女性キリシタン・采女の殉教を迫害側の捕方の視点で描いた小島信夫の短編小説「殉教」(一九五四年)は、これまで本格的に論じられてこなかった作品である。本稿では研究の手始めとして、同時代評の調査やレオン・パジェス『日本切支丹宗門史』との照合など基本的な情報を整理した。また史実に反する舞台設定の特徴をふまえ、世俗の統治組織とキリシタン信仰集団という、共約性と非共約性が複雑に入り混じる《党派》間のコミュニケーションの齟齬を論じた。対立のドラマによって非共約性が強調されるとともに、両者の認識が橋渡される可能性が示されることは、他者との共棲をめぐる今日的な課題にとって注目される。この側面を明らかにすることで、作品を多面的に評価するための序論とした。
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