2019 年 68 巻 1 号 p. 23-29
視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)は疾患特異的自己抗体としてアクアポリン4(aquaporin 4:AQP4)に対する自己抗体(AQP4抗体)が同定された自己免疫性中枢神経疾患である.流血中のAQP4抗体がアストロサイトに病原性を及ぼすためには血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)を通過する必要がある.我々は「NMO患者血中に血管内皮細胞を標的とする未知の自己抗体が存在し,この抗体がBBBを傷害することで,AQP4抗体の脳内移送を促進しNMOの発症・増悪に関与する」という作業仮説を立てた.急性期NMO患者髄液中の形質細胞から精製した複数のモノクローナル抗体から,BBB構成血管内皮細胞に強く結合し,生物学的活性を有するモノクローナル抗体を同定し,その標的抗原がGlucose-regulated protein 78(GRP78)であることを明らかとした.このGRP78モノクローナル抗体がBBB透過性を亢進させることをin vitro/in vivoモデルで確認し,NMOでのBBB破綻に関与する新規自己抗体としてGRP78抗体を同定した.GRP78モノクローナル抗体はBBBを人為的に制御し,現在開発中のアルツハイマー病やパーキンソン病に対するモノクローナル抗体製剤の中枢神経内への移送に応用できる可能性を秘めている.本研究はNMO患者の臨床的観察に基づいた仮説から始まり,高度な基礎的研究の手法を駆使して患者検体からBBBに生物学的活性を示す自己抗体(GRP78抗体)を同定し,製薬会社の技術によりGRP78に対するモノクローナル抗体を新たに創薬し,血液脳関門透過性を人為的に増加させることで神経変性疾患などの難治性神経疾患の治療に臨床応用しようという,ユニークな一連の研究モデルであり,トランスレーショナルリサーチの新たな可能性を示したものである.