相馬〔1993〕参照.

18 香月院の注釈では,自利利他の意味するところが,自利円満・利他円満,大智門・大悲門と表現を変えて説明されるが,『論註』に使用される言葉を用いることがなく,少し曖昧な印象を受ける.『略解』は「然ルニ六要ニ実相ヲ義ニ約シテコレヲ光明トシ為物ヲ名号トスルモノ恐ラク允當ナラス。如実ノ実ヲ実相為物トスルハ名体ニ約シ、次下ノ名義ト今ノ実相トハ名体ト名義トノ分斉ナルヘケレハ、実相為物ハ上ノ光明智相ニ応シテ、二身ヲ明シ王フノモノナリト知ラルルナリ」と説明している.

19 自利利他が列挙した概念と無関係のものということは難しい.少なくとも菩薩は広略相入を知ることにより自利利他するのであるから.なぜ,広略相入が自利利他の条件となるのかといえば,広が利他の,略が自利の相を表現するために用意された概念だからであり,それは『論註』に説かれる種々の浄土及び阿弥陀仏に関する具体的な描写を真実・清浄とする論理基盤となっているからである.つまり,広略は菩薩の知るべき論理であると共に,阿弥陀仏のはたらきを示す概念であり,菩薩はその阿弥陀仏のはたらきを広略の二面として知ることで自利利他行を成就するのである.

20 『論註』の注釈の二重構造については冒頭で説明を加えておいたが,摠説分と解義分の注釈は,因と果という視点の相違点を持っている.摠説分では浄土荘厳を法蔵菩薩の因位という視点から注釈し,解義分では完成された浄土という観点から注釈する.行法についても,ここで見たように同じ注釈態度を取っているようである.

References
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  • 『論註』 曇鸞『無量寿経優婆提舎願生偈註』
  • 『服宗記』 深諦院慧雲『往生論註服宗記』,国書刊行会,東京.
  • 『略解』 東陽圓月『論註略解』
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  • 『浄土論註疏』 崇廓『浄土論註疏』
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  • 藤堂恭俊・牧田諦亮〔1995〕『浄土仏教の思想四 曇鸞道綽』講談社,東京.
  • 幡谷 明 〔1989〕『曇鸞教学の研究』同朋舍出版,京都.
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  • 論註研究会〔1996〕『曇鸞の世界 往生論註の基礎的研究』永田文昌堂,京都.
 
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