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クエリ検索: "本多忠孝"
2件中 1-2の結果を表示しています
  • 上田 哲也
    忍者研究
    2022年 2022 巻 5 号 1-14
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/09/01
    ジャーナル フリー
    本稿は近世大名家臣団の研究事例として本多家を取り上げ、この本多家が召し抱えた忍びについ て考察を行う事を目的とする。本多家は譜代大名として明治維新まで存続していたが、途中で断絶 しなかった事で多くの史料が残されている。本稿ではこれらの史料を用いて呼称、人員、職掌など に関する検討を行った。  呼称の考察からは、本多家には「忍同心」と「関東忍」と呼ばれる二つの忍びの組が存在してお り、本国と江戸に分かれて活動を行っていた事が判明した。家臣の考察では、最初に召し抱えられ た忍びが徳川家康から本多忠勝に与えられた兵の一人であった事が明らかになった。また、忍びの 役職だけで代々仕え続けられた家臣は少なく、途中で役替えとなった忍びが複数いた事が確認され た。  これらの忍びに与えられた職務には、探索、城の警備、城下町での事件調査、家中の調査などが あり、時代の推移と共に活動内容が変化した様子も明らかになった。
  • 上田 哲也
    忍者研究
    2023年 2023 巻 6 号 29-40
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/09/01
    ジャーナル フリー
    本稿は忍びの家督相続に関する研究の一事例として本多家を取り上げ、忍びの相続や供給源についての考察を行う事を目的とする。基礎史料として活用したのは、本多家に仕えた家臣の先祖書をまとめた『本多家岡崎藩分限帳』である。この分限帳を分析した結果、家督相続の開始から百年後には一般藩士同様に、忍びの家筋でも養子による相続が無ければ家の存続が不可能であった事が明らかになった。また、役替えの発生により、忍びから他の部署に配置転換されるケースが多かった事も判明し、忍びの職務を世襲し続けるのは難しかった事が明らかになった。  忍びの供給源に関する考察では、本多家に仕えた忍びの多くは、本多忠勝の出身地である三河国、本多家の転封先、旧領地から召し抱えられていた事が明らかになった。また、忍びの養子については、足軽や同心、同僚の子息から得るケースが多かった事が新たに判明した。
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