本研究は,住宅の諸室についての「落ち着き」に関する評価が各自の持つ予期図式と照合して行なわれ,予期図式により近い対象空間が落ち着いて評価されることを実験的に明らかにすることを目的としている。ここで予期図式とは「居間とはこんな空間だ」といった,我々がある空間に対してあらかじめ抱くイメージであり,個人ごとに違う過去の経験や文化的背景,知識をもとにした空間から情報を受容する際のガイドとして働くものである。また,それは固定的なものではなく,各自の新しい経験によって常に変化していくものと考えられる。我々は,新奇なものに対して,自分の図式を修正したり,空間のしつらえを変更したりして,より自分の図式に近づけることで,空間に馴染んでいくと考えられる。 本研究では,人びとに馴染みが深く,「落ち着き」が求められる住宅の浴室,寝室,和室,食堂,居間を対象とした。国内外の住宅の室内写真35枚を選定し,各写真を線画化して色彩・テクスチャー・光の状態など,空間を構成する面についての情報を除いた線画刺激を作製し,さらに,コンピュータに取り込んだ写真画像を,分割しランダムに並べかえて,部屋の空間構成や用途についての情報を除いたイメージパレット刺激を作製した。この3種類35枚,合計105枚の刺激を用いて,建築教育を受けていない28名の被験者に対して,空間全体の「落ち着き」の評価実験および自分のイメージする部屋に近いかどうかという「らしさ」の評定を求めた。 これらの実験から,空間の「落ち着き」評価は,材料や色彩などの物理的要素の個々の評価の総合として行をわれているのではなく,空間の「らしさ」,すなわち,予期図式に近い空間ほど落ち着いたと評価されること,さらに,部屋の用途によって図式が共有されている場合と人によって異なる場合があることが明らかになった。
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