推理作家・西村京太郎の長編推理小説のデビュー作の『四つの終止符』(1964年)は,ろう者を事件の容疑者とした作品である。そして,『四つの終止符』から30年が経過した1994年に,西村は再びろう者を重要な登場人物とした『十津川警部,沈黙の壁に挑む』という作品を発表している。この2作品は,同じ作者が 30年という長い時間を経たうえでろう者やろう者を取り巻く状況を描いたフィクション作品(推理小説)という点で,(おそらくは)他に類を見ない特徴を持つ作品群といえる。本稿では,この両作品を読み比べることで,その時代を生きた西村に,さらには日本社会に生じた,ろう者やろう者を取り巻く状況の「見方」の変化が読み取れるのではないかという問題意識のもと,現代日本語の動態に関心を抱く筆者の関心,観点から,両作品におけるろう者とろう者を取り巻く状況の描かれ方の相違を素描したうえで,その相違が意味する点や日本社会における両作品の受容のされ方について,小考を試みる。
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