出版文化以前の古典テクストはいかに流通したか。ここでは、『源語秘訣』という一条兼良がものした小さな秘伝書を素材としてその様相を確かめてみる。そこから、三条西実隆・細川藤孝・中院通勝・紹巴といった古典学および古典書写の大御から兼良の息冬良・良鎮に至るまでが、兼良のつけた「唯伝一子」制限を破りながらそれを何かと理由をつけて外部に伝えていったさまが諒解されよう。このようなか細いルートが中世の古典伝播の実態だったのだろうが、しかし、そこには中央から地方に及ぶある種の古典的公共圏があり、それが近世における厖大な古典の板本化の土台を作っていったことは間違いない。
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