参詣曼荼羅として, 社寺や名所を案内するために地図のように描かれた表現がある.それらは正確な地図ではなく, 見える風景を描いたものでもないが, 画面の中に社寺の建物や名所の位置関係をわかりやすく示している.本研究では, 地図のように描かれた≪富士参詣曼荼羅図≫と≪熊野那智参詣曼荼羅≫を対象にして, その描かれた空間の歪みについて, 図法の検討および実際の地形図との比較から, 表現の特徴を図学的な視点を通して考察する.結果として, 2つの参詣曼荼羅に描かれた建物は, 図法的にみると, 斜投象と軸測投象的な表現を一画面に混在させ, その俯瞰する視線の角度も多様であり, それらが歪みを生じさせている.また地形図との比較によって, 参詣の道筋は圧縮または伸張され, 参道の形が変形している.しかしながら, それらの歪みは霞や雲を描くことによって, 空間を遮断して地形の連続性を曖昧にしながら辻褄を合わせている.これらのことから, この歪みを伴う空間表現は, 地形図または実際の空間とは位相幾何学的な関係を示していると言えるが, 参詣を誘致する案内絵図として機能を果たしたと思われる.
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