以上の實驗により, 其結果を摘録すれば次の如くである。
1. 苹果の花粉は培養基に於て, 直ちに破裂するものあるが, 幾分花粉管の伸長したる後破裂するものが多い。
2. 破裂は蔗糖液培養基の濃度を急激に稀薄する場合に最も多く起る。
3. 破裂は花粉管の先端よりするもの最も多いが, 其基部又は途中よりするものもある。
4. 花粉管の異状は破裂が主であるが, 先端膨脹が起る場合もある。
5. 膨脹は培養基濃度の高い時に多い。
6. 故に花粉管の破裂及び膨脹現象は, 所謂有毒物質に止まらず, 蔗糖液の如き營養物質に於ても, 其濃度によつて起る膨壓と花粉管壁の強靱性による事が多いと思ふ。
7. 花粉管壁の強靱性が, 内容物質の膨壓に堪え得れば異状なし, 稍弱ければ膨脹起り, より弱ければ破裂となる。
8. 從つて花粉交配に於て, 自家交配なると, 他家交配なるとを問はず, 花粉管の外圍溶液の濃度が變化される場合は, 不稔となる率が多くあると思ふ。
9. 之を實際問題上に考察するに, 花粉が昆蟲其他の媒介者により, 柱頭に運ばれ, 柱頭分泌物を吸引して發芽し, 直ちに花柱溝 (stylar canal) を降下する時, 又は降下しつゝある時, 若し降雨あり分泌物の濃度を急に稀釋すれば花柱内の花粉管は夥しく破裂すると思ふ。其破裂の程度は花粉管の深さ, 花粉の種類, 新舊, 貯藏條件, 分泌物の濃度等により, 異なるは勿論, 氣壓, 温濕度との關係が多い事と思ふ。
10. 此問題は北日本に於ける苹果の重要病害, 實腐病及び不完全受精との關係が特に深いやうに思はれる。即ち受粉と病害胞子が同時に柱頭上に發芽し, 花柱溝を同時に降下する時, 若し降雨があれば, 花粉管は破裂するが,胞子は破裂しない。故にかゝる場合は大部分實腐病に冒される譯である。若し胞子が接種されず, 花粉のみ發芽して花柱溝を降下する時, 雨滴が柱頭につけば, 花柱内の花粉管は破裂するもの多く不完全受精即ち不稔 (俗稱カラマツ) となるものが多いと思ふ。
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