本稿は、南米ペルーにおける河川開発に対する先住民の抵抗実践を、開発に先立つ環境アセスメント(EIA)の過程に着目して民族誌的に描き出す。開発構想は「アマゾン運河プロジェクト」と呼ばれ、具体的には浚渫、つまり河床を掘り起こし土砂や流木の堆積を取り除くことによって、大型船舶の航行条件の安全性を高める工事の計画であった。先住民組織とリーダーたちの参加によって、浚渫をめぐる議論は先住民の権利や環境管理のグローバルな枠組みを越え、宇宙論的な問題になっていった。この環境をめぐる政治を議論する手がかりが、近年の政治存在論、特に取り違えや多元世界の政治の概念である。本稿が描き出すのは、EIAをつうじて河は複数的な環境として立ち現れ、在来の水の世界と国家や企業による近代的な世界の間の葛藤が生じ、取り違えに満ちた多元世界の河をめぐる政治の場が開かれていった過程である。本稿が先行研究に対して強調するのは微細な権力の作用である。科学的知識の統治権力は先住民リーダーに対し様々な度合いで作用し、その中で先住民リーダーは先住民の知との翻訳を試みる。このような葛藤は多元世界を生き、調停しようという試みそのものである。
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