詳細検索結果
以下の条件での結果を表示する: 検索条件を変更
クエリ検索: "ジャパノイズ"
2件中 1-2の結果を表示しています
  • バリ島「聾の村」ブンカラにおける音楽参与・孤独・自己充足
    西浦 まどか
    文化人類学
    2022年 87 巻 3 号 441-460
    発行日: 2022/12/31
    公開日: 2023/04/21
    ジャーナル フリー

    本稿は、インドネシアのバリ島を事例に、聾者による音楽実践への参与/非参与の諸相を音楽人類学の見地から論じるものである。本稿ではまず、全身感覚的な響きに焦点を当てる音響身体論と、関係性に満ちた相互行為出来事としての音楽観を展開するミュージッキング論の2つの音楽人類学の系譜を概観し、それらが音楽パフォーマンスの「音」中心性を解体してきたと同時に、音楽実践内で参与者らが「とけあって1つになる」ことに価値を置く関係論的思考を共有してきたことを示す。こうした理論的視座を通して現地の聾者と音楽との関わりを見ると、聾者は響きあう身体として聴者と共にミュージッキング相互行為へと参与し、他者とつながっているように見える。その上で本稿では、聴児たちの踊り遊びに入らずその後たった独りで踊った聾児のふるまいを事例に、聾者が音楽の場で直面する「孤独」のありかを検討する。本稿ではその要因の一端が、当該村落コミュニティにおける社会的な暗黙の領域差と、それを形成する手話言語をめぐる言語使用の問題にあると分析すると同時に、独りで踊る経験の「自己充足性」に着目する。そしてポスト関係論的な視点から「音楽するすべての身体」がそれぞれ脆く自己充足的な孤の側面を持ち合わせていると論じる。

  • ――ボリビア・フォルクローレ音楽におけるコンサート制作の分析――
    相田 豊
    文化人類学研究
    2021年 21 巻 54-76
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/01/21
    ジャーナル フリー

     近年、日本の文化人類学において音楽は急速に重要なテーマとなりつつある。こうした日本の音楽人類学研究においては、アメリカの民族音楽学におけるグルーヴ研究や、文化人類学全般で関心が高まった身体や身体化を巡る議論の影響を受けて、音楽が為されている瞬間の身体的な対面相互行為をミクロに分析しようとする研究が集中的になされてきた。しかし、こうした研究の視角では、音が実際に鳴り響いているわけではない時に行われている音楽家同士の交渉や、音楽に影響を与える過去の出来事の想起といった、単一の対面相互行為の時間的スケールを超えた、音楽実践の伝記的次元を捉えることができない。こうした問題に対し、本論文では、ボリビア・フォルクローレ音楽家の音楽観を「アネクドタ的思考」として取りあげることによって、これまでの音楽人類学とは別の視点から音楽実践のあり方を捉えることを目指す。具体的には、筆者自身もその一部に参加することとなった、あるフォルクローレ音楽のコンサートの開催プロジェクトを取りあげて、その企画から準備、実施に至る一連の過程について、とりわけ二人の中年の音楽家の思いと葛藤に注目して記述を行う。そしてこの記述の分析を通じて、フォルクローレ音楽家にとっての音楽観や社会関係について考察を行い、音楽人類学が取り得る別様の方法について検討を行う。

feedback
Top