本論は、ヨーゼフ・
ハイドン
(1732~1809)のシンフォニーに頻出する小規模な変奏反復の用法とその特質について、聴き手に対する作曲家のストラテジーという視座から考察するものである。
「変奏反復veränderte Reprise」は、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)の《クラヴィーアのための6つの変奏反復付きソナタ》(1760)に由来する概念で、ある形式部分の繰り返しを反復記号で略記するのではなく、作曲者自身が旋律に変化を施したうえで全て記譜すること、またはその反復部分を指す。
ハイドン
は、1760年頃にバッハからこのやり方を受け継いだと思われるが、それを室内楽曲経由でシンフォニーにも援用し、1790年代に至るまで継続的に扱ってゆく中で、音色やダイナミクスの変化に主眼を置いたジャンル特有の書法を確立してゆく。特に、公開演奏会のために作曲された後期のシンフォニーでは、それは驚きや裏切りなどといった、聴衆に対する直接的な効果を生み出すための装置として、
ハイドン
の作曲ストラテジーにとって不可欠な存在となっている。また、《交響曲第94番》(1792)第2楽章や《交響曲第102番》(1794)第1楽章に代表されるように、変奏反復は被変奏部分とのペアを形成するだけでなく、しばしば楽曲の他の部分とも柔軟に関連付けられており、それが上述の効果を増強させている点も見逃せない。
《変奏反復ソナタ》序文に記されているように、バッハの変奏反復は、もともと当時のクラヴィーア奏者による過剰で独善的な変奏を抑制しつつ、正しい変奏法の一例を提示する目的で導入されたため、そのベクトルは主に演奏者に向かっている。それに対して、
ハイドン
のシンフォニーにおける変奏反復は、作曲家と聴衆との関係において初めて機能するものであり、その意味でバッハのそれとは根本的に様相が異なるのである。
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