アフリカ研究
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開発専門家と政治起業家―社会的交渉のアリーナとしての開発―
近藤 英俊
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2007 年 2007 巻 71 号 p. 129-143

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抄録

近年注目されている開発戦略人間の安全保障,の問題点は,開発という公共空間が海外の開発専門家と現地の様々なアクターとの交渉の場とみる視点が欠如していることにある。このことは開発言説の構築過程と構造に関係している。人間の安全保障は国際機関の専門家がつくった普遍的な開発モデルである。それは貧困の現実を複数の指標のマトリクスとして一望のもとに把握し,現実を変えるマニュァルとして機能すべきものである。そこでは個人は合理的な存在として,リスクを取り除くべく主体的に行動することが期待されている。ところが現地のカウンターパートは自らの社会的・文化的論理をもってプロジェクトに影響を及ぼす。言説に呪縛された専門家はこのことに思い至らないのである。ファーガソンの研究によればこうした状況は開発プロジェクトの失敗を招くばかりか,現地の官僚や支配政党の政治権力の増大につながる可能性がある。この点に関しアフリカ国家に関する研究の蓄積は,カウンターパートの政治行為の理解に役立つ。これらの研究が示唆するのは,地域的歴史的多様性にもかかわらず,アフリカの政治家や官僚には,国家の資源や制度を私的に流用し,利益の一部を個人的ネットワークによって分配する傾向が顕著に見られるということである。このバヤールのいう「外翻」は富の蓄積を可能にするが,高い不確実性も生産する。それはリスクと表裏一体のチャンスに賭けることで利益を獲得する起業家的な戦術である。したがってアフリカにおいて開発の場は,開発専門家と政治起業家という相矛盾する行為傾向をもった者が交渉するアリーナとなる可能性が高い。それは開発時空間のシステム化と状況化という二つの勢力のせめぎあいともいえる。そしてその一つの帰結は専門家による開発が暫定状態にとどまる,すなわち開発が「途上化」することではないだろうか。

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