ジョージ・マクマナス作「親爺教育」は20世紀アメリカで最も知名度のあるマンガのひとつである。このマンガは1913年から,ウィリアム・ハースト率いるシンジケート,スター・カンパニーによって配信され,アメリカの人々はこのマンガを地元の新聞で読むことができた。しかしながら,このマンガが配信されたときの実際の状況についてはほとんど明らかに
なっていない。本稿は,アメリカ議会図書館が公開している新聞のデジタル資料を調査することを通して,1913~14年にこのマンガが実際どのように配信されていたのかを明らかにする。調査結果は,このマンガの各エピソードがいつどこで掲載されたのかを示している。さらに本稿では,「親爺教育」の舞台化に関する当時の新聞広告や記事を紹介することによって,このマンガが当時の人々にどのように受容されていたのかを検討する。本調査は「親爺教育」のより包括的な理解のための出発点であり,とりわけ日本語版「親爺教育」との比較文化論にとって必要である。
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