本稿では,遺伝子関連発明の知的財産政策を考える上での典型的な問題を示す事例として,遺伝子特許を用いた遺伝子診断,ならびに研究ツール特許を用いた研究開発をとりあげる。これらを念頭に置きながら,フロントランナーに対して独占権を与えつつ成果の共有化を促進するための施策として,独占禁止法の適用,強制実施,新規立法による権利効力からの除外,ならびに新規立法による権利効力の限定について整理を行う。これらの施策は,技術の共有化と私有化のバランスを保つために活用しうるものであるが,権利の安定性の欠如,国際条約との整合性などの点で問題がある。したがって,特許権の存在や権利効力には変更を加えずに,なおかつ特許発明へのアクセスを促進することができる施策が望まれている。
そのような施策の一つとして,ある技術分野の特許発明を一つの機関に集めて簡易に個々についてのライセンス契約を締結できるようにするための,特許流通機構の構築を検討する。一例として,研究ツールの特許を集めて学術研究に対して提供する「研究ツール・コンソーシアム」を構築すれば,学術研究における特許発明の使用が円滑に進むことが期待される。
筆者が生命科学研究者を対象として実施したアンケート調査により,研究者の中にこのような機構へのニーズが高いことが示された。また,同アンケートより,個人が保有する特許発明については,自らの特許発明を無償で提供したら他の発明も無償で使用できるという相互主義に基づく仕組みを希望する研究者が多いことも明らかになった。本稿では,こうした結果を参照しながら,「研究ツール・コンソーシアム」の具体的態様を検討したい。
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