本発表における『御伽草子』は狭義のもので、中世から伝来した300~500編の物語から選定されて『御伽草子』と題されて刊行された(18C初)、23編の物語集である。そのいずれも、話の舞台が明示されている(例外は「さざれ石」のみ)。しかも道行きが大きな部分を占める話や、寺社の尽し物的な記事が取り込まれているものもある。したがってこれらの話が読まれる背景、あるいは話を読むことで自ずから蓄積されるもの、として当時の地理的知識について知ることができよう。話の舞台は、日本国内(16)、日本・異界(4)、外国(3)に分けられる。今回は日本の地名のみを対象とする。<BR>
以下の点が明らかとなった:<BR>
・『御伽草子』に現れる地名は、行政的なもの(国・郡・郷・里)・歌枕・寺社・その他に分けられる。<BR>
・日本内の国名に関しては、15編を通して36国が何らかの形で(「○○守」を含む)言及されている。そのうち3編以上で挙げられているのは4国にすぎない(その意味で偏りは小さい)。ちなみに、「都」は14編で言及される。国より広域の名称としては関東(八か国)・筑紫・東山道・山陰道・海道がある。<BR>
・挙げられた国名は東国のものが比較的多い。単なる偶然であるかもしれないが、中世以降(特には近世)の東国の重要性を反映しているか、あるいは『御伽草子』の基調である王朝趣味における東国の「重要性」を反映しているのではなかろうか。<BR>
・郡以下の行政的地名ないしは地点名は明示されないことが多く、実在性の薄いものもある。系統的な地名の呼び方(○○郡○○郷のごとく)は少ない。<BR>
・歌枕は約90箇所が挙げられている。その多くが「小町草紙」「唐糸さうし」の東下りの道行きに現れるものであるため、東海道・東山道の歌枕が多い。<BR>
・寺社は約40が挙げられている。これらも尽し物的に列挙されているも(「物くさ太郎」「猫のさうし」)のが多いので、複数の作品で触れられているものは少ない(3編の清水が最多)。
・都のなかでは五条の橋が、それ以外の場所では難波が、それぞれ3編で(単なる言及ではなく)話の舞台(の一部)として用いられている。<BR>
・産業・生産物に関する言及はほとんどない(明確に描かれた地場産業は常陸の製塩のみ、地名のついた産物は美濃上品・富士の
結綿
のみ)。
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