1.秩父多摩甲斐,八ヶ岳,南アルプス地域の山地帯・亜高山帯草原へのニホンジカの影響を把握するために,1980年代に植生調査が行われた地域で追跡調査と,ニホンジカの利用度を推定するために糞粒数のカウントを行った.
2.得られた植生調査資料からDCAによって種組成の変化傾向を調べた結果,DCA第1軸の1980年代と2008年のスタンドのスコアの変化量とニホンジカの糞粒数との間に正の相関関係がみられた.このことからニホンジカの草原利用が種組成変化に大きな影響を与えていることが明らかになった.
3.パス解析を用いて,草原の種組成変化に影響する要因間の相互関係を調べた.その結果,積雪深の浅い地域の人工建造物からの距離が遠い草原をニホンジカが選択的に利用していることがわかった.ニホンジカが選択的に利用する草原で種組成変化が大きく,次いで林縁から近い草原で,種組成変化が大きい傾向があった.
4.地域別に種組成変化の大きさをみると,八ヶ岳山域に属する地域では種組成変化が相対的に小さく,ニホンジカの影響が少なかった.逆に南アルプス山域の櫛形山は種組成の変化が大きかった.秩父山地では東側の奥多摩地域や,秩父山地の主稜線に近い地域ほど種組成の変化が大きい傾向にあった.
5.ニホンジカの影響が強くなるにつれて種数は増加から減少に転じる傾向があった.遷移度の変化率から,遷移は停滞段階,退行段階,進行段階の順に推移する可能性が示唆された.
6.ニホンジカの影響が強くなるにしたがって,中型から大型草本の減少,裸地の形成を経て,グラミノイド類を中心とした小型の草本種,木本種の増加が起きることがわかった.以上の結果から,ニホンジカの影響により遷移の退行,進行段階に推移した草原に防鹿柵を設置すると,逆に木本種などの侵入を促進してしまう可能性がある.そのため在来草本群落の保全のためにはより早期にニホンジカの影響を低減させることが望ましいと考えられた.
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