本論では金達寿が「族譜」の題名で発表し、二度の改稿を経て『落照』の題名で刊行した小説を取り上げ、二つの「族譜」と『落照』の思想的断絶が意味するものを考察した。まず改稿に伴う物語や主題の変化を、執筆・改稿時の時代状況や金達寿の政治的・思想的立場を踏まえて比較した。その上で『落照』への改稿時に、主人公の伯父・貴厳が「主人公化」されたことに注目し、彼を、韓国建国の過程で虐殺され、社会主義/民族主義というイデオロギー対立の中で見捨てられた朝鮮人の原型的存在として造形し直すことで、彼らこそ朝鮮の歴史の真の主人公だという認識が新たに提起されたことを指摘し、ここに二つの「族譜」と『落照』との思想的断絶が認められることを示した。
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