タイトルからして刺激的である。山田昌弘氏が提示した「パラサイト・シングル」という言葉は今や流行語にさえなっている。いつもながら氏の時代を的確に表現する感性には敬服させられる。感情社会学の手法を用いて「近代の家族の構造的矛盾」を喝破し広く反響を呼んだ『近代家族のゆくえ』から5年。本書はその考察を展開させ、独自の政策論を交えつつ近未来の夫婦・親子のあり様について提言を行った独創的かつ示唆的な評論である。現代家族を経済的社会的状況と人びとの意識との関連において歴史的展開を射程に入れつつ分析し、「自由、公正、効率」という観点から21世紀の家族のあり方を提示することが本書のねらいである。高度経済成長期に「効率的」であった「サラリーマン-専業主婦」家族は、長期化する経済の低迷のなかで社会状況との不適合をいよいよ決定的なものとしてきた。その反映が「未婚化」「少子化」であり、さらに経済の停滞そのものである。経済と家族の活性化のために、「妻は専業主婦、夫の高収入による豊かな家族生活」という非現実的な夢を捨て、いまこそ家族のリストラ (構造の再編) が必要である、と山田氏は主張する。
本書の冒頭では、離婚条件の緩和を盛り込んだ民法改正試案の意義が「感情表現の自由化」のトレンドとの関連で論じられる (I家族の規制緩和)。また、1990年以降「一般事務職→職場結婚→専業主婦」という中流階層女性のライフコースが崩壊し、会社や結婚が生活の保障であった時代は終焉を迎えつつあるとする (II滅びゆく専業主婦)。さらに、親と同居する未婚女性の生活水準の高さが専業主婦志向、収入の中途半端さと相まって近年の未婚化の条件を形成していると分析したうえで、不況と未婚化・少子化の関係について論じる (III少子化とパラサイト・シングル)。一方、愛情表現としての意味を付与されることで「強制」されてきた介護、家事、子育てへのプレッシャーが経済の低成長下でますます増大してきた点を指摘し、幾つかの政策提言を行っている (IV介護・家事・育児にいま必要なこと)。さらに家族と経済の相互依存的変動について論じた後、「家族秩序」優先主義を超えて、個人の幸福追求のために家族の感情表現の規制緩和をおし進める必要があり、その前提として男女平等の職場環境と若年世代に対する社会保障制度の整備が不可欠であると締め括っている (V日本家族のゆくえ)。
豊富な統計資料や事例調査の知見が援用されているのみでなく、氏自ら「ワイドショーおたく」を認ずるだけあって、「
つくば妻子殺害事件
」など近年マスコミを賑わした社会的出来事が素材として巧みに盛り込まれており、そのことが本書を一般の読者にもわかりやすく、啓発的で一層魅力的なものにしている。家族に関して一般に流布するステレオタイプな言説に対しての挑戦ともいえるこの評論は、来るべき世紀にわたる家族研究者の社会的な役割についての問いかけが潜んでいるようにも思われる。
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