モジュラー形式がクォーク・レプトンのフレーバー問題と出会った.モジュラー形式がフェルマーの最終定理の証明で重要な役割を果たしたことは知られている.一方,フレーバー問題とは,クォーク・レプトンのフレーバーの起源の問題であり,それはクォーク・レプトンの質量スペクトルとフレーバー混合パターンの解明でもある.これらは,世代の謎とも呼ばれ,1937年のミュー粒子の発見の際,ラビ(I. I. Rabi)が発した「誰がそれを注文したのか」という疑問以来続いているものである.近年では,ワインバーグ(S. Weinberg)は,解明したい謎のトップにクォークとレプトン質量のパターンを挙げている(CERN Courier, 13 October 2017).今年は,CP対称性の破れをクォークの三世代を導入して説明した小林・益川論文から50年目にあたる.Cとは荷電共役のことでプラスとマイナスの荷電の入れ替え,Pとはパリティのことである.この2つの組み合わせのCP変換は,わずかに破れており,それが宇宙の物質が反物質にくらべ圧倒的に優勢であることの必要条件となっている.
世代は,質量は異なるが性質が同じであるクォークとレプトンのセットが三度繰り返し現れることから命名されている.この問題を,対称性から理解しようという研究は50年前からあったが,大きく発展した契機は,1998年のスーパーカミオカンデによるニュートリノ振動の発見である.この発見によりニュートリノ質量の存在が明らかとなり,クォークと同様,フレーバーの混合角の大きさが測定された.その結果は,クォークの場合から予想した値を覆し,最大の45度にも迫るものであった.クォークの場合と同様に,CP対称性の破れを測定しようとする長基線ニュートリノ振動実験も稼働し,その兆候が捉えられている.これらの実験結果により,フレーバーに非可換離散対称性があるとされ,多くの研究がなされた.フレーバーの大角度混合は,有限群の対称性から導くことができる.
有限群の起源として超弦理論が挙げられる.10次元の超弦理論が余剰な6次元をコンパクト化して4次元理論になる時,内部空間に対称性が現れる.この対称性は,モジュラー群に由来するものでありモジュラー対称性と呼ばれる.この空間をフレーバー空間とみたてると,クォーク・レプトンのフレーバーの振る舞いをモジュラー対称性のもとで理解できる.モジュラー群は無限個の元をもつ群であるため,そこから有限群をとりだす.どのような有限群が実現するかは超弦理論のダイナミクスによる.
モジュラー群に付加的な条件であるレベルNを指定すると,有限群が得られる.そして,重さkという量を決めると,対称性の高いモジュラー形式が現れる.それは,内部空間の形状を決める係数であるモジュラスτの正則関数である.これらが,質量の生成機構であるヒッグス場とクォーク・レプトンの結合(湯川結合)に,有限群の非自明な変換をする粒子のごとく加わる.すなわち,湯川結合定数は自明な定数ではなく,対称性の変換のもとで非自明に変換する擬粒子である.モジュラー対称性は,モジュラスτを固定すると破れ,モジュラー形式はある数値に固定される.質量のフレーバー構造はモジュラー形式によって決定されることになる.
モジュラー対称性のフレーバー物理への適用が進む一方,フレーバー問題の解決に向けて,モジュラーフレーバーモデルの理論的深化は続いている.
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