腹壁に発生する腫瘍のうち,デスモイドの発生頻度は稀である.私達は最近,この腹壁デスモイドの1例を経験したので報告する.
症例は69歳男性であり,右季肋部腫瘤の主訴にて来院した.右季肋部に10×11cmの表面平滑,弾性硬,比較的可動性のある,ほぼ球型の腫瘤を触知した.腹壁腫瘤の疑診のもとに手術を施行した.開腹すると右側前腹壁,肋骨弓下に腹膜におおわれた灰白色の巨大な腫瘤が出現した.腹腔内臓器とは,まったく癒着しておらず,一部腹膜をつけたまま比較的容易に腫瘤は剔出された.腫瘤は19×12×9.5cmの卵型で表面平滑,帯黄灰白色の弾性硬の腫瘤であった.重量は1,300gであった.これに割を入れると,割を入れる際,軋む様な音を発し,割面の隆起が認められた.腫瘤を形成する細胞は線維細胞,線維芽細胞であり,糸束状をした細胞は種々の方向に走行している.悪性の所見は認められなかった.本症例の術後経過は順調であり,術後3週間で全治退院した.
デスモイドは筋,筋膜より発生した良性の線維腫とされるが,局所浸潤性に発育するとされる.一般にカプセルは持たず,転移はしない.発生頻度は稀であり,本邦でも数十例の報告を見るにすぎない.好発年齢は女性で20~30歳代,男性で40~50歳代であり女性に多い.妊娠の機械的,ホルモン的な刺激が誘因の一つと考えられるが,明らかではない.体のどの部位にも発生するが前腹壁に発生しやすく,ほとんどの症例で単発性である.治療法は外科的完全剔出であるが,再発防止のため,外国では術後放射線療法も試みられた.日本では再発例,悪性化の報告は無い.
私達は最近,発生頻度が稀とされる腹壁デスモイドの1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告した.
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