刑事司法実務家として、敢えて従来の裁判員制度に関する心理学研究に問題提起をすると、刑事司法への視点がバランス感覚を保たれているか、制度や運用の正確な理解が不十分なまま研究の問いを立てていないかを問いたい。犯罪白書等の犯罪・司法の統計データを踏まえ、矯正・更生保護も含めた刑事司法手続全体、刑事事件の事実認定手法といった基礎を理解することで優れた研究が可能となるのではないか。例えば、被害者の意見陳述制度に関する研究についても、犯罪被害者の権利保護に関する制度の経緯や刑事裁判制度の理解、被害者の証人尋問との比較等を踏まえ、被害感情は刑事裁判に反映されることは制度の前提とした上で、その合理的な反映の在り方を研究テーマとするのが適当ではないか。また、量刑に関する研究も、犯罪類型ごとの量刑相場に即した問題意識が求められる。研究とは異なるが、心理学による刑事司法へのインプットは有意義である。例えば、仲真紀子教授による児童虐待の被害児童に対する司法面接の研修は、警察・検察関係者の取調べ技術の向上に多大な貢献をしており、記憶や認知に関する心理学の基礎的知識の提供は、法律実務家にとって役立っている。刑事司法と心理学にはアプローチの違いがあるものの、法律実務家が現場での経験から得た知見を「仮説」とし、心理学研究により検証することにより、エビデンスに基づいた運用を実現する上で、刑事司法と心理学が交流する意義がある。
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