本稿の目的は,スカーフ論争(Kopftuchstreit)の分析を通して,揺れ動く現代ドイツの規範的自己理解の一端を浮かび上がらせることにある.ドイツのスカーフ論争は,公的学校において教師が授業時にスカーフを着用することを禁止すべきか否かを焦点に,2003年9月の連邦憲法裁判所判決を契機に,広く公共において展開されることになった.論争は,禁止を求める陣営とそれに反対する陣営という単純な対立を超えた多様な立場へと分裂している.しかし同時に,ドイツは宗教的・世界観的に中立的な国家であり,自由と民主主義を基本価値に統合された社会であるとする自己理解が,その共通の地平となっている.この理解はナチズムの克服を背景とした歴史的なものであるが,論争ではその内実が問い直されている.ここに論争は,ドイツの「戦後社会」の揺らぎを映し出すことになっている.論争の帰趨はなお定かでない.しかし,その行方が少なくともドイツにとって瑣末な問題でありえないことは,現時点において確言することができる.
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