本稿では,中国・南京大都市圏における馬鞍山市から南京市中心部への長距離通勤者を対象として,長距離通勤を選択した背景を,通勤者の職種や居住形態,通勤手段,通勤費用等の面から検討した.調査方法としては,主に南京市に通勤する馬鞍山市民17人を対象としたインタビュー調査を行い,上記の点を検討した.調査結果として,調査対象者らは大卒以上の学歴を持ち,ICT技術者等の比較的高収入な専門職として就業している人たちであり,職場での残業時間は比較的少ない勤務状況であった.また,対象者のほとんどが元々馬鞍山出身者か配偶者が馬鞍山出身者であり,本人か親世帯が保有する持ち家に居住していた.その一方で南京市では2000年代から続く住宅価格の高騰により,南京市内での住宅の確保が難しい状況にあった.通勤手段をみると,2016年に南京と馬鞍山を接続するようになった高速鉄道を利用している人が多い.高速鉄道は所用時間の短さに加えて料金も低く抑えられており,自家用車や高速バスといった他の通勤手段に比べて有利であるが,予約の取りにくさや乗車時間変更の難しさといった課題もみられる.逆に高速鉄道の開通により,高速バスの便数が減る等の事情により,他の通勤手段が脆弱化している側面もみられた.都心部に高学歴な専門職向けの雇用機会が集中すると同時に住宅価格が高騰している状況下で,長距離通勤に対する需要は高まっているとみられるが,現在の通勤インフラの状況では,南京大都市圏では,高速鉄道の停車駅があり通勤のための条件に優れた馬鞍山駅周辺を除くと,現時点では長距離通勤のための交通網の整備は十分には進んでいない可能性が指摘できる.
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