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クエリ検索: "三鬼大権現"
2件中 1-2の結果を表示しています
  • 奥山 直司
    印度學佛教學研究
    2018年 66 巻 2 号 744-738
    発行日: 2018/03/20
    公開日: 2019/01/11
    ジャーナル フリー

    Elizabeth Anna Gordon (1851–1925) was a British religious scholar who lived for many years in Japan from the late Meiji to the late Taishō periods, passing away in Kyoto in 1925. Her thought was characterized by ideas on the unity of Mahāyāna Buddhism and Christianity, or of the two maṇḍalas’ principles and Christianity. This paper focuses on the first four years of her research, the time when her comparative studies of Buddhism and Christianity seems to have developed dramatically. The four years in question cover the period of her second visit to Japan in August 1907 up to October 1910, when she erected a replica of the Chinese Nestorian stele at the Okunoin in Kōyasan. Her scholarship and thought are considered to have taken shape within her interactions with such persons as Timothy Richard (1845–1919), Shaku Keijun (1869–1919), and Saeki Yoshirō (1871–1965).

  • 愛媛県菊間町の牛鬼からみた神と妖怪
    片岡 樹
    文化人類学
    2021年 85 巻 4 号 623-639
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/07/06
    ジャーナル フリー

    本稿は、愛媛県菊間町(今治市)の牛鬼の事例から、神と妖怪との区分を再検討することを試みる。菊間の牛鬼は、地域の祭礼に氏子が出す練り物であり、伝説によればそれは妖怪に起源をもつものとされている。牛鬼は祭祀対象ではなく、あくまで神輿行列を先導する露払い役として位置づけられているが、実際の祭礼の場では、神輿を先導する場面が非常に限られているため、牛鬼の意義は単なる露払い機能だけでは説明が困難である。祭礼の場における牛鬼の取り扱いを見ることで明らかになるのは、牛鬼が公式には祭祀対象とはされていないにもかかわらず、実際には神に類似した属性が期待され、神輿と同様の行動をとる局面がしばしば認められることである。また、祭礼に牛鬼を出す理由としては、神輿の露払い機能以上に、牛鬼を出さないことによってもたらされうる災厄へのおそれが重視されている。つまり牛鬼はマイナスをゼロにすることが期待されているのであり、その意味では神に似た属性を事実上もっているといえる。これまでの妖怪論においては、祀られるプラス価の提供者を神、祀られざるマイナス価の提供者を妖怪とする区分が提唱されてきたが、ここからは、事実上プラス価を提供していながら、公には祀られていない存在が脱落することになる。牛鬼の事例が明らかにするのは、こうした「神様未満」ともいうべき、神と妖怪の中間形態への分析語彙を豊かにしていくことの重要性である。

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