Ⅰ.背景と課題現在,中国の農村地域では,農業の低生産性や農民の貧困などの問題が山積している。経営農地面積の大規模化は,これらの問題の解決にあたって,一定の効果を発揮すると考えられている。しかしながら,経営規模拡大が進展している地域は,地域経済が一定の水準にあったり,開発可能な土地資源が多かったり,労働力の移動が多かったりするところである。
一方中国では,山林が多く占め,農業経営も零細で,経済の発展が遅れている条件不利地域も広範にみられる。これらの地域では農地経営の大規模化は形成されておらず,地域の衰退が深刻である。しかしながら,具体的な農地の大規模経営の停滞要因を,地域の特性や個別農家の請負状況および圃場の条件から分析したものは十分ではない。
したがって本研究では,条件不利地域における地域の特性および個別農家の経営農地の変化を,圃場の条件や農家の就業構造から分析を行い,経営農地面積の大規模化が停滞する要因について明らかにすることを課題とする。
Ⅱ.対象地域と調査方法研究課題を進めるために,吉林省白山市
長白朝鮮族自治県
(以下,長白県)で現地調査を行った。長白県を選定した理由は,この地域の自然条件が厳しく,農地も少ないため,農業だけで生活を維持することが困難であり,交通も不便で大都市などの市場からの距離も遠く,条件不利性が強いことがあげられる。
調査方法としては,まず長白県の全体における農家労働力の移動と農地規模の変化について明らかにし,労働力移動による余剰農地の発生について検討を行う。加えて,地域の農地流動の現状についても把握する。次に,農地流動のプロセスと農家の経営規模について考察を行い,農地大規模化に影響する要因について分析する。ここでは,とくに長白県の中で農家人口と農地面積が最も多い馬鹿溝鎮を取りあげ,鎮政府と鎮内の一つの村の村民委員会会員および農家への聞き取り調査や収集した資料をもとに考察する。続いて,農家に対する聞き取り調査を通じて,農地流動の実態,経営規模,就業の状況を明らかにし,規模拡大の停滞の要因について考察する。
Ⅲ.結果と考察 長白県は営農する上で条件不利地域に位置づけられ,農業基盤が弱く,出稼ぎ者を多数輩出している。その結果,農業の生産力が弱く,経済発展から取り残されている。その上,長白県では農家ごとの経営農地が小規模であり,農地流動も停滞している。それどころか,地域全体で農地は減少し,農家においても経営農地面積が縮小する傾向にある。
経営規模拡大の停滞要因については,第1に,平等主義に基づく農地の分配があげられる。その結果,各農家単位でみるときわめて零細な分散錯圃の状態であり,農地集積を行うには多大な労力と時間を必要とする。大規模な農地を入手するには,多くの農家と交渉する必要があり,長期間にわたることが予想される。第2に,若年層の出稼ぎによる他出と高齢者の農村での滞留があげられる。元々が小規模であったので,農業労働力が減少しても農地の余剰は発生しなかった。農家は自給的な農産物も生産することができる農地を生活する上での最後の頼みの綱として留保したいと考え,農地流動に対する見返りの価格を高い水準で要求しがちである。第3に,農家の公共用地への転用期待があげられる。道路などのインフラを整備するために,高額な補償金で分配された農地が村に回収されている。そうした状況が続いているので,農家は請負権を手放したくないと考えているのである。
条件不利地域では,農地の低生産性が経営農地の規模拡大を阻んでいるどころか,規模縮小を促すという悪循環に陥っている。そのため,条件不利地域では農業振興のためには別の道筋が求められ,他地域にはない特徴を生かしながら,集約度を高めていくことが求められよう。その点については今後の課題としたい。
抄録全体を表示