本稿は、北野武の映画作品を分析する論考(1)にあたり、北野が映画作品を撮りだした経緯の偶然性や、北野の⼀九九〇年代の前期映画がもつ諸特性について論じるものである。『ソナチネ』を頂点とするこうした前期の映画作品は、『その男、凶暴につき』が本来別の監督で計画されていたものを北野が監督とビートたけしとしての役者の両者をひきうけた偶然から開始されるが、次第に、その映像の突発性、あるいは静けさ、遊びといった要素が、独⾃の銃撃の映像や強烈な⾊彩や絵画の意図的な映像利⽤に集約されていく点を中⼼にとりあげる。北野作品におけるジェンダー役割の「定型性」について最後に触れる。
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