1. 目的
これまで、中学校家庭科において衣生活の安全・安心に着目した授業はほとんどなく、実習における用具や機器の取り扱い程度であった。筆者らは、「安全・安心」の視点を含めた衣生活の内容として、着衣着火の授業を提案した
1)。着衣着火による事故は高齢者に多く、その理由の一つとして、身体機能の低下が考えられる。これに着目すると、「安全・安心」を家庭内事故など生活全般に広げて考えることが可能である。一方、新学習指導要領において、「衣生活・住生活の自立」となり、新たな授業開発が求められている。
そこで、本研究では、高齢者を中心に取り上げた着衣着火から住まいの環境へ発展させる「安全・安心」の授業を開発実践し、中学校家庭科における「衣生活・住生活の自立」の授業としての有効性を明らかにした。
2.授業実践と分析方法
(1) 授業実践
授業時期:2010年11月
対 象:和歌山県紀中の公立中学校2年生5クラス
142名(女子62名、男子80名)
これまでの授業実践では、家庭内事故の種類や予防策を考えさせることが多かった。ここでは、高齢者と中学生を比較させることによって、着衣着火がなぜ高齢者に多いのかを考えさせるところからはじめた。高齢者の特徴を身体的機能・生理的機能の低下にもとづき理解させた。高齢者の家庭内事故を予測する場面を玄関の絵
2)を示し、なぜ危ないかを根拠を考えさせながら、危険について学習する形式をとった。高齢者を手掛かりに、乳幼児・妊産婦・障がい者・負傷者への配慮もできるように組み立てた。授業最後直前に、住まいだけでなく自分たちの生活全般に広げて考えさせ、ワークシート感想を書かせた。
(2) 分析方法
ワークシート中の感想文から、授業者が意図した語句を抽出し、「人」や「物」「行動」などに分類した。また、その語句を使用した人数を分析に供した。また、「ヒヤリハッと」として、台所の絵
2)を示し、家庭内に潜む危険にいくつ気づくかを具体的に記述させた。さらに、大学生を対象に、同じ「ヒヤリハッと」調査を実施し、これらの結果を比較検討した。
これらをもとに、高齢者の安全・安心についての関心度や定着度および応用力をはかり、授業の有効性を検討した。
3.結果
(1) 授業後の感想における「人」を対象とした記述は、大多数が高齢者・お年寄りであり、高齢者の安全・安心についての関心が高かったことが確認できた。
(2) 3か月後の定期テストでは、浴室の絵
2)を示し、高齢者の安全・安心について考えさせた。ほぼ全員が正答し、場面を変えた問題であっても、応用できる力として定着していることが確認できた。
(3) 弱者への配慮を意図した授業により、生徒は乳幼児など多様な人に目を向けることができ、自分や家族が高齢になった時の安全・安心についても考えることができた。
(4)「ヒヤリハッと」に関する記述は、生活経験の豊富さと関係し、学年が上がるにつれて多かった。しかし、その内容は自分体験だけにもとづく現在の生活を反映しており、対象者や行動が狭い範囲に限定されていた。高齢者にとっての危険を指摘した記述がほとんどみられなかった。
4.まとめ
衣生活と住生活を関連させた授業内容により、生活全般における高齢者の安全・安心を考えさせ、強く印象付けることができた。また、対象者が日常意識する高齢者は、比較的若く健康で、家庭内事故は少ない。身体機能の未発達および低下に着目させることによって、幅広い年齢の家庭内事故に気づかせることができた。着衣着火から高齢者の安全・安心を考える授業は中学生に有効であった。
参考文献
1) 今村、北又、赤松(2010) 和歌山大学教育学部紀要-教育科学-.60.pp73-80.
2) 家庭内の絵~危ないのはどこかな?~http://www.niph.go.jp/soshiki/shogai/jikoboshi/public/pdf/house-illust01.pdf
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