日本自然主義文学の代表作, 田山花袋の『田舎教師』には一枚の地図が添えられていた。この地図にはどんな意味があったのであろうか。 当時, 地図が担った意味を知るために, 我々はいったん検定地理教科書から国定地理教科書への変遷をみてみる。その結果, 地理的な地図が, 国家の上からのまなざしをもつものとして登場してきたことを知る。花袋は『田舎教師』でこのまなざしを採用し, 主人公を地図の上に置き移動させた。この操作がこの小説中の時間と空間とさらに描写を成立させている。花袋はこの見方を日露戦争の従軍体験から得ていた。このまなざしの下, 一地方の青年は日本国家の一臣民として把握された。その結果主人公の悲劇は国民全体の共感を喚起するものとなり得たのである。
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