大正二年(一九一三)夏、天王寺公園で「関西教育博覧会」が開催された。この博覧会は「教育」を主題とした日本で初めての博覧会であるものの、これまでの博覧会研究においてはほとんど注目されることがなく、したがって同博覧会に関する研究や報告は皆無である。本稿では、地方に活動の根幹を置いた「名家」が各地の美術工芸振興や博覧会の開催にあたってどのような役割を果たしたのかについて調査を進めていくなかで明らかとなった「関西教育博覧会」の開催経緯や運営組織、展観事業の概要について報告するとともに、同博覧会の開催にあたって大阪の「名家」がどのような関わりを持ったのかについて言及した。
抄録全体を表示