アフリカ研究
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北ケニアのレンディーレ社会における遊牧の持続と新たな社会環境への対応
孫 暁剛
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2002 年 2002 巻 61 号 p. 39-60

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抄録

東アフリカの遊牧諸社会は近年, 頻度を増す旱魃とともに貨幣・市場経済や国家行政の浸透などの経済的・政治的な環境の変化を経験している。本稿は, ケニア共和国の北部に住む遊牧民レンディーレが, 新たな社会環境にどのように対応して遊牧をおこなっているのかを, 先行研究との比較を通して明らかにするとともに, 遊牧という生業経済の持続性について考察することを目的とする。
レンディーレ・ランドでは, 開発援助の実施にともなって町が急速に発展し, 遊牧民の集落の定着化が進み, 現金経済が浸透しはじめている。この新しい状況のもとでレンディーレは, 放牧地などの自然資源の共用と出自原理を重視した協力関係を持続させながら, 集落と放牧キャンプのセットを再編成しつつ「集団主義的な適応戦略」を継続してきた。このセットの構造のなかで, 未婚者を中心に形成される放牧キャンプでは, 人々は変動の大きい自然環境に対応して, 従来の遊牧技術を修正しつつ移動生活を継続し, 畜群を維持することによって生業経済の基盤を安定化させている。一方, 定着化した集落では既婚者を中心に, 年齢体系や出自組織を通して遊牧に必要な労働力を確保しつつ協力関係を維持し, さらに町を通して開発援助がもたらした新しい社会的・経済的条件を利用しはじめている。
近年の社会変化を重視した研究では, 財産や資源の「個人所有化」の進行によって, 従来の遊牧という生業経済は持続できなくなるとの見方が多い。しかし,本稿で記述したレンディーレの人々は,「集団主義的な戦略」を維持したうえで, 従来の社会システムをみずから再編成することによって, 新たな社会環境に対応しようとしている。遊牧という生業経済は, 今日も東アフリカ乾燥地域の人々を支える重要な生業として継続されている。

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