【目的】
筋皮神経
と正中神経の間には交通枝が形成されることがある。その際には周囲の筋との位置関係、および動脈との位置関係が重要となる。すなわち、
筋皮神経
は烏口腕筋を貫かない場合があるが(小泉ら, 1992)、その場合は
筋皮神経
と正中神経が一条にまとまりやすく、
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝も多くなる。また、Adachi(1928)が報告したC型の腕神経叢となる場合も
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝が多く観察される。すなわち、AdachiのC型腕神経叢(1928)とは内側神経束と外側神経束の間を腋窩動脈が通り抜けない型の腕神経叢のことを指すからである。今回、第3回新潟マクロ解剖セミナーにおいて、76歳男性の左側に、撓骨動脈と尺骨動脈の分岐点を反回する
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝を観察した。よってわれわれは本例の動脈系および腕神経叢の枝を詳細に記録した。臨床に応用する上で参考となり得る所見として報告したい。
【方法】通常通りの解剖学実習の手順に従い、頚部前面から肩、上肢全体を剥皮した後に表層から順に剖出していった。そして頚部の下部から腋窩、前腕の前面において、とくに筋と神経、および動脈の位置関係に留意し、肉眼解剖学的に観察した。所見はスケッチとデジタル画像にて記録した。
【説明と同意】本セミナーの遺体は死体解剖保存法に基づき適切な説明をし、同意を得ている。また、研究の中心となる筆頭著者は死体解剖資格者(系統解剖7979号)である。解剖は全て定められた解剖学実習室内で執り行った。
【結果】本例は足立のC型腕神経叢であった。腋窩動脈は内側神経束の内側を迂回し、上腕動脈へと続いた後、肘窩で撓骨動脈と尺骨動脈に分かれた。撓骨動脈は撓側反回動脈を分岐した後、腕撓骨筋の内側を下降する通常の走行経過を示した。尺骨動脈も通常の走行経過を示した。一方
筋皮神経
は、烏口腕筋に進入する前と後で各1本ずつ正中神経への交通枝を出し、その後上腕二頭筋の深層を、同筋への筋枝を出しながら下降した。その後
筋皮神経
は上腕筋枝を2本出し、さらにと上腕筋の内側表面を下行する細枝を出した後、外側上腕皮神経となった。後者の細枝は、外側前腕皮神経となる枝から交通枝を受けた後、撓骨動脈と尺骨動脈の分岐点において、撓骨動脈の深層かつ尺骨動脈の浅層を、動脈の分岐点に引っ掛かるように上方へと反回し、上腕動脈の浅層を上行し、正中神経と交通した。
【考察】本例はAdachiのC型腕神経叢であり、腋窩動脈が内側神経束と外側神経束の間を通り抜けないため、
筋皮神経
と正中神経の間に多く交通枝が観察されることとなったと考えられる。また、
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝と烏口腕筋との関係においては、烏口腕筋に一度入ったあと烏口腕筋を貫いて前面へと出て正中神経と交通する交通枝が存在した。これは、烏口腕筋の前面には通常神経が走行しないため、本例のような場合もあることは触察などの場面において臨床上重要であろう。本例の撓骨動脈の分岐位置は通常であり、その走行も特に浅い位置ではないが、本例の撓骨動脈は
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝よりも浅層を走行するという、上腕で発見される浅層の動脈系(外側中浅上腕動脈)と形態学的に類似した特徴を持っている。橈骨動脈は通常でも円回内筋の前方という浅いところを走行する動脈であるため、本例のような形態となったとしても不思議ではないが、なぜ
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝の1つが橈骨動脈と尺骨動脈の分岐点で反回する結果となったのか、興味深い。通常、
筋皮神経
から正中神経への交通枝はC7成分であるのが通常である。本例の反回した交通枝がC7に由来するのか否かについて神経束解析および線維解析を行い、本交通枝の詳細についてさらに明らかにしたい。
【理学療法学研究としての意義】
筋皮神経
と正中神経の本態について明らかにすることは、臨床上も障害の多い腕神経叢について明らかにすることにつながり、患者を正しく評価するための根拠を提示するために重要な意義を持つ。烏口腕筋の前面に通り抜ける
筋皮神経
と正中神経の間の交通枝は、触察などの場面において臨床上重要であろうと考えられる。
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