自然災害に比較して地理的基底要因への注目の少ない重大鉄道事故について,1971年近畿日本鉄道大阪線での正面衝突事故を例として5つの論点から分析した.その結果,事故現場がトンネル掘削技術と経費削減のため山間急勾配を受容して建設されたこと,勾配区間に上り列車優先で垣内信号所を特設したこと,同所の保安設備が下り列車に対して貧弱であったことが明らかになった.そして事故区間は,当該線開通が周辺村落の寒村化を促して非常時の連絡手段に乏しく,また平時から集落と鉄道との稀薄な関係が救助活動の遅れを生んだことも解明できた.
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