井上ひさし『父と暮せば』(一九九四・九)は死者である父竹造が幽霊となってあらわれ娘美津江にヒロシマの記憶の受け渡しをする物語である。美津江は竹造から「原爆資料」を加えた新たな〈歴史〉を覚え直すことが求められる。また第四場の「ちゃんぽんげ」(ジャンケン)の場面は実際の舞台から考えてみると父娘の個の記憶と集団的な記憶=〈歴史〉が同時に提示されている。また井上ひさしは数多くの被爆者の手記をもとに『父と暮せば』を創作したことがわかっているが、その言葉を観客である「われわれ」は運動体の言葉として受けとめる必要がある。その時『父と暮せば』は世代を超えて継承するべき作品として存在することになるだろう。
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