本論は, 日本音楽の特質を解明する作業の一環として, 実演時に演奏者の個性がどのように表出されるかを, 能管の演奏実践を対象にして分析することを試みるものである。複数の演奏者による能管の演奏を聞き比べてみると, 同じ楽曲でも驚くほど結果が違う。このことは我々に楽曲のどこまでが不変の核の部分であり, どこからが可変的な部分なのか, その境目をどう見分けたらよいかという疑問をもたらす。しかし, 能管の演奏実践を詳細に見ていくと, そのような問い方自体が不適切なのではないかということが見えてくる。能管の楽曲は, どこまでが不変的でどこからが可変的かという境目が曖昧な状態で存在しており, どの要素が当該の楽曲にとって本質的でどの要素が派生的かということを一義的に画定することはできない。むしろ, 個々の演奏者がどのように不変―可変の関係を設定するか, その設定の仕方そのものが, その演奏者の個性につながるのである。
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