有機合成化学協会誌
Online ISSN : 1883-6526
Print ISSN : 0037-9980
ISSN-L : 0037-9980
太古の化合物ギンコライドの周辺
中西 香爾
著者情報
ジャーナル フリー

2000 年 58 巻 5 号 p. 462-465

詳細
抄録

私は1963年に東京教育大学 (現筑波大学) から東北大学理学部の藤瀬新一郎教授の後任として赴任し, 幸運にも藤瀬研で手がけ始めたイチョウ成分の単離構造研究に携わることになった。この構造研究は構造決定がいわゆるルーチン化して推理小説を解くような興奮がなくなる直前になされたものであるが, 異常構造に基づく異常反応, 異常スペクトル現象が続出し, 研究者一同を大いに悩ませ, 楽しませてくれた。その上ギンコライドは血の流れ滑らかにして記憶力増進, アルツハイマー病の悪化防止に効果があるとして急激に需要が増えているイチョウエキスの有効成分の1つとしてここ数年急速に脚光を浴びてきている。
イチョウは古生代 (250億年前) に出現した属の生き残りで, 一属一種しかなく, 化石の木といわれている。世界中に繁茂していたが絶滅し, わずか中国の寺院などに残っていたものが, 1800年後半に世界中に紹介され, 再び各国で見られるようになった。
構造が最終的に出たのは1967年の夏であるが, 構造決定には珍しいくらいの感動の瞬間がいくつかあった 。私が行った構造研究では群を抜いて印象に残るものであり, 私にとり浪漫的な最後のクラシカル研究である。研究に携わったのは丸山雅男, 寺原昭, 中平靖弘, 板垣又丕, V.Woods (故人), 高木良子, 幅口一夫 (故人), 広田勇二, 菅原徹, 出井敏雄, 宮下正昭と私である。仙台に台風が来たおかげでイチョウが倒れ, 仙台市の許可を得て5本を伐採しその根皮100Kgから抽出, 再結晶を10数回繰り返し (液クロ以前の時代, NMRも100MHz) 10gずつのGAとGB, 20gのGCと200mgのGMを得た。ギンコライドは多形や混晶を形成する傾向が強く, ずいぶんてこずった。構造決定中に作られた50個の誘導体は今でも最低数ミリずつ小グラス管にいれられ, 立派なサンプル箱に整頓されてコロンビア大の研究室に保存されている。丸山さん以下よくこんなに整理ができたものといまさらながら感心している。

著者関連情報
© 社団法人 有機合成化学協会
前の記事 次の記事
feedback
Top