Journal of Computer Chemistry, Japan
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General Papers
Molecular Dynamics Simulation Studies on Thermal ExpansionBehavior of Siliceous Faujasite
Masashi OOKAWARyo TSUTSUMIShunsuke OISHIYasunobu MATSUMOTOTsutomu YAMAGUCHI
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2015 Volume 14 Issue 4 Pages 105-110

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Abstract

マイクロ孔を有するゼオライトは,相転移や負の熱膨張など興味深い熱的挙動を示すことが知られている.様々な温度での三次元細孔の挙動を知ることは触媒反応の点から重要である.そこで本研究では立方晶のフォージャサイト(FAU)の構造を有するSiO2組成ゼオライトを分子動力学法により100 Kから1100 Kの範囲で計算を行い,格子定数および細孔に相当するスーパーケージのリング構造の変化を検討した.この温度領域において立方晶の構造は維持され格子定数aは温度上昇とともに減少し,負の熱膨張を示した.二体相関関数からは第一近接のSiとSiの原子間距離は2種類ありそれらの温度に対する挙動が異なり高温での負の熱膨張はSi-Si距離が減少することにより引き起こされていることが分かった.スーパーケージの12員環のリング径の平均値は温度に対してほとんど変化しなかったが,温度上昇に伴い振幅は大きくなり600 K以上では10%以上変化することが分かった.

1 はじめに

ゼオライトはマイクロ孔を有するアルミノシリケートの結晶であり,様々な結晶構造のゼオライトが知られている.それらは触媒,吸着分離の分野で大いに活用されている.H-Y型ゼオライトは酸触媒として石油精製に用いられており,その構造はフォージャサイト(FAU)と同じ骨格構造である.Figure 1にSiO2組成のFAU (Si-FAU)の結晶構造を示した [1].FAU型構造は,2次構造単位の空隙構造の一つであるβ-ケージ(ソーダライトケージ)がダブル六員環によって連結した構造を取りスーパーケージと呼ばれる内径約 1.3 nm の広い空隙を持つ.スーパーケージは内径 0.74 nmの円形をした12員環の窓を4つ持つ.この窓を通じて隣のスーパーケージと連結し,3次元細孔を形成する [2].

Figure 1.

 Structure of Si-FAU crystal.

近年,熱膨張が負になるNegative thermal Expansion (NTE)という興味深い性質がSi-FAU [3]やSiO2組成のチャバザイト [4],ITQ-4 [4],ITQ-1 [5],ITQ-3 [5],SSZ-23 [5]などのセオライトにおいて報告されている.

ゼオライトの研究において分子動力学(MD)法は,非常に有効な手法である.マイクロ孔中のゲスト分子の拡散や吸着を研究する手段として用いられている [6].しかし,多くの場合ゼオライト骨格の熱運動は考慮されていない.一方,Yamahara et al. [7]は,MDシミュレーションでSiO2組成のMFI型ゼオライト(ZSM-5)の相転移を再現し,NTEが起こることを実験で観測される前に報告していた.

ゼオライト骨格の運動を顕わに扱うMD法では,実験では直接観測できないゼオライト骨格に形成されている3次元細孔の挙動を調査できる.様々な温度での細孔の挙動を知ることは触媒反応や分子ふるい機能を考える上で重要でありMD法を用いた解析が期待される.

そこで本研究では,MD法を用いてSi-FAUの格子および細孔の熱膨張の挙動について検討した.

2 計算手法

ゼオライトの分子動力学(MD)計算は,平行六面体基本セルのもとで結晶構造を計算するために開発されたMXDTRICLプログラム [8]を用いてNTPアンサンブルの条件下で行った.計算に用いるSiO2の原子間相互作用には,式(1)に示す二体中心力のMorse項に相当する指数項を含んだBMH型のポテンシャルを用いた.   

U i j ( r i j ) = Z i Z j e 2 / 4 π ε 0 r i j + f 0 ( b i + b j ) e x p [ ( a i + a j r i j ) / ( b i + b j ) ] c i c j / r i j 6 + D 1 i j e x p ( β 1 i j r i j ) + D 2 i j e x p ( β 2 i j r i j ) (1)

ポテンシャルパラメーター(Table 1)は,SiO2結晶の構造を再現するように決定された値を用いた [9].

Table 1.  Parameters for interatomic potential model of Si and O.
atom Z/e a/nm b/nm c/(kJ·mol−1)0.5 · nm3
O −1.2 0.191 0.015 0.060561
Si 2.4 0.086 0.009 0.0
D1ij/kJ·mol−1 β1 ij/nm−1 D2ij/kJ·mol−1 β 2 ij/nm−1
O − Si 129750.5 50 −12933.2 25

初期構造はHriljac et al. [1]が報告したSi-FAUの結晶構造を単位格子を各軸方向へ2倍したものを(Si原子1536個,O原子3072個)用いた.300 Kで充分初期緩和した後に,温度を1100 Kまで上昇もしくは100 Kまで下降させ,所定の温度での構造変化を調べた.

シミュレーション結果の可視化および細孔構造の解析には本研究室で開発したMXDORTOのための分子動力学シミュレーション結果解析用ソフトウェア(MDVIS) [10]をMXDTRICLで出力したファイルを解析できるように改良して用いた.

3 結果と考察

3.1 格子の熱膨張

300 Kでの初期緩和後のSi-FAUの構造は,立方晶の結晶系を保ち格子長の平均は2.451 nmとなり文献値(2.474 nm) [1]とほぼ一致した.本計算で使用した原子間相互作用のパラメータはSi-FAUにおいても妥当なパラメータであることが示された.

Figure 2にMDシミュレーションから得られたSi-FAUの格子定数の温度変化を示した.計算を行ったすべての温度で,格子長a,b,cの平均値は一致し,格子の角度α, β, γ は90°であり, 立方晶を維持することが分かった. シミュレーションの格子長は,Attfield and Sleightの実験 [3]よりわずかに大きいものの,熱膨張は負となった.

Figure 2.

 Cubic cell parameter calculated by MD as a function of temperature. (a) cell length and experimental data [3], (b) cell angle.

Attfield and Sleightは実験から25 Kから573 Kの温度領域(Fiugre 2 (a)には75 K以上の温度を表示している)において,格子長が直線的に減少しているとして式(2)で定義される線熱膨張係数αを-4.2 × 10−6 K−1であると見積もった.   

α = l T 2 l T 1 l T 1 ( T 2 T 1 ) (2)

ここでlT1およびlT2は温度T1,T2における長さである.

本シミュレーションでも100 Kから600 Kまでは直線と近似できる.直線の傾きと100 Kにおける値から線熱膨張係数が −2.94 × 10−6 K−1と見積もられ,Attfield and Sleightの値を概ね再現した.

ゼオライトのSiO4四面体間をつないでいる酸素原子の運動が激しくなりSi-Si原子間距離が短くなることよりNTEが引き起こされると考えられている.そこでSi-Si原子間距離を表す第一近接のSi-Siの二体相関関数(PCF)をFigure 3に示した.Si-SiのPCFに低温では明確な2つのピークが示された.これらのピークは2つのGauss型関数(ここでは短いSi-Si距離を "S",長いSi-Si距離を "L"と表記した.)の組み合わせで再現できることがわかった.温度上昇とともにピーク幅が広くなり,明瞭に二つピークを区別できなくなった.しかし高温においても2つのGauss型関数の最小二乗フィッティングを行うと700 Kのピークに例を示したようにPCFを再現した.各温度のPCFについて同様の解析を行い,フィッティングしたGauss型関数のピーク位置の温度変化をFigure 4に示した.

Figure 3.

 Pair correlation functions of Si-Si fitted by two Gaussian functions that are short Si-Si (S) and long Si-Si (L) interatomic distance.

Figure 4.

 Peak positions of two Gaussian functions in Si-Si PCF that are short Si-Si (S) and long Si-Si (L) interatomic distance.

温度上昇に対する2つのピーク位置から求められたSi-Si原子間距離の挙動は異なった.短いSi-Si原子間距離は500 Kまで増加し,それ以上の温度では減少した.一方長いSi-Si原子間距離は500 Kまではほとんど変化せずそれ以上の温度でわずかに減少した.以上の結果よりSi-FAUゼオライトでは2つの異なる機構でNTEが起きていることが示された.すなわち室温から500 Kまでの低温領域でのSi-Si原子間距離の減少を伴わないNTEの機構と,高温領域でのSi-Si原子間距離の減少に伴うNTEの機構である.これまでゼオライトにおけるNTEの機構ではSi-Si原子間距離が減少することが提案されているが,Si-Si原子間距離の減少を伴わない低温領域のNTEの機構を考察するためにはより詳細な解析が必要である.

3.2 3次元細孔の熱的挙動

FAUゼオライト内での物質の拡散は,隣接するスーパーケージを繋ぐ窓となっている12員環を通じておこる.このため12員環の窓の熱挙動調べることがゼオライト中の物質の拡散を調べるためには重要である.

Figure 5に<111>方向に沿って見られる12員環の窓の形状を示した.化学組成が|(Ca2+, Mg2+, Na+2)29 (H2O)240 | [Al58Si134O384], 格子定数が2.474 nmである典型的なFAU化合物では12員環のリング内径が0.74 nmである [2].

Figure 5.

 12-membered ring of oxygen viewed along <111> in FAU.

リング径に相当するリングの正反対にある2個の酸素間の距離(a, b, c, d, e, f)を求め,Figure 6に,その変化の平均値を温度に対してプロットした.原子間距離は,2種類ありそれぞれ約1.03 nmと約0.99 nmであった.原子間距離は温度変化に対して概ね一定であった.長いほうの原子間距離は温度上昇に伴ってわずかに減少し,短いほうの原子間距離はわずかに増加した.

Figure 6.

 Variation of interatomic distance between oxygen and oxygen in the 12-membered ring. Distances of a, b, c, d, e and f are shown in Figure 5.

細孔に相当するリング径は,酸素半径を0.135 nmとして結晶構造から見積もられる.ゼオライト内を拡散する物質に影響を与えると考えられる原子間距離の短いリング径のaの変化に注目した.100 K,500 K,1000 Kにおけるシミュレーションの時間における酸素半径を差し引いて求めたaの値の時間揺らぎをFigure 7に示した.Figure 6に示したように,この3つの温度では振幅の平均値はほとんど変わらないものの,温度上昇に伴い変動の振幅は大きくなった.

Figure 7.

 Variation of ring diameter "a" in Figure 5 at (a) 100 K, (b) 500 K, (c) 1000 K.

各温度におけるリング径の平均値,最大値,最小値をFigure 8 (a) に示した.100 Kでは最大値が0.76 nm,最小値が0.69 nmであった.最大値は温度上昇に伴い概ね単調に増加し1200 Kでは0.84 nmとなった.一方,最小値は600 Kまでは単調に減少したがそれ以上の温度では変化をほとんどしなくなった.最も小さな値を示したのは900 Kでありその時の値は0.62 nmであった.

Figure 8.

 Variation of ring diameter "a." (a) The values of average, maximum and minimum are shownunder the simulation time. (b) Diameter change of the maximum and minimum values from average value.

これらの値を平均からの変化率としてFigure 8 (b) に示した.100 Kでは平均からの変動は5%程度であったが600 Kでは10%程度変化していることが示された,さらに高温では15%程度まで変化することが示された.

高温領域ではFigure 6に示しされたようにリング中の酸素間の平均値のa,c,eとb,d,fの差は小さくなっている.しかし,aの値の分布は広がり最大値はより大きく,最小値はより小さくなった.最大のaの値では,リングはひずんだ形状となり,高温ではリング形状が大きく変化することが示された.リングの熱的挙動は1つ原子間距離に注目するだけではなくリング全体の時間揺らぎを調べることが必要であると考えている.

ゼオライト内での物質の拡散や反応は,典型的な化合物のリング径の値を使用して議論されることが多い.しかし,本結果が示したように12員環の形状は変化し,そのリング径の最大値と最小値の値が温度により異なる.これはゼオライトと相互作用できる物質のサイズが温度に依存することを示している.本研究は比較的リング径の大きなFAUを対象にしたが,工業的に重要なゼオライトは,より小さなリング径を持っている.これらのゼオライトではリング径のサイズの変化の影響が大きいと考えられMD法によるアプローチが必要である.

現在,ZSM-11やフェリエライトなど他の骨格構造を有するゼオライトのチャンネルを形成するリングの熱的挙動についても検討を行っている.

4 結言

様々な温度においてSiO2フォージャサイト骨格のMDシミュレーションを行った,格子定数は温度上昇に対して減少する負の熱膨張を示し,線熱膨張係数は-2.94 × 10−6 K−1と見積もられ,実験値を概ね再現した.二体相関関数に示された2種類の第一配位圏Si-Si距離は温度に対して異なる挙動を示した.フォージャサイト骨格に形成されるスーパーケージの12員環のリング径の温度変化を調べた.平均値は温度には依存せず概ね一定であった,しかし温度上昇と共にリング径の変動が大きくなり高温領域では平均から10%以上変化することが示された.

参考文献
  • 1   J. J. Hriljac, M. M. Eddy, A. K. Cheetham, J. A. Donohue, G. J. Ray, J. Solid State Chem., 106, 66 (1993).
  • 2   Ch. Baerlocher, W. M. Meier, D. H. Olson, " Atlas of Zeolite Framework Types", Fifth Revised Edition, Elsevier, 132–133, (2001).
  • 3   M. P. Attfield, A. W. Sleight, Chem. Commun. (Camb.), 601 (1998).
  • 4   D. A. Woodcock, P. Lighfoot, L. A. Villaescusa, M.-J. Diaz-Cabanas, M. A. Camblor, D. Engberg, Chem. Mater., 11, 2508 (1999).
  • 5   D. A. Woodcock, P. Lighfoot, P. A. Wright, L. A. Villaescusa, M.-J. Diaz-Cabanas, M. A. Camblor, J. Mater. Chem., 9, 349 (1999).
  • 6   E. Jaramillo, C. P. Gray, M. Scott, Auerbach, J. Phys. Chem. B, 105, 12319 (2001).
  • 7   K. Yamahara, K. Okazaki, K. Kawamura, Catal. Today, 23, 397 (1995).
  • 8   K. Kawamura, MXDTRICL, Japan Chemistry Program Exchange.
  • 9   K. Kawamura, in F. Yonezawa (Editor), Molecular Dynamics Simulation, Solid State Sciences, 103, 88, (1992).
  • 10   S. Oishi, M. Ookawa, Numazu Kogyo Koto Senmon Gakko Kenkyu Hokoku, 47, 7 (2013).
 
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