本論文は、G. ヴェルディとA. ボーイトによる歌劇《シモン・ボッカネグラ
Simon Boccanegra》の改訂における、台本詩行と歌唱旋律の修正から、台本詩行と歌唱旋律の関係性の変化を明らかにすることを目的とする。
本作品には、1857 年に初演されたF. M. ピアーヴェの台本による初稿と、1881年に初演されたA. ボーイトの台本による改訂稿が存在する。両稿について、同時代の批評上で指摘された「朗唱」的な歌唱旋律は、本作の音楽的な特徴の1つとされてきた。先行研究は、改訂稿の歌唱旋律が大幅に修正されていること、両稿では異なる書法が用いられていることを指摘してきたが、台本詩行の修正と歌唱旋律の修正との相関性については分析されていない。そこで本研究では、修正の目的が共通し、台本と音楽の両方が修正された2場面を対象とし、詩行韻律と歌唱旋律の関係性を分析した。
まず、両稿の台本内容と詩行韻律(詩行リズムと強音節の配置)を比較し、続いて歌唱旋律における詩行韻律の反映(音楽アクセント)を比較した。その結果、2場面の修正には、台本・音楽ともに共通する書法が確認された。台本の修正には、劇の理解を助ける、より直接的な言葉の選択や、詩行構成によって重要な言葉を際立たせる工夫、文法上は非強音節であるアクセントの多用が共通している。ヴェルディは、このような詩行の修正を踏まえて音楽アクセントを配置し、劇を理解するために重要な言葉は強調しつつ、一部の詩行上のアクセントには音楽アクセントを置かないことで、全体の歌唱の抑揚を散文調に近づけていた。その結果、重要な言葉の明確な伝達と、自然な抑揚を両立した歌唱旋律が実現したのである。本論は台本と音楽の修正間に具体的な関連性を提示し、最晩年の作品に指摘される散文調への志向が、既に改訂稿に認められることを明らかにした。
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