本論文ではコンゴ盆地の食文化の歴史を,人と植物のゲノム分析や安定同位体分析を含む生物考古学,言語学の最新の研究成果によってレビューした上で,コンゴ盆地東部マニエマ地方のバンツー系ソンゴーラ人を例として,20世紀の民族誌データを加えて,コンゴ盆地における食と農のイノベーションの歴史を復元した。
1万年以上前からすでに,湿潤な「緑のサハラ」には土器をともなう採集,狩猟,漁労を生業とする人々がいた。約5000年前からの気候の乾燥化によって南下した人々は,ニジェール川のほとりで穀物のトウジンビエ,アフリカイネと,根栽のギニアヤムの栽培化に成功し農耕を開始した。農耕以前から移動を開始していたバンツー諸語話者は,その後製鉄技術とアブラヤシとギニアヤムを携えて森に入り,バンツー拡散のはるか昔から森にいた採集狩猟民とともに暮らし始めた。(1)ギニアヤムに加えて,新たな焼畑作物として,(2)アジアからのバナナ,(3)南アメリカからのキャッサバの導入という,3次にわたる根栽農耕革命を経て,各段階で食と酒の文化がどのように展開したかを,本稿では推定復元した。次に,ソンゴーラ人の,1900年から1904年の民族誌と1978年から1990年の著者らのフィールドデータを用いて,20世紀の変化を追った。1915年からのアジアイネの粒食の導入,1932年からのキャッサバの粉食とこれらを組み合わせたカビ発酵酒の導入は,新たな交易品の獲得となる大きなイノベーションであった。採集・狩猟・漁労と根栽農耕を基盤とする食文化の伝統に何を付け加えたかは,まさに「食料主権」というべき,地域住民の主体的選択の結果であった。
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