1.はじめに
本発表で中心的な問いとなるのは、特定の都市を1つの分析単位としてジェントリフィケーション(以下GFと略)に関する研究を整理した場合、当該都市のGFをいかなるかたちで理解することができるのか、ということである。既往のGF研究では様々なかたちで理論的研究や事例研究が蓄積され、研究対象地域は欧州や北米、そして近年「プラネタリー・ジェントリフィケーション」(Lees et al. 2016)という視角で取り組まれている第三世界に至るまで大きな広がりを見せてきた。 そうした中で、多くの既往研究においてはGFの原因や過程、影響、そしてGFと他の要素の関係性に焦点があてられ、研究がレビューされる際にもそうした点が注目されてきた。それゆえに、様々な場面(学術論文やメディアの記事等)においてGFに関する言説が展開される中で、例えば「ロンドンのGF」といった表現が何を表しているのかということが不明確なままであり、さらに、特定の都市のGFの輪郭を描き出す際に拠り所となる包括的な議論もほとんど存在していないことが実態となっている。
2.研究方法
そうした現状を踏まえて、本研究ではこれまで十分に注目されてこなかった都市というスケールに着目し、都市を1つの分析単位として設定する。その視点に基づいて、GFに関する学術的研究やそれに類する報告を対象とし、それらを年代別・テーマ別・対象地域別に整理する。そして研究対象地域としては、GFという術語が造られ、種々多様なGF研究が豊富に蓄積されているロンドンを選定した。そして、それらの既往研究で示されている知見や定義、結果を精査した上で、ロンドンにおけるGF研究に関する1つの系譜を描き出す。
3.結果
多くの研究者によりこれまで何度も指摘されているように、ロンドンにおけるGF研究の大きな流れというのは、ルース・グラスによる1960年代中葉のインナーロンドン北部におけるGFの発見が端緒となっている。その後、1970年代からはクリス・ハムネットによりロンドンのGFに関する様々な事例研究が蓄積され、なかんずく彼は社会階層や就業構造の変容に着眼点を見出してきた。そして1990年代からはこのハムネットに加えて、今日代表的なGF研究者となっているティム・バトラーやロレッタ・リーズがGF研究の最前線に加わるかたちとなった。バトラーはハックニーにおいてミドルクラスに関する研究を実施し、リーズは北米都市とロンドンのGFの比較を行った。リーズのそうした研究は近年のGF研究に関する彼女の膨大な著作へと結びついている。2000年代にはローランド・アトキンソンがGFによる立ち退きに関する研究を発表しており、2000年代中葉にはDavidson and Lees (2005) において「新築のGF」が指摘されている。そしてその後は様々なテーマの研究が見られるようになった。例えば、GFの影響下におけるボランタリーセクターの実態に迫ったジェフリー・ドゥ
ヴェルトゥ
イユの研究、商業空間の変容や小規模店舗の立ち退きに着目した「小売りのジェントリフィケーション」に関するサラ・ゴンザレスやフィル・ハバードの研究、イーストエンド地区の文化空間・消費空間に関するアンディ・C・プラットの研究などが挙げられる。さらに直近の研究事例であるPaccoud and Mace (2018) においては、ロンドン郊外へのミドルクラスの流入や郊外のアップグレードについて報告されている。しかしながら、ロンドンにおけるGF研究の特徴は、多くの既往研究の対象地域が総じてインナーロンドンに集中してきたということである。その例として、古典的なGF地域であるイズリントン、テムズ川沿いの地域、ハックニーやタワーハムレッツを含むイーストエンド、現在大規模な再開発事業が進められているエレファントアンドキャッスル、そしてブリクストンやペッカムといった南部の黒人移民地区等が挙げられる。
4.結論
言うまでもなく、上記の研究例がロンドンのGF研究のすべてではないが、2000年代より研究テーマや知見が多様化する一方で、研究対象地域は長きにわたってインナーロンドンに集中してきたということが明らかとなった。本研究においては特定の都市の研究を整理することができたが、これは対象としたロンドンにおいては研究が豊富に蓄積されてきたために可能なことであった。こうした条件がすべての都市に当てはまるわけではないが、他都市においても同様のレビューを行うことで、様々な都市のGFの比較研究を前進させることが可能となる。
[謝辞] 本研究には日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費:課題番号18J23295)を使用した。
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